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「おりんちゃん、おはよ。今日はこれから買い物?」
「トナリさんこんにちは。そうですよー。何か買ってきましょうか?」
遠隔操作で車の鍵を解除していると、104号室のトナリさんが玄関前の掃除をしに出てきたところだった。
トナリさんは細めの黒縁眼鏡をかけた高身長のお兄さんで、気怠げな雰囲気がスーツ姿とよく似合う人だ。
毎度別の女性が部屋へ入っていくのを見かけるので、どうやら女性に人気があるらしい。
「あ、まじで? じゃあ、お米十キロとかってありかなあ」
私は私で朝の面倒事に疲れてしまい、あの後少しだけ仮眠をとった。そのせいだろうか。頭がどうにも重くて仕方がない。それでも買い物に行かないといけないなんて、全くもって嫌になる。
此処は町まで車で三十分程の距離にも関わらず、公共交通機関が一切存在しない。
高台のとにかく辺鄙な場所にあるせいか、ここら一帯はこの建物の人間と数邸の古いお邸の人たちしか住んでおらず、頼れるものは自家用車くらいだ。高台とはいえほぼ山に近い。
「いいですよ」
「助かる! あとタバコがほしいな。おりんちゃんと同じのでいいから」
「カートン?」
「あれば」
「あるでしょ」
レスポンスの速さに、トナリさんは煙草を咥えながら笑う。私が住んでいる建物は二階建ての計十部屋にも関わらず、住んでいる人間はたったの五人しかいない。
建物を所有しているオーナーは一癖も二癖もあるような人で、趣味で部屋貸しをしている関係上、自分が気に入った人しか入居を許していないと誰かから聞いた。
少なくとも、今後誰かが入居してくる可能性はないらしい。
「あ、やっぱりだめだ。ごめん、買い物の件なしで。俺これから仕事だったわ。買ってきてもらっても受け取れない」
「明日渡すんで良ければ、こっちで保管しときますよ」
「ええ……? おりんちゃん、天使って言われない?」
「言われませんねえ」
人によっては職場が町から離れる人もいるため、こういう助け合いは割と日常的なことだった。私も頭痛でゲロっているときに、わざわざ看病してくれた人もいた。
「かなり重いと思うけど、あんま無理しないでね。ありがとう」
「いえいえ」
私は手をひらひらさせながら車へ乗り込むと、横目に眉をハの字にさせて控えめに笑うトナリさんと建物全体が見えた。
『七星荘』という和名に反し、この建物は驚くほど瀟洒な佇まいである。
そして、ここの住人は表札を出しているにも関わらず、誰もその苗字や名前で呼んだりしない。それでも似たりよったりの年齢のせいか、時折皆で飲んだりするくらいには仲が良い。
104号室を借りているトナリさんは、102号室の私の隣だからトナリさん。トナリさんからすれば、私はお隣ちゃんなのである。
で、隣の101号室に住んでいるのは隣人のリンジー。203号室は皆からも近い場所なので、チカマさん。105と205号室の二部屋を借りているのが、チカマさんの隣のマヨコくんである。
最初はそれぞれ好きなように呼んでいた名前が、いつの間にかこの呼び方に定着して早数年が経つ。
私は髪の毛を後ろでまとめると、頭痛薬を二錠程水で流し込んだ。
一瞬の目眩に数秒程目を瞑って呼吸をすると、トナリさんへの挨拶がわりにクラクションを軽く鳴らしその場をあとにしたのだった。
*この作品はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは一切関係ありません。
*また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
やかんちゃん🍟🍄🟫
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コメント
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みぃだよ🤍🥀 第3話、じっくり読んだよ。 七星荘の住人同士の距離感、すごく好きだなあ…「トナリさん」「おりんちゃん」っていう呼び方に、ゆるくて優しい関係性がにじみ出てて。クラクションで挨拶代わりにするのも、なんかいいよね。 頭痛でゲロってた話とか、日常の助け合いがサラッと出てくるのも、この世界の空気をちゃんと作ってるって思った。 そして表札出してるのに名前で呼ばない文化、気になる…次が楽しみだよ🌙