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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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「あっ、二人とも今帰り?」


生徒玄関で、美緒は詩織とばったり出会ってしまった。いや、この絶妙はタイミングは、詩織は美緒達が来るのを待っていたのかも知れない。周りを見渡してみるが、克巳や昌利の姿はない。


「どうしたの?」


足を止めた美緒の背後から、慧が不思議そうに声を掛けてくる。


「どうも♪ 私、美緒の親友の山崎詩織です」


わざとらしく、詩織は声を掛ける。


美緒は、心臓を握られたかのように呼吸が止まり、手足の先が熱くなった。


「ど、どうしたの?」


どうようの為、声が上擦ってしまう。


「ん~?」


詩織は後ろ手を組み、興味深そうに慧を見る。慧は詩織に見られ、「え? 何?」と、困惑している。


「詩織、どうしたの?」


少し、強い口調で聞いてしまった。


まだ、イタズラを慧にバラすには早いはずだ。それとも、他の皆は飽きてしまったのだろうか。


ドキドキなんて、生やさしいものではない。判決を待つ被告人さながら、生きた心地がしない。


普段から詩織は突拍子もないことをするが、今日ほど、彼女の考えを読めない事はなかった。一体、何をしに美緒達の前に現れたのだろう。


「ねえ、佐藤君」


詩織の口を塞ぎたい。だけど、どうやって詩織の口を塞げば良いのだろう。様々な案が頭に浮かぶが、どれも不自然に思える。


結局、美緒は息を飲んで、詩織の言葉を待つしかなかった。


自然と、美緒は手を握りしめていた。そして、その握りしめた手の中には、慧の手があった。知らずの内に、美緒は慧の手を握りしめていた。


「佐藤君って、美緒の何処が好き?」


「え? 美緒さんの?」


慧は驚いたように美緒を見る。


「顔でも体でも、何処でも良いんだけど」


「詩織! ちょっと……!」


詩織は何を言い出すのだろう。幸い、周りには誰もいないが、こんな所で普通に聞く話でもないだろう。


「ん~、難しいな。ずっと遠くで見ていたときは、綺麗な人だって思っていたけど」


照れたように、慧は顔を赤くして俯く。


美緒と繋いでいる手に、少し力が込められた。


「でも、少し話してみて分かったんだ。美緒さんは、とても素直で優しい人だって」


見えないナイフで、心臓を抉られたようだ。形容しがたい痛み。肉体的ではない、精神的な痛み、心の痛みが、胸を貫く。


「優しい?」


慧の言葉を聞いて、詩織が吹き出した。


「アハハハ! 良かったね、美緒。佐藤君、美緒が優しいって!」


腹を抱えて笑う詩織。彼女は、目に涙を浮かべ、本当におかしそうに笑っている。


とてもではないが、美緒は一緒に笑うことができない。自分は、慧が思っているような、優しい人物ではない。最初から、今までずっと慧を裏切っている。


「山崎さんは、美緒さんの何処が好きなの?」


「私?」


目尻に浮かんだ涙を指先で拭いながら、詩織は美緒を見る。


軽く化粧を施した目元。その目は、明らかにこちらを馬鹿にしていた。


「私はね~」


詩織は美緒と慧を、代わる代わる見つめる。薄いルージュを差した唇を吊り上げ、詩織の口が開いた。


「馬鹿な所かな? とってもとっても、常識がなくて馬鹿なところ!」


カッと、頭に血が上った。詰め寄ろうとする美緒。しかし、意外な言葉が美緒を冷静にさせた。


「美緒さんは、馬鹿じゃないよ」


慧は真っ直ぐ、詩織を見ながら彼女の言葉を否定する。手から伝わってくる慧の温もりが、美緒を肯定してくれる。


「え? どうしてぇ~? 佐藤君、美緒と付き合ってまだ数日でしょう? 佐藤君に美緒の事が分かるの?」


「分からないよ。だけど、僕は美緒さんを信じているんだ。まだお互いを知らなくても、信じることが大事だと思う。信頼が根幹にないと、男女のお付き合いはできないでしょう?」


胸が痛む。これほどまでに、慧は自分を信用してくれている。それだというのに、美緒は慧を騙している。この関係、全てが『嘘(フェイク)』なのだ。


詩織の言うとおり、美緒はどうしようもない、馬鹿なのだ。


「信頼ね。そっか、ピュアなんだね、佐藤君は」


ニコリと笑った詩織は、「じゃね。デート楽しんで♪」と、手を振ってさっさと帰ってしまった。


生徒玄関に取り残された美緒は、詩織の後ろ姿が見えなくなると、ホッと息を吐き出した。


恐らく、詩織は美緒の様子を見に来たのだろう。本当に、美緒達が付き合っているのか、探りを入れてきたに違いない。


とことんまで慧を信用させ、そして、裏切る。その時の表情を、見たいが為に。


腐っている。詩織、克巳、昌利。この三人は、性根が腐っている。そう思う一方、本当に腐っているのは、自分自身だと分かっている。


救いのない、ダメな人間だ。


『そうよ。あなたはダメな人間。やっと分かった?』


突然、声が聞こえた。いつの間にか、靴箱の間にあの『少女』が立っていた。


いつも通りの黒い服、黒く長い髪、黒い瞳。


蔑んだような眼差しで、『少女』はこちらを見ている。


『手遅れるになる。早く言ってしまえば? 本当は全て嘘です。告白も、付き合ってることも、全てあなたの独りよがり。堕として、傷つけて、踏みつけて、私達はそれを楽しんでいるのよ、って』


「言えるわけないじゃない」


美緒は口中で呟いた。


「美緒さん? どうしたの? 山崎さんの言葉、ショックだった?」


慧の言葉に、美緒はハッと我に返った。


「え? ごめんなさい。少し、ぼうっとしちゃった」


気が付くと、『少女』は消えている。あの『少女』は、やはり慧にも見えないようだ。


「余り気にしない方が良いよ。美緒さんは、今の所、勉強が出来ないかも知れないけど、それは、馬鹿と言わないと思う。美緒さんは利口だよ。自分がどんな人間か、分かっていると思うし」


「私は……」


言いかけ、言葉に詰まった。次の言葉が出てこない。慧の顔を見ると、言葉が上手く紡げない。


「全部嘘なの」。その言葉が言えたなら、どれほど楽になるだろう。慧も、今なら傷が浅くて済むはずだ。だけど、ここでそれを言ってしまえば、美緒の居場所がなくなってしまう。


詩織も、克巳も、昌利も、がっかりするだろう。もしかすると、嫌われるかも知れない。


他に友人のいない美緒には、この三人だけなのだ。その居場所を守るために、美緒は慧を騙しているのだ。


「私は……」


「美緒さん、行こうよ、ショッピング」


立ち尽くす美緒を元気づけるように、慧は手を引っ張ってくれた。美緒は俯きながら慧の手を握り返し、その温もりを記憶に刻み込んだ。

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