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GWの合宿が始まった。場所は、翼の父・梓が小学生のリトルチームのために作った野球グラウンドと併設の宿泊施設。
北海道の郊外、木々が囲む静かな敷地に、簡素だが清潔なロッジとグラウンドが広がっている。
4日間、練習中心だが、目的は「寝食を共にしてチームを一つにする」こと。
新設野球部、わずか5人+モブの新入生たち。
まだ噛み合わない空気を、なんとか溶かそうという試みだった。
初日、到着してすぐグラウンドへ。
監督の指示でランニングとキャッチボールから。
真琴はマウンドに立つが、相変わらずアキの声が響くたびに肩が強張る。
「真琴! 次はカーブだ! 俺、全部受け止めるから!」
真琴は小さく頷くが、球は明らかに力が入っていない。
アキがマスクを外して近づこうとすると、真琴の目が一瞬怯える。
「……戻って。お願い……」
アキはすぐに止まり、ミットを構え直す。
「わかった。ごめん。俺、待ってるから」
周りのメンバーは息を潜めて見守る。
タクが翼に小声で言う。
「まだ時間かかりそうだな……」
翼はマネージャー用の水筒を握りしめ、頷く。
「俺も……何かしてあげたいけど……」
夕方、練習終了後。
ロッジの食堂で、勇人が作ったカレーとサラダが並ぶ。
「みんな腹減っただろ! 俺の特製カレー、食え食え!」
テーブルを囲むと、少しずつ会話が弾む。
みとらが「んだべ、勇人の飯うめえっしょ」と笑い、井上が大声で「翼! 俺の皿にもよそってくれよ〜!」と絡む。
タクが即座に井上の腕を押さえ、「自分でやれ」と低く言う。
そんな中、翼は自然とタクの隣に座っていた。
カレーを一口食べて、翼は小さく息をつく。
「……タク。今日も真琴くん、辛そうだったな」
タクはスプーンを止めて、翼の顔を覗き込む。
「俺も気になってる。でも、アキは悪い奴じゃねえ。あいつ、真琴の球を本気で受けたいと思ってる」
翼は頷き、緑の瞳を少し伏せる。
「俺も……昔、喘息で練習できなくなった時、タクがそばにいてくれたから頑張れた。
真琴くんにも、そんな存在が必要なのかも」
タクは静かに翼の頭を撫でた。
「翼。お前はいつもみんなのこと心配してるな」
翼は少し顔を赤くして、タクの手を軽く払うふりをする。
「俺だって……タクに心配かけないようにしてるのに」
タクの目が優しく細まる。
「心配かけてもいいよ。俺はそれでいい」
その瞬間、二人の間に甘酸っぱい空気が流れる。
隣の席で勇人がニヤニヤしながら見ていたが、敢えて口を挟まない。
夜、消灯前。
ロッジの縁側で、真琴が一人座っていた。
星空を見上げ、グローブを膝に置いている。
そこへ、アキがそっと近づく。
マスクもグローブも持たず、ただの私服姿。
声もいつもより低く抑えている。
「……真琴。ちょっと話、いいか?」
真琴はびくっと肩を震わせたが、逃げなかった。
「……うん」
アキは少し離れて座り、星を見上げる。
「俺さ……中学の時、バッテリー組んだ投手がいたんだけど、あいつがケガで辞めちまって。
それ以来、投手が投げられなくなるのを見るのが怖くなった。だから、声でかくなっちまうんだ。
『投げろ!』って言って、逃げさせたくないから」
真琴は驚いたようにアキを見る。
「……アキくんも……?」
アキは苦笑い。
「俺、無神経だってよく言われる。でも、真琴の球……すげえいいんだよ。
俺はそれを受けたい。ただそれだけだ。
だから、怖がらせてたら……本当にごめん。
俺、どうすりゃいい? 教えてくれ」
真琴はグローブを強く握り、長い沈黙の後、小さく呟く。
「……俺も……昔、捕手に『全部お前のためだ』って言われて……
殴られて、怒鳴られて……俺が悪いって思ってた」
アキの目が痛そうに歪む。
「……そんな奴、クソだな」
真琴は涙を堪え、初めてアキの目を見る。
「アキくんは……違うよね。
俺の球を……本気で受けたいって思ってくれてる」
アキはゆっくり頷く。
「本気だよ。
だから、俺、明日から声抑える。
マウンドに来るのも、許可もらってからにする。
それで……少しずつ、投げてくれねえか?」
真琴は唇を噛み、ゆっくり頷いた。
「……うん。少しずつ……やってみる」
アキは立ち上がり、真琴に背を向ける。
「ありがと。……おやすみ、真琴」
真琴は小さく「うん……おやすみ」と返す。
アキの大きな背中がロッジの中に消えるまで、真琴は見送っていた。
胸の奥で、何かが少しだけ溶け始めた。
一方、男子部屋の隅で。
翼は布団に横になり、タクの隣の布団を眺めている。
タクはすでに目を閉じているふりをしていたが、翼の視線に気づき、目を開ける。
「……どうした、翼」
翼は布団の中で小さく身を寄せる。
「俺……今日、タクがみんなを引っ張ってるの見て、なんか……嬉しかった」
タクは翼の髪を優しく撫でる。
「俺はただ、翼が見ててくれるなら、それでいい」
翼の頰が熱くなる。
「……俺も、タクのそばにいると……安心する」
タクは翼の手をそっと握った。
「ずっとそばにいるよ」
暗闇の中で、二人の指が絡まる。
甘酸っぱく、でも確かな温もり。
合宿2日目へ向けて、チームの絆は、少しずつ、だが確実に動き始めていた。