今日は、雅史の大学の同期で新婚さんの佐々木夫婦が遊びにやってきた。
「こんにちは、お邪魔します」
「おう、あがれ。ちょっと狭いけどな」
雅史が玄関まで迎えに出ている間、私は急いでお茶の準備をする。
「おとーたん、だれ?」
「ん、圭太、あのなお父さんのお友達だよ」
「圭太ちゃん、はじめまして」
「あーい、これあげる」
圭太はお気に入りの新幹線のおもちゃを、舞花に渡した。
「ありがとう」
「こちらへどうぞ」
お茶を淹れて、リビングにみんなを招き入れる。
「これ、ノンカフェインだからどうぞ。それからクッキーは甘味を抑えて豆乳で作ってあるから」
「わぁ、ありがとうございます。杏奈さんってやっぱりとても家庭的なんですね」
少々おおげさなくらいの賛辞をくれる舞花に、照れ臭くなる。
「そんな、これくらいのこと」
「舞花も杏奈さんに色々教えてもらうといいよ。色んな意味で先輩なんだから」
佐々木まで私を持ち上げているみたいだ。
雅史が言うには、新婦の舞花が私とゆっくり話したいと言っているらしい。
それは妊娠出産の先輩だからだろうけれど。
結婚式の時に、舞花と連絡先の交換はしたけれど特に何も連絡はしていない。
_____そんなに私に会いたがってるような感じはしなかったんだけど
それから珍しいお酒をお土産にもらって、子どもの話が話題になった。
「あの、岡崎さんとこは立ち合い出産でしたか?」
「ううん、私は立ち合って欲しかったんだけど……確か急な仕事で来れなくなったんだよね?」
今思えば、本当にあの時仕事だったのか怪しい気がして、わざと雅史に質問をする。
「ん?あー、ちょっとやっかいな客がいてさ、トラブった店の対応してた。俺も立ち合いたかったけどな」
雅史の表情からは、それが嘘かどうかは読み取れないから仕事だったと思うことにした。
「え!お前立ち合いたかったのか?俺は無理だわ、ごめん、舞花、多分気持ち悪くなりそうだからやめとく」
ものすごく嫌なものを想像したような顔をした佐々木に、舞花は唇を尖らせてムッとしている。
そんな佐々木に、私はどうしても言いたくなった。
「あの、さしでがましいことを言わせてもらうと……都合が許す限り立ち会ってあげてください。男の人にはわからないかもしれないけれど、出産は命懸けなんですよ。愛する人の子どもを自分の命をかけて出産するんです。痛いし苦しいし不安だし、ましてや舞花さんはまだ若いから覚悟もできてないかもしれません。それに自分の子どもが生まれる瞬間に立ち会えるって一生忘れられない思い出になりますよ」
_____そんなに大変な思いをして出産したということを雅史にもわかって欲しい
なんて意味も込めたのだけど、雅史は圭太とクッキーを食べながらコーヒーを飲んでいた。
「だってよ、佐々木。うちの奥さんが言うんだから間違いない。舞花さんのためにも立ち会ってやれよ」
「えー、どうしようかな?」
「舞花、1人じゃ怖いから隼人くん、一緒にいて!舞花、可愛い赤ちゃん産むから、ね?」
鼻にかかったような甘えた声で佐々木の腕をとる舞花、そんな仕草が許されるのは若くて可愛いからだ。
_____私にはできないな
「ほら、舞花さんのためにも立ち会ってあげてくださいね。そうしないときっと一生頭が上がらなくなりますよ」
「え?一生?それは困る」
なんだか慌てた様子だ。
「冗談ですって」
「ううん、舞花、一生隼人くんのこと、恨んじゃうよ」
「これは怖い奥さんになりそうだな、舞花ちゃんは。佐々木、気をつけろよ」
佐々木に向かってそう言う雅史が、何かしらの合図を佐々木に送っているように見えた。
_____なんだろう?
「あ、うん、そうだな。舞花のことは大事にするってご両親にも約束したしな」
「パパとママに約束したから?それなんか違うよ、隼人くん。私のことを愛してるから大事にするんでしょ?間違えないで」
「あ、うん、もちろんそうだよ、そうに決まってる」
佐々木夫婦のやり取りを聞いていてなんとなくわかったのは、舞花が佐々木を思う気持ちと佐々木が舞花を思う気持ちはすれ違っているということだ。
相思相愛というわけじゃなく、どちらかというと舞花の片思いに近いような、そんな気がした。
それでも、子どもができたことできちんと結婚したということは、佐々木という男は意外と誠実なのかもしれない。