みんなのカップが空になっていたのでお代わりを用意したら、また褒められた。
なんでもないことであんまり褒められると居心地が悪いけど。
「あ、そうそう!私、杏奈さんに訊いてみたいことがあったんですよ、いいですか?」
一体何を訊いてくるのかと少々身構えてしまうけれど。
「難しいことはわからないけど、どうぞ」
「簡単ですよ。あのね、もしもご主人が浮気したらどうします?」
「ぶっ!ぶはっ」
雅史がお茶を吹き出してしまった。
舞花の隣で、佐々木の顔色も変わったのがわかる。
「あー、もう、ティッシュで拭いてよね!何の話だっけ、そうそう、もしも雅史が浮気をしたら?うーん、そうだなあ。それがどうやって私にバレたか?にもよるかな」
「えー、バレ方の問題ですか?」
舞花にとって、私の答えは意外だったようだ。
「そ。あからさまにバレるような行動をしたら、許さないかも。だってそれは、私のことを軽く見てるってことでしょ?でも、うまく隠したらそしたら私は気づかないからね、気づかないなら浮気したことにならないんじゃない?私が気づいて初めて浮気になる気がする。するとしたら私には絶対バレないでしてよね!って感じ?」
ね?と雅史に同意を求める。
バレてるんだよって付け足したいけれど、それはまだ言わないことにして話を続ける。
「もし雅史が浮気をしてそれを私が知ってしまったら、きっと元には戻れないと思う。私は雅史のことをずっと責めるだろうし、そんな私を私自身も嫌いになるし、そのうち雅史もそんな私を嫌いになると思う」
目線で雅史に圧をかけておく。
「杏奈の言うこともわからなくもないけど。そもそも俺は浮気なんてしないからバレるとかの心配もない。舞花ちゃん、いらぬ質問だったね」
雅史が舞花に言い切っているけれど、そのセリフには真実味がないと思ってるのは私だけだろうか。
「今はそうかもしれないけど、雅史さんもうちの隼人くんもそのうち浮気しちゃいそうな予感がするんですよね……」
_____ううん、もうしてるよ、うちの雅史は
なんて言いたくなる私は、性格が悪いな。
雅史は佐々木を見て援護を頼みたかったようだけど、佐々木は聞こえているのかいないのかお茶をゆっくりと飲んでいた。
下手に会話に入ると、おかしなことに巻き込まれてしまうかもしれないと警戒してるのかもしれない。
「予感って、そんな。舞花ちゃんみたいな可愛い奥さんがいるんだから佐々木が浮気なんかするわけないよ、安心しなよ、な?佐々木」
わずかだけど、動揺しているような雅史を見て、やっぱり浮気してるんだろうなと確信してしまう。
「雅史が浮気ねぇ……」
「杏奈、いらん心配しなくていいから」
「ううん、意外とあるかもなって考えてた。雅史は佐々木さんほどじゃないけど、そこそこイケメンだし。その気になれば寄ってくる女もいるかなって」
「あはは、ないないないない。奥さんを大事にしてて子どもの育児もするような男だよ、俺は。佐々木みたいにイケメンでもないし独身に見えるわけでもないし」
オーバーアクションで否定する雅史。
_____これくらいにしておくかな?
「そういうことだから、舞花さん、うちはご心配なく」
ここでこの話題を終わらせようとしたけれど。
「隼人くんも浮気なんかしないでね、もししたらパパとママに言いつけるから!」
ぶふっと今度は佐々木がお茶を吹き出した。
私はティッシュの箱を手渡す。
「しないよ、するわけないだろ?」
「だってよく聞くでしょ?奥さんが妊娠してる間に浮気するって。そんなことしたら舞花……隼人くんのこと許さないから!杏奈さんに相談して、訴えるから」
「そうね、佐々木さんはモテそうだもんね。わかった、その時は私が味方になるから、そんな心配しないで。お腹の赤ちゃんに悪いよ」
_____新婚さんだから、心配になるよね?
自分にも、こんなふうに一途に雅史のことを思う時期があったんだよなぁ、なんて遠い昔のことのように思う。
「あの……さっきの杏奈さんの話だと、バレなければ浮気してもいいってことですか?」
不意にでた、佐々木からの質問は間違ってはいない。
「そうなるかな。でもね、無理ですよ、どんなにうまく隠したつもりでも、わかってしまうんです。だから諦めた方がいいですよ、浮気なんて」
舞花のためにも、佐々木にも釘を刺しておくつもりで言う。
「特に舞花さんみたいに心底佐々木さんのことを愛してる奥さんからすると、ほんのちょっとの違和感を感じてしまったら、もうそこからとことん追求してしまうと思いますよ。愛されてる度合いが強いと、ひっくり返った時に怖いですよ、ね?舞花さん」
「うん、隼人君が浮気とか想像しただけで心臓がちぎれそうになるもん。だから絶対しないでね」
「はいはい、しませんよ、安心してください奥様」
まるで聞き分けのない幼い子どもの相手をするように舞花の頭を撫でる佐々木を見ていたら、舞花のことを自分と対等に見ていないようで“この人は浮気するだろうな”と感じた。
佐々木夫婦が帰るときに、雅史は見送るついでにと圭太を連れてコンビニに出かけた。
私は、散らかったリビングを片付けながらさっきの話を思い返していた。
_____一途に思っていれば少しの違和感にも気づく、ということは思っていなければ気づかないということ?
自分で言ったことをもう一度考えていた。
_____もし、私が他の誰かとそういうことになったら、雅史は気づくのだろうか?
浮気ではないけれど、アルバイトも始めているしオシャレもするようになった。
それでも雅史が何かを言ってきたことはない……ということは私のことなど特に気にしていないということか。
他の女に気が向いているのならそうなるだろうし、かと言ってあまりにも細かいことまでチェックされたら私も息が詰まるだろう。
夫婦といっても他人、ある程度の距離があったほうがいいのかもしれない、なんて他人事のように感じてしまう。
「ただいま」
雅史が圭太を連れて帰ってきた。
「おかーたん、これどうぞ」
圭太が手渡してきたのは、コンビニ限定のとろとろプリンだった。
「わー、ありがとう」
「杏奈はこれも好きだったよな?ほら」
雅史は、駄菓子のポテトスナックをくれた。
「うん、よくおぼえてたね。甘いとしょっぱいで無限ループになりそう!」
「今日はありがとな。佐々木たちも喜んでたよ。これからもよろしくってさ」
「よかった。舞花さんもいい人みたいだし、子育てのことも、私で力になれるなら相談にのるね」
「あぁ、そうしてやってくれ。舞花ちゃんの友達にはまだ出産経験者はいないみたいだし」
「あなたもイクメンの先輩として、佐々木さんにアドバイスしてあげてね」
たいしたことはしてないけれど、コンビニオヤツのお礼に持ち上げとく。
「そうだな、そうするよ。さ、圭太、オヤツを食べたらお父さんと遊ぼうか?」
「うん!でんしゃがいい」
圭太はうれしそうに雅史の手を引っ張り、子ども部屋へと連れて行った。
穏やかな家族の休日の午後の時間。
夫としてはわからないけれど、父親、家族としては不満はない。
_____家族は大事!
あらためてそう思い、家族を蔑ろにしないなら、雅史の浮気のことも知らないふりを続けることにした。
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