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レジーナを抱きかかえたクロードが部屋を出て行く。
二人の姿が消えた途端、我慢の限界とばかりに、アロイスがフリッツを詰った。
「フリッツ! 先程の君の態度はなんだ? 君自身が言ったことだろう。『無駄な敵意を煽るな』と」
自覚があるのだろう、フリッツが気まずげに顔を逸らす。
アロイスが嘆息した。
「君がクロードの身を案じたのはわかる。自身のせいだからこそ、意地になったことも。だが、それは君の自業自得だ。レジーナが責められる謂れはどこにもなかった!」
「それは……」
フリッツは反論の言葉を持たず、黙り込む。
そこから、アロイスによる説教が始まった。
(……この二人の関係も変わっている)
リオネルは今更ながらの感慨を覚えた。
学園は実社会よりも比較的身分差が緩い。
その環境においても、王位継承権を持つフリッツは別格だ。その激しやすい性格から遠巻きにされることが多く、阿る者はあれど彼に意見する者などいない。
だが、アロイスだけは違った。
入学当初から、彼だけは臆することなくフリッツに接し、今のように苦言を呈してきた。
(不思議なものだ……)
身分の差だけではない。
アロイスのクラッセン家は一度独立に失敗し、王家から厳しい監視の目を向けられている。
家の立場を思えば、彼のフリッツへの態度はとても危うい。そう思われていた。
しかし、大方の予想を外れ――衝突を繰り返しながらも――、彼らはその距離を縮めていった。
傲岸な部分が目立つフリッツが、アロイスの言葉には耳を傾ける。今では、アロイスがフリッツの隣に立つことが自然になっていた。
だが――
「フリッツ、君は愚かだ! 本気で、彼がレジーナに命じられて治療を拒んだと思っているのか!?」
(……流石にこれは、行き過ぎな気もするが)
ここまでアロイスが怒りを露にするのも珍しい。彼の怒りに、フリッツは気圧され気味だ。
「君の言動は矛盾している! レジーナの好意に甘えているんだ!」
「なっ!?」
一方的な責めに、フリッツが何かを言い返そうとした。
が、それも続くアロイスの言葉に阻まれる。
「君の言葉通りなら、レジーナは悪逆非道な人間でクロードを従えているということになる。だったら、彼女はただクロードに願えばいい。私たちをここに捨て置けと」
「だから、それは……」
「なぜ、彼女はそれをしない? これだけ君に責められて、怒るなという方が無理がある。それでも彼女は私たちを見捨てようとしない。これが好意でなく何だというんだ!」
アロイスの追及に、フリッツが苛立たしげに声を荒げる。
「だから! これは全部、あいつの仕業で、思った以上の大事に何とかしようと焦ってんだよ。アロイス、お前だって言ってただろうが。 あの女も王族にまで手を出すつもりはないって――」
「身分に守られている自覚があるのか?」
アロイスの冷めた目がフリッツを捉える。
「……だとしたら、君のしていることは、身分を傘に来た愚かな行為だ」
「な、んでそうなるっ!?」
「王族という安全な立場から、反撃を許さずに彼女を一方的に攻撃している」
「違う! 俺は……っ!」
フリッツは反駁しようとした。しかし、言うべき言葉が見つからなかったのか、そのまま黙り込む。
沈黙のまま睨み合う二人。
リオネルは横から口を挟んだ。
「アロイス、君はレジーナが無実だと思っているのか?」
ずっと感じていた違和感。
アロイスの言動には、どこかレジーナを庇うようなところがある。
アロイスはこちらを一瞥し、フリッツに視線を戻す。そうして、「分からない」と首を横に振った。
「……分からないのであれば、なぜ、そこまでレジーナを気に掛ける?」
リオネルの追求に、アロイスは再び首を横に振った。一拍置いて、「ただ」と呟く。
「私とフリッツが見たのは、階段から落ちた後のエリカの姿だ」
彼の視線がフリッツに「そうだな」と問いかける。
フリッツはぎこちなく頷いて返した。
「レジーナの手が階段に向かって伸びていたのは確かだ。……だが、直前まで二人は揉めていたのだろう?」
アロイスの視線がシリルに向けられる。
「シリルには、レジーナが突き落としたように見えたのかもしれない。だが、弾みだった可能性はある。……エリカ本人が覚えていないのだから、何とも言えない」
アロイスはそこで口を閉じ、リオネルに視線を向けた。
「君は、レジーナから話を聞かなかったのか?」
「レジーナから……、話?」
「あの日、君には伝えただろう?」
「なにを……」
リオネルは、彼の言葉に思い当たるものがない。
戸惑うが、アロイスは淡々と話を続けた。
「エリカの落下直後、レジーナは階段の上で動けずにいた」
その言葉に、リオネルは「ああ」と頷く。
確かに、事故の直後に聞いた話。
酷く腹が立ったのを覚えている。
「レジーナがエリカの無事を確かめもしなかったという話だろう? あれが真に事故だったのなら、少なくとも、相手の無事を確かめようとするはずだ」
状況証拠の一つ。
しかし、アロイスはきっぱりと首を横に振った。
「違う。動かなかったのではない、動けなかったんだ。……彼女はあの時、生気を失い、呼びかけに応じなかった」
「それは……」
「あれが事故か故意か、私には判断できない。わかるのは、『レジーナは起きた事態に怯えていた』ということだけだ」
そこで漸く、リオネルは思い出した。
確かに、事件の後、アロイスがそんなことを言っていた。
その時は、入院中のエリカの付き添いで忙しく、彼の言葉は頭から否定して終わった。
その後、思い出すこともなく、残されたのはただ、レジーナへの怒りだけ。
(だが、思い出したところで何かが変わるわけではない)
仮に、本当にレジーナが怯えていたのだとして、それが無実の証明にはならない。
衆人環視の中でエリカを突き落とした――犯行を見られた恐怖に怯えていた可能性の方が高い。
返事をしないリオネルに、アロイスが溜息をつく。「どちらにしろ」と続けた。
「レジーナは司法の場で裁かれる。それまで彼女は罪人でもなんでもない。 私たちに、この場で彼女を糾弾する権利はない」
最後の言葉に、フリッツが反応する。
不満げな表情。
しかし、アロイスに「違うか?」と言わんばかりの視線を向けられ、顔を逸らした。
ボソリと呟く。
「……悪かった」
「私への謝罪は不要だ。君が謝るべきはレジーナだろう?」
「~~分かっているっ!」
フリッツが自身の非を受け入れた。
リオネルはそれをぼんやりと眺める。
フリッツはレジーナを無実だと認めたわけではない。その上で、頭を下げると決めた。
リオネルの胸が何か重いもので塞がれる。