いつも通り、定時に退勤しよう。
パソコンのシャットダウン。
机上の書類やペンを手早にまとめ、鞄にしまう。
椅子から立ち上がり「お疲れ様でした」と言い、会社を出る。
これが毎日だ。
いつも通りの、何も変わらない。
無造作に、眩しく、絶え間なく輝くビルの明かり。
帰宅ラッシュでたくさんの人が行き来する、歩道橋の上で一人。
「…今日の夕飯、どうしようかな。」
時刻は午後六時半。
良い感じの夜食時。
自炊をしようか、どこかで買って帰るか、それともどこかで食べるか。
そんなことをうだうだと考えていた。
「はぁ、つまらなかった。」
抑揚のない、少年のような声が聞こえた。
声の方を振り向くと、声の通りの少年がいた。
「こんなものなのか。なんだ。」
少年は動き出す。
歩道橋のガードパイプを這い上がり、立ち上がる。
_だめだ。
気付くと俺は動き出していた。
少年をガードパイプから引き剥がす。
わっという少年の情けない声と共に、尻もちをついた痛みが走る。
「っ!なにすんのさ!」
少年はキッとこちらを睨んで言う。
「お前こそ、何をしている。」
「……自殺だよ。」
思った通りの返答だ。
「もう嫌なんだ。だから、死のうと思ったのに…。」
何の光も伺えない少年の瞳は、もっと深く、何も無い場所の景色を移すように暗かった。
闇とか、夜とか、在り来りな表現では表せない。
唯一近いものは《無》。
私はそれに怯えた。
だって、それは、あまりにも。
「おにいさんは、自殺なんて馬鹿がやることとか思ってるんでしょ?」
「…」
「いいよ。分かってるし。」
「…なぜ、死のうとしたんだ。」
立ち上がり、ズボンに着いた砂やら泥やらを手で払いながら少年に問う。
「…この世界と僕は、さいっこうに相性が悪い。 」
「そんな世界で生きていくのは、あまりにも苦し過ぎる。」
「それに、僕には才能も、生きてて利益も無い。」
「何の希望も無いのさ。」
「…だから、終わりにしようと思った。」
「何かおかしい?」
少年はコテンと首を傾ける。
涙も出さず、悲しいような顔もせず、ただ、ほんの少しの笑みで、こちらを見透かしたような顔をして、こちらを見る。
「…いや、おかしくない。」
「なら死なせてよ。いい加減疲れたんだ。」
少年の苦しい思いは分からない。
少年は、死を望んでいる。
先程はつい動いてしまっていたが、自分で望んでいるのなら良いのではないだろうか。
私は荷物を手に取り、静かに少年から離れた。
死にたいのなら、死ねばいい。
私が止める権利は無い。
だが、あんな足枷があるまま死ぬのは見ていられない。
あの子がいる世界は、何も無さすぎる。
「少年、着いてきなさい。」
そう言って少年の手を取る。
「えっ、ちょ!おにいさん!?」