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彼女は目を開けた。

「……………」

薄暗い廊下。

真っ赤な絨毯が敷き詰められている。

規則的に壁に並んでいる橙色の間接照明は、3個中2個の割合で消えかけていて、中には全く点いていないものまであった。

「―――どこ、ここ」

彼女は立ち上がった。

脚がふらつく。


黒い小花柄のスカート。

白いブラウス。

ピンクベージュの薄手のジャケット。

全ては彼とのデートのために揃えたものだ。


かき入れ時で忙しい観光センターの事務。

ディーラーに勤める彼の休みに合わせて無理やりもぎ取った早めの夏休みだった。

上司に同僚に、たくさん嫌味を言われた分、意地でも楽しんでやると、ボーナスの大半を突っ込んで買った服だったのに―――。

彼女のスカートは黒く焼け焦げたように破れ、

白いブラウスには赤黒い血の跡がついていた。


身体を触る。

怪我はない。

痛いところもない。


何があった……?


待ち合わせ場所の高速付近の駐車場。

手を上げた彼の笑顔は覚えている。


しかしいくら思い出そうとしても、彼自慢の600万円以上するSUV車の助手席に乗り込む自分は思い出せない。


「浩一(こういち)?」

彼の名前を呼んでみる。

当然、返事はない。


このままここに突っ立っていてもしょうがないので、一歩、足を出してみた。


ガクン。


そこで初めて気が付いた。右足のミュールの踵が折れている。

「――――」

これでは真っ直ぐに歩けない。

しょうがないので彼女はミュールを脱ぐとそれをまとめて右手に持ち、ゆっくりと歩き出した。


先ほどは気づかなかったが、壁には間接照明の他にドアも並んでいる。

一枚一枚、色もデザインも違うドアの羅列は、照明さえ明るければ、ドアの博覧会でも見に来ているようだった。


【517号室】


【518号室】


【519号室】


………。


どうやらその番号は順番についているらしかった。


しかしところどころに、


【520号室】


【522号室】


【523号室】


【525号室】


抜けている数字もある。


一枚に手を伸ばしてみる。


【527号室】


随分古めかしいドアだ。

触ればたちまちささくれの棘に刺されてしまいそうな……。


一度は伸ばした手を慌てて引っ込め、触れないまま耳を寄せてみる。

音はしない。気配もない。


彼女はまた歩き出した。


【528号室】


【530号室】


【531号室】


【601号室】


「え……?」


思わず足を止める。

数字が急に飛んでいる。一気に70個も。

「―――待って。これ、もしかして……日付?」



そうかもしれない。

でも、違うかもしれない。


確かめる術もなく、彼女はまた足を進めた。


【617号室】


【618号室】


【619号室】



「………619号室……?」


彼女はそのドアを見つめた。

青いドア。

深い青色は、夕闇に飲まれる空を連想させた。


そのドアの両脇だけ、ちゃんと照明が点いている。


ドアを改めて見つめる。

他のドアに比べて古くはない。

ささくれてもいないし、塗装がはがれていもいないし、蜘蛛の巣も張っていない。


金色のドアノブが、今しがた布で磨いたようにきらきらと輝いて、彼女の血だらけの顔を映していた。


「…………」


導かれるように、彼女は手を伸ばした。

その中指と薬指にもべっとりと血がついてる。


彼女はドアノブに手をかけると、迷いを打ち消すようにドアを開けた。



ドアを開くと二十畳ほどの洋室があった。

7個の眼が同時にこちらを振り返った。


なぜ奇数かというと、部屋の隅、入り口から一番遠いところに立っている少女が、片目に眼帯をしているからだ。


女子高生だろうか。

赤色が混ざる紺色のチェックのブレザーに、指先まで覆う大きめのカーディガンを羽織っている。

左右に縛った茶色の髪の毛は毛先が金色に抜けていた。


目を移す。


その脇には小鼻を引きつかせた神経質そうな男が立っている。

見たところ30代くらい。

イラついたようにこちらを見て、戸惑っている彼女のリアクションにガッカリしたらしく、大きくため息をついた。


その隣には足を投げ出して座る男。

黒いタンクトップから小麦色の肌が露出している。

三連のチェーンがぶら下がったダメージジーンズ。

この距離からもきつい香水の匂いが漂ってくる。

銀髪に黒いヘアバンド。

見るからに遊んでいそうだが、そう若くもない。30前後だろうか。

ニヤニヤとこちらを嘗めるように見上げている。


彼の視線から目を逸らし、部屋をぐるりと見回した。


廊下の間接照明とは一転、中央に部屋の大きさとそぐわない豪華なシャンデリアがぶら下がっている。

目につく家具は、六人掛けのダイニングテーブルが一つ。ペアのダイニングチェアが六脚。


しかし座っているのは、たった一人の少年。


「………………」


彼女は思わず息を飲んだ。

少年は、他の人間と比べて明らかに奇態だった。


純白のレースブラウス。

対照的に喪服のような漆黒の礼服。

胸の中央には黒いリボンを結んでいて、

下は短パンでひざ下までの黒い靴下を履いたその姿は、ともすれば小学校の入学式のようだった。


青白い肌に充血した目。

右手の人差し指に嵌められた、大きい銀色の指輪。

不自然にピンク色の唇が、彼をさらに異様なものに見せていた。


口を開こうとしたその時、真後ろに合ったドアが急に開いた。


「おっと。失礼しました……!」


若く快活な青年の声が、しんと静まり返った部屋に響く。


「あ、ええと」


彼は数秒前の彼女と同じように、今度は9個の眼に見つめられ目を瞬いた。


「あの、出口が見つからなくて。ドアもここしか開かなくて……」


彼はなおも部屋をきょろきょろと見回しながら言う。


年は彼女と同じくらいか少し若いだろうか。

見たところ20代前半といったところだ。


映画やドラマに引っ張りだこで、最近よくバラエティにも出る人気若手俳優の江波俊彦(えなみとしひこ)にどこか似ている。


「実はどうしてここにいるのかわからなくて……急ぎで帰らなければいけない用事があるので困っているんです」


「わ、私もなんです!」


彼女は縋るように頷いた。やっとまともに話せそうな人間が現れた。


「あなたも……ですか?」

彼は額に汗を浮かべながら小刻みに頷いた。


「どうしてここにいるのかもわからないし、服装だって、怪我だって!」


「―――怪我?」

彼は首を傾げ、彼女は彼の視線を辿るように自分を見下ろした。


先ほどまでボロボロだった服は新品に戻り、手に持っていたミュールの踵は直っていて、指に血もついていなかった。


「……とにかく残してきた仕事があって、早急に帰らなければいけなくて」

青年は尚も焦って眉間に皺を寄せた。


「どなたか、出口のわかる方はいらっしゃい―――」


「心配には及びません」


ダイニングチェアに座っていた少年がゆっくりと立ち上がった。


腰からぶら下がっている銀色のチェーンがジャラジャラと軽く音を立てた。


「死んでもやらなければいけない仕事なんて、ないでしょう?」


少年は青年を見上げた。


「いや、”死んでも”なんて大袈裟だけど、大人には責任というものがあって……」


「あれ?僕は大袈裟な比喩でこの言葉を使ったつもりはありませんよ?事実として……」


彼は軽く皆を見回すと、ピンク色の唇を僅かに上げ微笑んだ。



「あなた方はもう、死んでいますので

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