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「死んだって……どういうこと?」
一番初めに口を開いたのは、女子高生だった。
眼帯をしていない方の眼で少年を睨んでいる。
彼女は小柄で、立ち上がると意外に背の高い少年と視線は同じくらいだった。
「言葉の通りです。ご愁傷様です。心からお悔やみ申し上げます」
「……………」
「―――――」
「????」
五人が五人とも絶句した。
それに関して異を唱える者もいなければ、嘆き悲しむ者もいない。
皆一様に眉間に皺を寄せながら首を捻っている。
彼女もそうだった。
どうしても記憶がはっきりしない。
だから自分が騙されているのか、それとも本当に事故にでもあって命を落としてしまったのか、判断がつかない。
――手を上げた浩一。走り寄る自分。
「―――あ」
そうだ。あのとき―――、
もう一人、誰か来た。
その誰かが自分たちに駆け寄ってきて……
「けっ!」
そのとき、足を投げ出して座っていた男が、傍らに唾を吐いた。
「ドッキリ番組かなんかかぁ?眠った間にこんなところに運んで。随分手の込んだ企画だなあ!」
「――失礼ですが、ここは皆さんがこの部屋の時間軸で五日間、過ごしていただく空間になります。
ですので部屋を汚す行為、および破壊する行為、または皆に迷惑の掛かる程度の騒音行為、さらには共有の場所での露出行為、性行為、自慰行為はご遠慮願います」
少年は横目で男を見下ろしながら言った。
「何が性行為だ。何が自慰行為だよ。ガキのくせに」
男がもう一度馬鹿にするように唾を吐きながら立ち上がった。
「素人なんて騙して楽しいのか?どこだよカメラは?」
「もう一度申し上げます。部屋を汚す行為は、ご遠慮願います」
「ああ?聞こえねぇなあ!」
男がまた唾を吐こうとした瞬間、その顔が歪んだ。
「………あ゛ッ」
皆が男に注目する。
もともと180㎝はあろうかという男の長身が、ぐんぐん伸びていく。
いや、違う。
上に引き上げられるように浮いていく。
「……ガッ……アア゛ッ……!!」
男が苦しそうに首を掻きむしる。
まるで誰かが彼の首を掴んで持ち上げているように。
小麦色のこめかみに、血管が盛り上がっていく。
「い……いやあああ!」
女子高生が悲鳴を上げながら男から離れ、彼女の後ろに逃げてきた。
脇にいた神経質そうな男も慌てて、銀髪の男から離れる。
「―――やめてくれ」
そのとき、部屋に凛とした声が響いた。
「彼も十分、反省していると思う。一旦離してあげてくれ……!」
一番最後に入ってきた、スーツを着た青年だった。
「……………」
少年が彼を見つめ、小さく息を吐くと、ドサッと鈍い音を立てて、銀髪の男はフローリングの上に投げ出された。
喉を抑えながら苦しそうに呼吸をしている。
―――どういうトリックなんだろう。それとも銀髪の人も仕掛け人の一人なんじゃないの?
彼女は心の中で呟いた。
「残念ながら」
少年がこちらを見る。
「僕らはグルではありません。正真正銘、今日が初対面です」
「―――!」
彼女は思わず口を抑えた。
―――私、今、声に出してないのに……!
「話をスムーズに進めたいので、皆さんも最低限のルールは守ってください」
少年は改めて皆を見回した。
「ねえ……」
後ろにしがみ付いてくる女子高生が、彼女に話しかけてくる。
「……見て……あれ!」
震える小さな手で指さした先を見る。
そこには男がつい先ほど吐き出した唾液がべっとりとフローリングについていた。
それがみるみるうちに光りながら消えていく。
「……………」
皆がその急速に乾いていく唾液と、喉を抑えながら少年を睨む男を見比べた。
「ーーさて。まずは着座しましょう。よく言うでしょう」
少年はダイニングチェアに再び座った。
「“立ち話もなんだから……“」
そして薄気味悪く、目を細めて笑った。
◆◆◆◆◆
少年と共に結局大人しく着座したのは、彼女と、彼女に促された女子高生、そして先ほどのスーツの青年の四人だった。
銀髪の男はまた壁に背中を凭れながら膝を立てて少年を睨んでいるし、奥にいて先ほどから一言も話さない神経質そうな男も、壁に寄りかかったままこちらを見つめている。
「先程から説明させていただいてますが、皆さんはもうすでに死んでいます。いつ死んだか、覚えていますか?」
その質問に、テーブルについた三人は互いに顔を見合わせ、首を左右に捻り、頭を横に振った。
「それでは質問を変えます。いつまで生きていたか、覚えていますか?」
「――――」
彼女は考えた。
浩一の早めの夏休みに合わせて、旅行を組んだ。
出発の日は……。
「6月……19日」
彼女が言うと、少年はにっこりと微笑んだ。
「そう。6月19日。皆さん、何かに気づきませんか?」
スーツの男が奥歯を噛みしめながら言った。
「この部屋の番号」
「そうです」
少年は嬉しそうに目を細めた。
「ここは、619号室。6月19日に死んだ人たちの集う場所です」
「――――へっ。下らねえ」
黙っていた銀髪の男が言う。
「日本で一体、一日に何人の人間があの世に逝ってると思ってんだよ。5人だけなわけがないだろ、バーカ」
「………そうですね。確かに」
少年は背後にいる銀髪の男を振り返らずに、軽く目を瞑った。
「それでは条件を一つ、付けくわえましょう。6月19日、死ぬはずがなかったのに、間違って死んでしまった人たちの集まりです。こういえば良いですか?」
女子高生が小さい体をピクンと身体を震わせる。
「死ぬはずがなかった?」
スーツの青年が少年を見下ろす。
「人には生まれながら、寿命と死因が決まっています。その運命に従い、輪廻転生を繰り返しているのです。
人の生まれ変わりには、生前の悪行が関連しており、それに応じて六道という六つの世界のいずれかに生れ落ちます。
六道というのは、天上界、人間界、修羅界、畜生界、餓鬼界、地獄界に分かれます」
少年はますます眉間に皺を寄せるメンバーを順番に見た。
「皆さんがいたのは、もちろん人間界。でも今、人間界の数が溢れかえっているのです」
「―――溢れかえってる?」
高校生が聞くと、少年は頷いた。
「SNSの不況により、人の誹謗中傷が容易にできる世の中になってしまいました。そのことから、生前SNSを通じて誰かを傷つけた人間は、どんなに尊い行いをしても天上界に登る資格が得られず、結局は人間界に溜まってしまったのです」
「―――つまり?」
スーツの男性が苛立ったように聞く。
「つまり。人間界の激増により、僕たちの任務上、バグが発生した」
「―――バグ?」
「僕たち?」
スーツの青年と彼女は同時に言った。
少年が楽しそうに笑う。
「順番にお応えしましょう。まずはハナサキさんから。はい。バグです。本当は死ななくてもよかった人たちが死んでしまうバグが発生しています。そして筒井さん」
少年はまたこちらを見つめた。
「僕たちが誰か知りたいですか?」
テーブルの下で女子高生が手を握ってくる。
彼女はその冷たい手を握り返しながら、ゆっくりと頷いた。
「僕たちは、そうだなあ。死を司り秩序ある輪廻を粛々と実行していく者。つまりは―――」
少年はふっと笑った。
「俗に言う死神です」
◇◇◇◇◇
「ということで、あなたたちが死んでしまったのは、僕たちのミスです。大変申し訳ありません」
言うと少年は深々と頭を下げた。
―――この子が死神……?
彼女は眉間に皺を寄せたまま、彼を睨んだ。
「ミスなら、生き返らせろ!」
先ほどからずっと黙っていた壁際の男が口を開いた。
「お前たちのミスなら、責任をとって俺たちを元の世界に返せ!方法はあるんだろう?だからこんな狭い部屋に皆を集めたんだろう?!」
そう言った瞬間、男の姿は見えなくなった。
いや、正確には男が見えなくなったのではない。四面の壁が見えなくなった。
「――――!!」
スーツの青年が慌てて立ち上がる。
「どういうことだ……?」
10畳ほどしかなかった部屋が、壁が見えないほど広がり、空間にはポツンとダイニングテーブルと六脚の椅子が残っただけだった。
「あ、失礼しました」
少年が右手を口許に寄せ咳ばらいをする。
彼の人差し指に嵌められた指輪が淡く光ったように見えた。
すると、いつの間にか壁は元に戻り、寄りかかっていた男たちも戻ってきた。
どこまで飛ばされたのか、苦しそうに肩で呼吸を繰り返している。
「この部屋をカスタマイズしたのは自分なので、“狭い”と言われてついイラっとしてしまいました」
少年は笑った。
「さて、話を戻します。そうですね。オヤマさんの言う通り、これは僕たちのミスです。当然あなたたちには生き返る権利がある」
息が上がり、すっかり髪型の乱れた2人は、いったいどこまで飛ばされていったのだろう。
想像しながらゾッとしていると、少年はいつの間にかこちらを見つめていた。
「でも難しい話は明日にしましょう。今日はもう遅い。最後に自己紹介だけして就寝しませんか?」
少年が言った瞬間、部屋の壁に六つのドアが浮かび上がった。
ガチャッと音がして、ドアノブが勝手に回され、中の部屋が見える。
ベッドと簡易的なデスクとチェア。寝室のようだ。
「では」
いつの間にか、少年の白い指がこちらをさしていた。
「あなたからお願いします。筒井美穂(つついみほ)さん」