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高橋が夢の番人として従事している間に、一切合切綺麗さっぱり処分しているかもしれない。


「なるほど、抜け目のない男に使われたものだな。だったら失った恋を取り戻すためにという、理由はどうだろう?」

「覆水、盆に返らずという言葉を知っていますか? 相手に嫌われて終わったものは、どんなことをしても、元に戻れないんです。挽回の余地すらない……」

「なぜわざと嫌われることをするのか、私にはさっぱり理解ができない。そういうおまえも、私のことを理解できないだろう?」


顔の傍にある髪の毛がうざったくて、耳にかけてみる。


「そうですね。自らを創造主と呼ばせるくらいに万能だというのに、夢の番人にその有能な力を、わけてはくださらないんですね。なんて不平等なんでしょう」

「私に向かって悪態をつく、その顔。できるだけ美しく作ってやったはずなのに、どうして醜く見えるのか」

「せっかく作っていただいた顔ですが、自分では見えませんから、どれだけ醜いのかわかりません」


正直なことを答えたと思った矢先に、妙な声をあげて創造主が笑いだした。


「おかしなことを言いましたっけ?」

「いいや、確かに自分で自分の顔は見られまい。おまえならてっきり、自身の腹黒さを素直に吐くかと思ったのに、思惑が外れて残念だ」


残念だと口では言いいながら、なおも笑い続ける。その態度に呆れ果て、胸の前で腕を組みながらため息をついた。


「私を笑わせた礼として、面白いことを教えてやろう」

「笑わせたつもりは、全然なかったんですが」

「まぁそう拗ねるな。私のことを万能と言ったが、そこまで万能じゃない話だ」


意外な言葉に、そのまま耳を傾ける。


「人間は出逢う相手によって、その運命を変える。例えばお前が憎んでいる牧野という男に出逢わなければ、確実に寿命が延びていたということだ」

「そうですね……」


胸の中の痛みの原因――江藤との出逢いもなかったら、この痛みを知ることはなかった。真剣に誰かを好きになることを知らず、自分の快楽のために延々と人を騙し続けていただろう。


「人間が死ぬ直前になってはじめて、私はこうして動くことができる。だからそこに行きつくまでの未来予知のできない私は、万能じゃないということだ」


いきなり妙な浮遊感を、躰に感じた。


「わっ、な、なんだ!?」

「夢の番人として、これからたくさんの善人に出逢うおまえの運命もまた、私は読むことができない。せいぜい清き心に触れて、おまえの中にある腹黒さが、少しは薄まることを期待している」


創造主が告げた最後のセリフを聞き取る前に、闇の中へと躰が一気に落とされた。あまりの衝撃に声はおろか、目をつぶってやり過ごすのに必死だった。


(……衝撃がやんだ?)


仰向けの状態でしばらくの間、そのままじっとしていた。しかも背中に何かついてる感じがまったくしなかったので、更に不安を助長させる。

ゆっくり目を開けて、恐るおそる周囲を窺った。大きかった月が遠くにあって、自分をそこから眺めているような錯覚を起こした。

ほんの数分前まで、月に向かって喋っていた名残なのかもしれない。

今の状況を少しでも確認すべく、横たわっているところの感触を確かめるために、両手を使って、辺りをひたひた触ってみる。しかし、何も感じることができなかった。


このままじゃ埒が明かないと判断し、意を決して勢いよく起き上がった、高橋の目に映ったものは。


(――空中に浮いている、だと!?)


見慣れた瓦の三角屋根が足元にあり、そこからほんの10センチくらいの高さを維持したまま、躰が空中に浮いていたのである。

そのまま静かに立ち上がって足踏みしてみたが、やはり何も感じられなかった。


「髪の毛、邪魔くさい……」


横たわっていたときは平気だった、白金髪の長い髪。起き上がった瞬間から視界に入るせいで、ウザったくて堪らない。

邪魔にならないように掻き上げて、はじめて気がついた。


(自分の躰に対しての感触はあるのに、それ以外のものについては、一切感じないんだな――)


躰に触れて、改めて自分の感触を確かめてから、しゃがみこんで瓦に触れてみると、右手が瓦の中へと貫通するように吸い込まれた。


「ヒッ!」


慌てて手を引っ込めるなり、右手を服で何度も拭った。

明確な触感などまったくなくて、虚無空間の中に手を入れた感じ――ホラー映画で見た、壁の中に消えていく幽霊を、自ら体感した気分だった。

その場で浮いている素足に、物体を通り抜ける躰。それらを使って善人の夢の中に入り込み、腰につけてる縄を鞭という武器に変えて、悪夢の原因を打つ。それに失敗したら即死亡。本体も死んでしまう。

そして無限に活動できない代わりに、夢の中で男に犯されろなんてそんなの――。


「嫌に決まってるだろ、俺はタチなんだから!」


高橋が自ら叫んでしまうくらいに、疎ましい行為だった。たとえこの躰が創造主から借りた傀儡(かいらい)だろうが、見ず知らずの誰かのモノを突っ込まれることを考えるだけで、ゾワッと虫唾が走る。

だからこそ活動限界がわからない以上は、無闇やたらと動くのはナンセンスだと考えついた。自分好みじゃないヤツに助けを求めるほど、情けないことはない。


はーっと深いため息をついて、目の前に広がる日本家屋を見下ろした。さっきから耳を通じてなのか、頭の中にいろんな声が飛び込んできた。


叫び声や悲鳴、『助けてくれ』や『ママ、怖いよ!』等など性別年齢関係なく、ガンガン聞こえてくる。

夢の番人として仕事をするには、まさに大忙しだろう。


高橋はウザったい髪を耳にかけて、唇に笑みを湛えた。ここに来て肉体に戻るための目標が、ばっちり定まったからである。


(この俺を蘇らせたことを、創造主に後悔させてやろうじゃないか。生き返ったら、大規模なテロでたくさんの人間を皆殺しにしてやり、アイツの仕事をここぞとばかりに増やしてやる)


憎い牧野ひとりを殺して刑務所行きになり、執行猶予付きの無期懲役になるよりも、そのまま死刑台送りになったほうがいい。


「どんなに生き長らえても、欲しいものは手に入らないのだから……」


笑みを湛えていた唇を引き締め、右前方にある家に入り込んでみた。赤い屋根を突き抜けて声に導かれるまま浮遊し、目的の人物の元に辿りつく。

はじめての仕事は、小さな女のコの夢の中にいる、得体の知れない化け物を倒すことからだった。


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