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“どうして研究員を続けているの?”
何の為に…と言われれば困るが、私は今T社の時間軸概念圧縮装置を作るべく、その研究へ励んでいる。私の研究室はそこそこ名が立つ場で、T社福祉委員会から特注の依頼を受ける事で生計を立てていた。 特にT社管轄の委員会特注の依頼の場合、責任が重く伸し掛かる為、基礎の再確認から始めて。
とは言っても、もう私には一生遊んで暮らしていける程度の時間は保有している。では何故研究員なんぞ続けているのだろうか。
此処T社で研究員は重宝されている為、金銭面での心配が無い為、どうしても完成させたい技術がある為…幾らでも研究理由は思い付くが、そのどれもに当てはまらない。死に場所を探し続けているようだった 。…辞め時を見失い、辞めた先の自分すらも想像出来ない私にはコレが丁度いいのだろう。
そのままズルズルと研究を続けた結果。早くも十年の月日が経ってしまい、私も三十を目前に迎えてしまった。
情けなく震える腕に拳を叩き込み、ある程度の基盤を整える為に首から下げられた邪魔臭い時計を放り投げ、髪を纏める。
…すると背後から阿呆な声と共に、バラバラと紙束が落ちる音が聞こえた。
「アッッッブなぁ!!??何やってるんすか!?」
「…………」
「自分がギリでキャッチ出来たんで良かったっスけど…!コレ壊したら先輩即クビっすよ!?」
「敬語はどうした?」
「…あー…もーー………」
ガヤガヤと喧しく喚くコイツは私の研究室で 唯一まだ残っている研究員であり、何考えてるかも分からん変質者。
…作業中だろうが大声を上げ、私の集中を切らそうとする癖にアンタの為だ何だと恩着せがましい。私の親にでもなったつもりか?そもそも私の時計がたかが重力如きで壊れるとでも思っているのだろうか?多少頭を使う事も出来ないのなら研究員なんぞ早く辞…
「聞こえてますよ。」
「あぁ、聞こえるように言った。」
「…そんな態度だから俺以外ここ辞めちゃうんですよ。」
「構わん。そもそもこの研究室に私とお前以外必要無い。」
「えっ」
「狭いからな。」
「…………。」
漸く聞こえなくなった背後の声に息を小さく吐き、震えの収まった腕で作業を続けた。
T社福祉委員会は私の技術をえらく気に入ってくれた様で、他の工房技術との併用や使用用途等を態々検閲させてくれた。他者の時間に圧縮した時間を強制的に割り込ませる事で脳に負荷を掛け、精神だけ1000年が流れるようにする。 最終的に一般的な人間の脳と精神は壊れ、やがて死に至る…要するに、工房名義の暗殺装置として用いられるらしい。
私が当初予定していた、多量の時間を保有せずとも局所的に使用可能な時間軸の延長による延命治療や、逆に圧縮によるデスクワーク等単純作業の業務効率向上には使われなかった。
…仕方無い。仕方の無い事だ
研究員の仕事は技術を作り、提出する所まで。その技術の用途など考える必要も無い。
現にその場で暗殺装置を購入して行ったハナ協会のフィクサーは何か決心した様子であったし、これから誰かを殺しに行くんだろう。私の作った技術で。
「…………」
気分が悪い。
何か美味しいモノでも買って帰ろう。
「…酷い顔っ…ですね。大丈夫ですか?」
「…言うようになったな。」
研究室へ戻り、納期が迫っている依頼から片付けてしまおうとした矢先。態々私の顔を覗き込んでまで小言を挟んでくるコイツは何様なのだろうか。
一口も手を付けていないハムハムパンを手渡し黙らせようとする。
「一番期限の近い依頼教えて下さい。」
「あー…老朽化した時計塔の代替部品製作で…あと二か月だな。」
「何時位に終わります? 」
「…半日もあれば」
「休みましょう。というより休ませます。」
「ちょ、それ私ん───
電源を切ってしまったみたいに黒く潰れた視界が最後に捉えたのは、私の技術を振りかざした狂人の姿だった。
「………んぁ」
指先の寒さで自然と瞼が上がる。
前後の記憶がチグハグで、取り敢えず期限の近い製作依頼の青写真を取ろうと伸ばした掌の先を見て、此処がまだ夢であった事を認識する。
エメラルド色の宝石で満たされた夜空。日暮れの下零してしまった宝石箱の様緑黄色に輝く星々を前に、伸ばした手が柔らかい草の上に落ちた。その上を優しい風が撫で、波打つ草々が私の真似をするみたいに高く伸びては萎れていく。
綺麗だ。
少なくとも、色の無い20区の街並みで生きて来た私には、何一つ見たことも触れたことも無い景色だった。
…らしくなく、本当にらしくなく物思いに耽った。
“何故研究員を続けているのか?”
私が初めて作った技術は、未だに20区で用いられている、素晴らしい物が出来たと自負している。『時間速度同期化装置』通称TT4プロトコル。私が巣の大学での卒業論文代わりに制作した技術。
時間軸歪曲の効率化論文、時間変化の根底にある共通の理論証明。過去の資料を漁りに漁って見つけた論文達に私の実験結果を上乗せして新たな理論を見つけ出し…その果てに完成させたそれは、私の想像以上に賞賛された。基本どうしたって差異が発生する一人一人の時間を一律にしてしまうこの技術は20区外の会社にも多く用いられ、それはそれは沢山の人を助けたのだろう。
驚愕だった。此処20区の大学を卒業し、そこそこの企業に入り、金を稼いで、偶の贅沢をして…そんな普通の生活をくたばるまで続けると思っていた。ただ、そんな私にも。誰かを救う事の出来る未来を歩めるのだとしたら?周囲からの声で膨れ上がる根拠の無い自信と、それを助長させる中途半端な実績だけを付けてしまった私は、もっと沢山の…『誰も彼も救える様な技術を作りたい』なんて身の丈に合わない考えを持ってしまった。そんな馬鹿げた理想だって、手を伸ばせば届くだろうなんて。
私には…いや、それこそ、そんな願望を叶えうる人間なんて存在しないのだろう。
だって此処は都市だから。
私が救いたかった誰も彼もは、私が想像してた以上に救うに足らない都市の人間だったから。
『脳幹時間直流安定化装置』。乱れる脳波の時間を一定にし睡眠の安定や精神を安静にさせる為の技術を作れば、脳波の電流を逆算し他社の機密情報を自白させる様使われ、
『時空圧縮加速装置』。指定した時間を一瞬で使用する事で肉体を加速させ、莫大な金を払い強化施術を施さず、そして肉体を捨て義体にする必要も無い。フィクサー達の生存率を底上げする為の技術を作れば、T社が一瞬で特許を取りコストの安い徴兵を量産する為用いられ、
『時間軸現物化装置』。時間の物質化及び現物化により、時計を紛失してしまったネズミでも売買を可能とする新たな硬貨として使える技術を作れば、裏路地でネズミ同士の密輸として使われ…
私が誰かを救いたいと作った技術は、結局誰かを傷付ける道具でしか無かった。
最初こそ技術の悪用を行う者へ向けていた怒りも、それによって私腹を肥やしている私に、いつか見た普通の生活を捨て切れない私に気付いて以来一切湧かなくなってしまった。
そんな私を余所に私の名だけが馳せてゆき、私には、私等には不釣り合いなトロフィーが机を埋めていく。
そんな私の元へ、沢山の技術者達が集ってきた。
「失礼します!20区南部から来ました■■です!」
「えっと…よ、よろしくお願いします…!」
「時間軸歪曲技術を学びたく此処へ来ましたっ!」
「初めまして。貴方に憧れて研究職に就きました」
元気に挨拶する奴、縮こまる奴、私を踏み台としか考えていない奴、ご機嫌取りをしてくる奴。性格こそ違えど、どいつもこいつも綺麗な眼をしていた。
最初の頃の私みたいに。
「失せろ。世間知らず共が」
…本当、嫌になる
自分を誰かの為、何かが出来る人間だと信じて疑わないその心根が。それ等を自分に当てはめ自戒した気になっている私が。
私の態度が気に食わなくなった奴は早々に此処を離れ、結果を残せず時間だけ食い潰した奴は涙ながらに研究員を辞め、意地で残った奴は私に恨み言だけ吐いて別の研究室へ送られ…気付けば狭っ苦しい研究室にただ一人。
誰よりも救う価値のない都市の人間が、誰かを殺し続けていた。
…星の光が眩しすぎて目を伏せる。
一度伸ばした掌はもう上がる事無く。誰かが伸ばした腕を手折るだけのそれは、無様に地に這いつくばったまま。
塗れて、固まって、重くなりすぎたそれを。もう上げる気にはならなかった。
「…………ぁ」
自嘲気味に見やった先。
隣で寝っ転がる、未だ綺麗な眼をしたソイツが居た。伸ばした腕は力強く、掴み掛かろうとさえ思わせるその姿は、私に更なる自責の念を抱かせる。
「…自分は、この11区で生まれ育ったんです。」
「…あっそ」
白い息と共に、私の相槌が宙に溶けていく。
「ただ、技術力やキャリアだけが重視されるこの区で、自分は何の才能も持っていませんでした。
そんな自分が嫌で仕方が無くて…技術解放連合ってのに加盟して、沢山の技術を消して巡ってたんです。何も持ち合わせていない俺が悪いのに、それを他の誰かの所為だと思い違えて。」
諦めたように、二度と消せない罪の意識を述べるように、沈む気持ちを勘付かれない様に笑いながら話していたソイツだったが、急に目を輝かせ始める。
「ただ…ただ!この景色を見て考えが変わったんです。この澄んだ空気も、あの光る星々も、此処へ来るまでのWarp列車も…!全部全部誰かによって作られた技術で、自分もその技術を享受して生きていたんです…!!
おこがましい事は解っています。今更何だというのも…それでも!誰かを救える様な技術を、少なくとも自分が傷付けた人数以上の人を救う事が出来たならば、どれだけ光栄な事か…!!」
「…………」
「まぁ、こんな感じっすね。貴方の研究室へ来たのも、自分の力で誰かを救える様技術を学びに来たからです。
…先輩の話も聞かせてくれませんか?自分は、そんな辛そうな顔した貴方も救いたいんです。まだまだ技術力では敵いませんが、自分に出来る事なら何だろうと…」
「…クソ…」
「?」
「こっち…ッ向くなよ…」
隣の星に背を向ける。やはり私には眩しすぎた。
自分が傷付けた分誰かを救う。そんな事思い付きもしなかったし、やろうとも思えない。私が傷付けた人は余りにも多く、私じゃ誰も救えやしないから。
ただ…解ってしまった。 そんな私とは違い、コイツは本当に誰かを救えるのだろうと。自分への情けなさか、コイツへの羨望か。ボロボロと零れる雫が鬱陶しい。
「…見るなって…」
「言ったじゃないすか。自分は貴方も救いたいんです。それに先輩となら、自分だけでは救えない人達も救える筈っすから!」
「………私と?」
「?…はい!」
…辞めとけば良かった。私があれ《TT2プロトコル》を作り上げたその瞬間、舌を噛み千切って死ねば良かったと、今でもそう思っている。
何故研究員を続けているのか?そんな声が常に頭の中で響き、答えられない度に震えが止まらなかった。解らなかったんだ。私には。
誰かを救う事の出来る未来を、もう歩もうとすらしていなかった。
私の歩んできた道は血塗れで、また進む先も血塗れで…今更逸れる事は赦されない。
ただ、今の私の先には目指すべき星が輝いていて、すぐ隣には共に歩んでくれる奴が居る。
「………おい。」
「はい。」
「敬語…はもういい。好きにしろ。」
「…はい??」
涙を拭う。もう泣いている暇なんて無い。
「時間が勿体無い。早く帰せ。」
やっと見えた未来に、迷いたくは無いから。
“どうして研究員を続けているの?”
…という声は最近聴こえなくなった。 元より、気分の優れない時の幻聴なんぞそんなモンだろう。
そんな事はどうでも良い。私達はまず大きな依頼の殆どを蹴った。技術の使用用途を説明していない物は論外、明らかに嘘臭い物は直接赴いて判断する。それだけでほぼ全ての依頼が弾かれてしまったのだ。
そして本当に、本当に小さな依頼を沢山受ける様になった。電球を長持ちさせる技術、麺の伸びを遅くする技術、子供の体内時計を整える技術…悪用のしようもない上、コイツでも作れそうな技術達に不安も覚えたが…
「ありがとうございます!助かりました!」
「あんがとな、あんさん達。」
「ありがとー?おにーさん、おねーさん。」
そんな感謝を述べられて、自分でもどうかと思う程の気色悪い笑みが抑えきれなかった。コイツが持ってきた依頼を二人で分別し、技術を作り直接赴き、感謝を述べられ、時間が空けばコイツに時間軸歪曲の授業をして…
(…楽しいな)
そう思いながら技術を作ったのなんて何時以来だったか。 来る日明くる日全てが楽しくてしょうがない。
誰かの為、何かが出来る自分が居た事を少しずつ肯定出来る様になり、下がっていく名声と反比例するが如く、私の心は跳ね上がっていった。
「いやー!良かったっすね!元気になって!」
「あぁ、ありがとな。」
「…え?」
「…なんだよ」
「いや、先輩って感謝とか出来たんすね。」
「死ね」
小っ恥ずかしい上ムカっ腹も立つが、まあ少し位我慢してやってもいいだろう。
「…すみません、茶化しました。俺もお陰様で毎日楽しいっすから。」
「………あー………そうかよ。」
小っ恥ずかしい所では無いが、それでも何処か心地良い。
こんな日々の中がずっと続くなら。
コイツと共に沢山の人を救うことが出来たのならば。
…どれだけ幸せなのだろうな。
数え切れない程の日々を重ねた頃。
私が研究所の扉を開けると、真っ先に彼が 自分の椅子にもたれ掛かりながら、息も立てず眠っている様子が目に入った 。ここ最近は別の区まで遠征へ出掛けていた為、疲れでも溜まっているのだろう。私もそうだ。
リムバス…リンバス?社との私達の技術に関する契約で中々の時間を要してしまった。本来ならその場で互いに用件を伝え、契約書を交わすのみなのだが、私の要望で細かい使用用途から契約違反時の重い罰則まで、かなり長い事話し合っていた。その間、彼は文句一つ言う事無く。
「…………」
指先で頬をツンツンと押してみる。私はどれだけ君に救われただろう?…それこそ数え切れない。
「…ふあ…」
…私まで眠くなってきた。
一緒に眠ろうとベッドへ運ぼうと触れた瞬間、触れた肌が酷く冷たい事に気付く。
すぐさま脈を調べるが…ピクリとも動きやしない。
可能な事全てを試した。心臓マッサージ、人工呼吸、K社アンプル…しかし、結果はその冷たい身体が無情にも伝えて来る。
ユロージヴィ組織内部の工房によるモノクルを用いてすぐさま痕跡を辿れば、懐かしい顔ぶれが浮かんできた。 私の研究所で結果を残せず、私を心底恨んでいた奴の仕業であった。凶器は、私の作った暗殺装置。
腸がかき混ぜられるような感覚と、身体中から捻り出された脂汗を拭いながら様々な蘇生を試した。 H社の丸に、未来生命保険にも連絡をしてもいる。が…
…解ってる。
生命保険や丸による蘇生も不可能だろう。それ等は脳が完全な状態である事が最低限の条件であり、私の技術を用いて脳だけを破壊された彼には関係が無い。
…死んだ。彼は殺されたのだ。
「 … … … … 。」
シ協会へ、電話越しに依頼を申し込む。 何故こんな事をしたのか、情報を吐かせるだけ吐かして殺してくれと。
…それからは、余りにも長い時間泣いていたと思う。
電話口から淡々と説明される殺害動機。最初は本当に尊敬していただの、この気持ちが裏切られ、人生まで台無しにされただの、その上で落ちぶれていく私を、笑顔を絶やさなくなった私を、その全てをブチ壊してやりたかっただの…
私の歩んで来た道が彼を殺してしまったのだと悟ってしまい、日が何度昇り沈もうと泣き続けていた気がする。
そして、その果てに…狂ってしまったのだろう。泣き腫らした最後に、簡単でストレートなたった一つの結論にたどり着いた。
『破損した脳を復元する形での人体蘇生は許されない』都市の禁忌であり、当然の事。
…しかし、禁忌とされるならば…脳を含めた人体蘇生も可能なのではないか?
「どうして研究員を続けているのか。なぁ…」
誰かを救いたいから。
それでも良いと思えたのは、きっと…
「脳以外の生体反応再生を確認。人工呼吸器異常無し。呼吸、心拍共に正常。外傷無し。…よし、」
彼を未来生命保険会社へ連れて行った所、中々奇異の目で見られはしたが、それでも呼吸器さえあれば脈拍を行うまで回復した。
「──脳が完全に壊れちゃってるんで…多少生きている様には見えても──」
「黙れ。」
誰も居ない研究室で、そんな声が薄れて消えた。至る所に飾られたトロフィー群を薙ぎ倒しながら、これまで作ってきた技術に器具を掻き集めた。
…その最中、呼吸器を付けた君と目が合った気がしたんだ。
「…次は、私の番だ。」
装置の電源を付けた。
「禁忌を破ればどのような責任を負わなければならないのか、解った上で此の様な愚行を行う訳は知らないけれど……
お前のその姿を見るに、目が霞んだのだろうな。」
いつの間にか其処に立っていた彼女は、このセピア色の研究室内で五体満色のまま会話を持ち掛けてくる
何の意味も無くとも掛けておいた鍵は、寧ろ私の逃げ場を無くす檻となっていた。今一度、後戻りは出来ない事を認識する。
…爪、そして調律者。
私の技術、そして私自身を調律しようと態々A社B社から赴いて来たのだろう。
「お前の様な、恋慕の果てに失った者を取り戻そうとする者共は幾らでも観て来たさ。当然、その結末さえもな。」
隣に立つ爪が今か今かと明らかに気を立てている。今この瞬間に、私をどうとでも出来るのだろう。
彼の脳へケーブルを繋ぎ、同期を開始させる。
「そもそもどうして人間の蘇生が都市の禁忌とまでされるんだ?脳さえ残っていれば、それ以外の再生は許される癖に。」
「私達が努めて手入れして来た都市の生態を壊しかねない愚行を見逃してくれ。と?」
「脳の有無如きで態々出向いて来るお前等が──」
「黙れ。……時間稼ぎのつもりか?今この瞬間、お前を八つ裂きにしようと辞さないのだがな。」
「……それもその通りだな。……『処刑者』。」
「っあ」
死ぬ。
爪が一直線に私へ向かって来る。が、それよりも先に私が動いていた。
『時空圧縮加速装置』で多量の時間を使用し、一瞬で何十倍もの加速を行い距離を取った私の掌には、たった一丁の拳銃。
『時間軸現物化装置』を使い、一発の弾丸となった何年何十年の時間を込める。
『脳幹時間直流安定化装置』を先程使用した私の精神は酷く安定していて、何の迷いも無く照準を合わせ、その引き金を引いた。
爪さえこの一連の動作に反応する事が出来ず、その極彩色の弾丸は爪を貫き、調律者の左胸へ突き刺さる。
銃器類制作ガイドを完全に無視したその拳銃からは途轍もない爆音が響き、制作の免許も使用の免許も持たない私の腕を砕きながら自壊した。
「っ…ああああぁぁあ!!!」
調律者らの動きが止まる。
誰かを救う為に作った筈の技術を使い、全力で誰かを害そうとする私は本当に見窄らしかったが、そのお陰で少しだけでも時間を稼ぐ事が出来た。
「…っあと少し…あと少しなんだ…!」
目の前で眠るコイツの脳をTT4プロトコルの時間同期を用いて、脳内に流れている1000年もの時間を外界との時間に合わせ一律にする。その過程で損傷した小脳と視床下部には脳幹時間直流安定化装置で電流を流す事で一次的にでも機能させ、蘇生を試みる。
一瞬でも脳としての機能が復活したのならば、後はK社アンプルを投与するのみ。
「………はっ?」
私の左胸を、一本の光線が貫いた。
出血は無く、肉と骨格の焼け爛れた匂いが一瞬で私の鼻腔を埋め、そのすぐ後に鉄の錆びた匂いが押し寄せて来る。
自然と開いていた口からもそれは溢れ、人間から出て良い量ではない事だけが解った。
「態々都市の禁忌を犯してまで申し訳無く思うが…其れでは、私共には遠く及ばないな。」
「…ゴフッ……おぇ…」
抑えようとも、それが可能だとも思えない。
変な方向へ曲がった腕を無理矢理動かしながら、掌サイズの装置を自らの頭へ押し付ける。
「『時間…猶予』」
暗殺装置として消費されてしまった技術の本来の用途。結局の所火事場の延命でしか無いが、今以上に必要な場面も無いだろう。
一本の光線が、私の眉間を貫いた。
そんな事は気にも留めず、ふらつく足取りで彼の元へ歩いて行く。TT4プロトコルは何の問題も無く機能しており、一次的だとしても彼は今。この瞬間生きているのだ。
K社アンプルを用意する。
「…………。」
私は今、ここで死ぬ。
何の後悔も無いし、絶望も無い。
“…どうして、研究員を続けているの?”
……誰かを救いたかった。それは間違いでは無いと、今なら心の底から言える。…けど、結局の所救われたかったって気持ちが一番大きかったのだと思う。 誰も救う事の出来ない、苦悩し続ける自分自身を。
“何故、研究員を続けているの?”
人には向き不向きがあって、私には技術を。君には誰かを救える心を持ち合わせていた。それだけだった。
“何 故 、研究 員 を 続 け てい るの ?”
私には、そんな物必要無い。
けれど、君になら…
“ 何 故 、 研 究 員 を ─ ─ “
「誰よりも救う価値の無い私を救って見せたんだ。 …なら、私なんて必要無いだろう?」
“………ちぇっ”
君が、目を覚ました。
「……ん、あれ…」
「聞け。」
「!…はい!」
「私の分くらい、サッサと救ってくれ。…そうすりゃ、私も救われるからな。」
「それは、当然──…」
言い終わる直後。いつも通りの笑顔を浮かべる先輩の顔は、風船が割れたみたいに弾けた。 飛び散る赤々も、倒れ込む胴体も、何もかも理解出来ないまま。
「………は?」
「帰るとしよう、処刑者。既に蘇生技術も、使用者も存在しない上…あの様な死に体に然程意味も無いだろうからな。」
蜃気楼の様に消える二つの影。
鉄屑まみれの研究室で、一人と一つが佇んでいた。
それから少しして。自分はこの研究室で技術を作り続けていた。先輩が死去した事で空き土地になる筈だった研究室は、その 契約主が事前に自分の名前を書いていた為、今は自分名義で働き続けられている。 先輩から頂いた技術や使い切れない程の時間は、言ってしまえば最高の環境で…今は無心で依頼を受け続けられている。
あの日何があったかなんてもう分からない。ただ先輩が死んだ事だけ。
今では立つことすらままならないが、それでも誰かを救う為、立ち止まりはしなかった。
…何の為に?
どれだけの人を助けようが、救おうが…あの日の先輩の笑顔に報える気がしない。…先輩を、救えやしない。
ならばどうして技術を作り続ける?
「…どうして」
どうして先輩が死ななければならないのか。
どうして自分ではないのか。
どうして救う事が出来ないのか。
どうして、どうして…どうして。
……分からなかった
“どうして、研究員を続けているの?”