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エイバスの街を出発した俺とテオ。
半日ほど歩き、その日の午後早めの時間には、カルネ山のふもとのダンジョン「小鬼の洞穴」に到着した。
標高600m程で傾斜が緩やかなカルネ山は、半分ほどが緑の木々に、残り半分ほどは剥き出しの岩肌に覆われた山である。
人々はカルネ山にて、生身の肉体を持った熊・猪・鹿といった動物を狩ったり、様々な山菜やキノコ類を採ったり。麓に入口がある天然の大きな洞穴では、鉄鉱石を中心とした採掘が盛んであった。
この辺りで手に入る動物の肉や山菜等の食材はエイバスの食卓を、そして毛皮や鉱石等の生産用素材はエイバスの屋台骨である生産業を支えていたのだ。
幸い低レベルの弱い魔物ばかりだったので、大半の者は無事に帰還してきたのだが……運悪く大量発生に巻き込まれたり、不意打ちされたりで命を落とした者も少なくないらしい。
カルネ山および近郊の中で、魔物の発生が段違いに多い場所。
それが麓近くの洞穴だ。
なぜか洞穴内にはゴブリン系の魔物――角を生やした小さな人型の魔物――しか出現しないことから、いつしか人々はその場所を『小鬼の洞穴』と呼ぶように。
現在、洞穴で鉱石採掘を行う際には「護衛の冒険者を雇って採掘に行く」か「冒険者に頼んで採掘してきてもらう」のが一般的で、かつてよりも採掘のコストやリスクが高くなってしまった。
これは、職人達らの大きな悩みのタネなのである。
小鬼の洞穴の入口は、苔むしたゴツゴツの岩肌に開いた穴となっている。
穴の大きさは大柄な成人男性1人が立ってちょうど通れるぐらい。
特に舗装はされておらず、ほぼ自然のままの状態だ。
到着後に少し休憩をとった俺達。
入口近くに魔物が居なさそうなのを確認してから、俺を先頭に、その後にテオが続く形で洞穴へと入っていった。
中に入った瞬間、むわっと鼻に飛び込んだのは湿った土のようなにおい。
そして少し肌寒い。
と同時に、気温・気候に合わせた服装について全く考えていなかったと気が付きゾッとする。
原初の神殿も、エイバスの街も、周辺の森も、日本の春のように温暖で心地よかったのだが、大陸内の他の地域に行けばそうもいかないだろう。
今後は注意しなければ……と、俺は肝に命じたのだった。
しばらくは分かれ道が無いため、なるべく大きな音を立てないよう、石造りの通路を道なりに進んでいく。
入口から受ける印象の割に、洞穴の中は広く長い。
通路がやや狭くなる箇所も時々あるのだが、天井に高さがあるためか、そこまで圧迫感はない。
辺りを照らすのは、壁の天井近くに等間隔で配置された『火の魔導具』。
これはその昔、エイバスの街の有志による出資で、採掘作業を楽にするために取り付けられたものだ。
空気中の魔力を上手く取り込んで循環する構造になっており、魔導具自体を壊さない限り、中の火は半永久的に燃え続ける。
十分な光量が確保されているため、カンテラや松明は特に必要ない。
数分歩いたところでテオが急に立ち止まり、手前を歩く俺に「来るよ」と小さな声で言う。
場所は、洞穴に入ってから最初の分かれ道となるT字路の前。
テオに言われて止まった俺は、目の前の分かれ道の右側のほうから、足音や鳴き声のような音が僅かに聞こえるのに気が付いた。
瞬時に状況を把握したらしいテオは、小声で俺に知らせてくる。
今回のダンジョン探索の最大の目的は「“俺”に戦闘経験を積ませること」。
だから「戦闘時は出来る限り俺が主導する」と決め、事前に様々なパターンの戦略を話し合っていた。
ちなみにもうひとつの目的は「小鬼の洞穴を支配している闇の魔力を【光魔術】で浄化すること」なのだが……俺の実力を考えると出来るかどうか少し不安なため、「できれば浄化もしたいけど、無理だったらまたの機会に」と考えている。
事前に決めた戦略パターンの中で、現状に合うものはどれかを数秒考えた俺は、待ち伏せをしてみることに決めた。
「……この角で待つ、でいいか?」
「OK。じゃ、作戦通りにねっ」
小声で会話した俺達はそれぞれ武器を構え、右側の壁近く――ちょうど曲がり角の死角になる場所――で、俺が前に、テオがその3mほど後ろになるような陣形になって待ち構える。
段々大きく近づいてくる「ギキッ」「グキャキャ」という高めの鳴き声と、ペタッペタッという足音に、手が汗ばみそうになる。
心を落ち着かせるため、片手剣と盾の構えが教えてもらった通りであるのを確認してから、ゆっくり大きく深呼吸。じっと静かに待つ。
T字路の角から先頭の魔物が姿を見せると同時に、俺は全力で斬りかかる!
斜めに振り下ろした剣がその腹部に直撃し、悲鳴を上げる先頭ゴブリン。
俺が返す刀で素早く打ち込んだ2撃目も綺麗に決まると、ゴブリンは倒れこみつつ粒子に変わり消え去っていった。
「よし、2体目!」
呆気にとられて見ていた残りのゴブリン達だったが、仲間が不意打ちでやられたのを理解するなり顔を真っ赤にする。そして2体同時に棍棒を構え、俺へと殴りかかってきた。
先ほど葬った個体も、現在進行形で戦う残りの個体も、身長は俺の半分程度とゴブリンとしては普通サイズ。
腕力は大したことがないものの、かわりに素早さが非常に高い。
寄ってたかってすばしっこく棍棒で殴りかかってくる2体の攻撃をかわしたり、盾や剣で受けたりながら、攻撃のタイミングを伺い続ける。
10回ほど攻撃を避けたところで、俺に攻撃をかわされた1体のゴブリンが転ぶ。
チャンスとばかりに大きく背後から斬りかかると、うまく弱点に当たり仕留めることができた。
このゴブリンも「ギャァッ!!」と叫びながら消滅。
だが斬りかかりで力み過ぎたらしい。
勢い余った俺も体勢を崩してしまった。
最後に残ったゴブリンが口を歪めて笑うなり、がら空き状態な俺の頭部を狙って素早く棍棒で飛び掛かってきた?!
襲撃に気付いた時点で咄嗟に剣で受けようとするものの、ゴブリンの殴りの方が明らかに早く、防御が間に合わない!
全身から一気に血の気が引いた瞬間。
風を切る音と共に最後のゴブリンが空中で絶命し、粒子へと姿を変えていった。
へなへなとその場にへたり込む。
声の方へと振り向くと、鞭を手に持つテオの姿。
風切り音の正体は、テオのふるった鞭だった。
実は今回のダンジョン攻略にあたり、「そこまで強くない敵・相性の悪くない敵の場合、俺1人で出来る限り戦うことにし、テオはギリギリまで手助けしない」という約束を2人で交わしていた。
そのため先程の戦いの間、テオは1歩引いたところで見守っていたのだ。
「……助かったよ」
ホッとした俺の言葉に、テオは無言で微笑むのだった。