北海道。総人口およそ530万人。 面積約83450キロ平方メートル。 日本で最も北にある都道府県だ。
千春達は、函館市に行くまでの船に乗り、大海原へ繰り出した。函館までは京都からおおよそ1日から2日で着くらしい。 最北端の地なので、時間がかかるのではないかと身構えていたが、案外早いものだ、と千春は拍子抜けした。特葬課のメンバー達は、気分転換にと船の甲板へと出た。風がかなり吹いているが、程よい涼しさと塩っ気を含んだ潮風は、漁村出身の千春には心地よかった。海を眺めていると、百田が海に指を指す。
「見たまえ、海が荒れている。これは近くにクジラがいるかもしれん。なぁ輝夜君」
「ただ荒れてるだけです。今日風強いですから」
「ときどき思考回路幼児化するのは何なの?百田氏」
「いいじゃないか、子どものような心を持つのはいいことだろ?」
「百田さんに限っては、そうじゃないと思います」と千春が言うと、
赤津が珍しくくすくすと笑って、
「百田、千春クンにも言われたんじゃ、世話ないな?」と皮肉めいた冗談を言った。
今から壮絶な殺し合いをしにいく者たちの会話とは到底思えなかった千春だったが、むしろこれくらいのほうが、疲弊しなくて済むかもしれない、と少し緊張がほぐれた。
唯一、一言も喋らない椎名を見ると、顔が真っ青だった。船酔いしたらしい。部屋で休む、とふらふらしながら船内に戻っていく。
「椎名さん、船ダメなんですね」
「ああ、僕らも初めて知った」
「珍しく顔に表れてたわね、それもかなーりわかりやすく」
「ボク、心配だから、見に行ってくるよ」と鶴吉が進言すると、
赤津が手でそれを静止した。
「キミはだめだ、鶴吉。今キミがこの柵から手を離せば、海に放り出されるぞ 」
見てみると、鶴吉がガッチリと柵を掴み、体のバランスを取っているのが見て取れた。荒れる海の中、なんとか両手で抑えているので、たしかに今離せば、体のバランスを保てず、海に転がり落ちてしまうかもしれない。だが鶴吉は、至って真面目な顔で言う。
「赤津氏、よく考えてくれ。ボク、もう腕が限界なんだよ。このまま掴まってるの、無理なんだ。ボクが何kgだと思ってる?200kgだぞ 」
それを聞いて赤津は、ため息をつきながら、憂うような目で鶴吉を見つめて、「百田、ついてってやってくれ」とぶっきらぼうに言う。
「おお!任せろ!さあ中に行くぞ鶴吉君!」
百田はひょいっと鶴吉を片手で持ち上げて、揺れる船内に戻っていく。鶴吉は抵抗することもなく、されるがままに運ばれていった。荷物運んでるみたいだな、と千春は少しおかしかった。
しばしの間談笑していた千春たちだったが、どうもあたりの様子がおかしい。海が荒れすぎているのだ。風が強く、それで荒れるならわかるが…今は風があまり吹いていない。なおかつ、先程から船内がやけに静かだ。なにかがおかしい。それに気づいたのか、
「少し百田たちの様子を見てくる」
と赤津が船内に走っていく。輝夜とふたりきりになったとき、輝夜が口を開く。
「あなた、ほんと死呪人とは思えないわ」
「なんだい、藪から棒に」
「死呪人はね、一度死んでいるからかはわからないけど、正の感情が鈍くなるの。負の感情ばかりが強くなって、それが強ければ強いほど、もしくは、生への未練があればあるほど、権能も強くなる。でもあなたには普通の感情がある。だからなのか権能も全く片鱗すら見せてない」
「それ、バカにしてる?」
「いいえ全然。本心よ」と輝夜がいつもの無表情で言う。
「どうしたの輝夜ちゃん、なにか悪いものでも食べた?」
「しばくわよ」
「すいません」
と話していると、
「楽しそうだね?」
と、聞き覚えのある声がどこかから聞こえてきた。あらゆる方向から、その声は響き渡る。先程から荒れていた海の波が、段々とせり上がる。声の主は、どこからともなく千春たちに語りかける。
「ねぇ、ちーちゃん。わたし、もう待ちくたびれちゃったよ。いつまでたってもちーちゃんがわたしを助けに来てくれない。お姫様はヒメなのに。その子じゃないのに。ねぇ…ちーちゃん…助けてよ」
声の主はヒメだった、が、まるで水の中で喋っているかのように、声はくぐもっていた。ようやくその異常事態に気づき、千春は声を上げる。
「ヒメ!いるのか!?隠れてないで姿を見せろ!」
「ヒメは、ずっといるよ?ちーちゃん達の、目の前に」
千春はあたりを見渡す。だが目の前には荒れ狂う海しか見えない。船が傾くので、千春たちは慌てて柵を掴む。輝夜は、小刀で自分の腕を切り、そこから血が滲む。その血は空中に浮き、ふわふわと海の中に入っていった。また、船内につながるドアにも、血をふわふわと侵入させる。
すると輝夜が、静かに言う。
「悪いお知らせが、3つあるわ。1つは、百田本部長たちがいない。もう1つは、この海全体に、死呪人の反応がある。おそらく、あなたの幼馴染よ。そして3つ目は、おそらく彼女は、私じゃ倒せない」
言い終わると、千春がそれに返事する間もなく、波が高くなり、空を覆う。先程まで見えていた青空が、高い波で見えなくなるほどに、船へ降りかかろうとしていた。
クジラなんかよりよっぽどタチが悪いわね。
と輝夜がつぶやくのが聞こえた。
コメント
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何だ?何だ?続きが気になるぞ〜