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臣桜
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上野文
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途中にあるお手洗いに寄り、坂道を下っていくと、さっき見えた三重塔に近づく。
青い空と緑の山を背景に、朱塗りの三重塔と、右奥にある直瀑の白滝のコントラストが美しい。
直瀑は滝の水が真っ直ぐに落ちていくタイプを言うけれど、那智の滝の真っ直ぐさは見事なものだ。
綺麗な白い一本線で、確かに昔の人が浜辺から見上げて、白く光っているように見えた……というのも頷ける。
滝の落ち口――始まりの部分は、カメラでズームして見てみると、三つの水の流れからなっている。
それを由来に〝三筋の滝〟とも呼ばれているそうだ。
落ち口の上は崖が〝U〟の字になっていて、その間にしめ縄が張ってある。
「あのしめ縄、ここから見ると遠くてすげぇ細く見えるけど、間近に見るとかなり太いらしい。紙垂の長さは畳一畳分あるとか」
「へー!」
「年に二回、しめ縄の張り替えをしているそうだ。大変だよな」
「……どうやって行くんだろう……。ポケットから出た不思議な道具で……」
「アホか」
某アニメを話題に出すと、尊さんはクスクス笑う。
滝の落ち口のさらに奥には全部で四十八の滝があり、那智の滝が第一の滝とされている。
昔の修験者さんは、あの断崖の奥にある二の滝、三の滝のほうまでいって山ごもりをしていたそうだ。
今でも熊野の修験者さんが、一月下旬から二月の始まりまでの三十日間、四十八の滝を巡る寒行を行っているらしい。
ここも写真スポットなので記念撮影をし、さらに滝に近づくための石段を下っていく。
石段は下りでも険しく、階段状にはなっているけれど、街中の階段みたいに綺麗な平らではなく、平らっぽい石、と言ったほうが正しいかもしれない。
場所によっては段差が高い所もあり、私たちは百合さん、将馬さんを気にしつつゆっくり下りた。
「朱里、ここ見てみろ」
「へい?」
尊さんに話しかけられて、彼が指さした所を見てみると、石段の表面に何と言うか……、顕微鏡で微生物を見た時みたいな、何とも言えない模様が刻まれている。
「ここ、ずっと昔は海の底だったんだ」
「マジですか!」
大きな声を上げると、周囲の木立に私の声が反響していく。恥ずかしい。
「この周りの杉もすげぇ幹が太いけど、大体樹齢八百年だ。それだけの年月をかけて育つ前にも歴史があって、この岩の模様は海の生き物の巣穴だった証拠の〝生痕化石〟って言うんだ」
「へぇぇ~……」
私は先ほどからワンパターンな返事をしつつ、心の中で〝ナットク!〟ボタンを連打する。
「尊は物知りなのね」
追い付いた百合さんに微笑みかけられ、彼は少し照れて笑う。可愛い。
「知識は沢山あったほうが、物事を楽しめますから」
「その通りだわ」
百合さんは優秀な孫を誇りに思ってか、嬉しそうな顔をする。
そのやり取りを微笑ましく見守りつつ、私は彼が全力で世の中を楽しもうとしなければ、生きられなかった背景がある事を、忘れないようにしようと思うのだった。
ようやく滝壺近くまで下りた所に、例の飛瀧神社がある。
「すっごいぃ……」
那智の滝は落差百三十三メートルあり、見上げると凄い迫力だ。
「絶対マイナスイオン浴びて、美貌が増したと思うの! どう!?」
小牧さんと弥生さんは、両手でパタパタと顔にマイナスイオンを浴び、ドヤ顔で尊さんに言う。
「アー……、キレイダトオモイマス」
返答に困った尊さんがロボ男な返事をするけれど、お二人は構っちゃいない。
「帰ったら店名を〝美・こま希〟にしないと!」
それにちえりさんが茶々を入れる。
「ならお母さんが、表の看板に一筆入れてあげる」
「やーよ、プロに頼むんだから」
それに弥生さんが悪ノリする。
「あちこちのパワースポットに行くたびに〝美〟が増えるなら、そのうち〝ビビビ・こま希〟になるんじゃない?」
「電気ウナギじゃないんだから!」
彼女たちのかしましいお喋りを聞き、私と尊さんは一緒になって笑う。
コメント
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第853話、那智の滝の描写が本当に細やかで美しくて、一緒にその場に立っているような気持ちになりました。特に、石段の表面の生痕化石の話は、何気ない風景に長い時間の重なりを感じさせてくれて、じんと来ました。尊さんが知識を楽しむ姿勢や、朱里さんが彼の背景を心に留める場面も、二人の距離感が丁寧に描かれていて好きです。修験者の寒行の話も含め、奥行きのある旅情を味わわせてもらいました。