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45 ◇待ち合わせ
新作の二作目にも取り掛かっていない百子からすると、もうこの先
縁のない人だと思っていた山下から連絡が入る。
それはメールではなく電話でだった。
『もしもし……山下です。石田さん?』
『お久しぶりです。石田です。どうかされましたか?』
何かあったのかしら? と百子は内心でまず最初にそう思った。
『どこか外で……そうだな、ちょっと寒いですがご近所の公園ででも
お会いできませんか? お話したいことがありまして……
石田さんにとって大変重要なことです』
どうして今すぐに話してくれないのだろう、百子はそう思ったが
口にしなかった。
外で山下に会うことをめんどくさいとか億劫だとは思わなかったから。
『分かりました。じゃあうちの近所の公園で待ってます』
百子は山下と何時頃に落ち合うかを相談して決めた。
ちょうど、百子の近所には……近所といっても徒歩で10分ほどかかるのだが
有名なお寺さんのある公園があり、以前何かで話をしていた折に山下はその公園
のことを知っているような口振りだったので、今回行き方を知っているのかなど
ということは敢えて山下に訊かなかった。
寒い日が続いていたのに外で会う約束をした山下と百子たちは、恵みを
授けられたかのように、この日は寒い季節にしては随分と暖かかった。
家から近いということもあり、百子は午後、待ち合わせの時間ぴったりに
公園へと出向いた。
待ち合わせ場所に行くとすでに山下がベンチの側で立って待っていた。
この公園はマラソンの練習ができるほど広くて、その上細い通路のように
できている道に入ってゆくと今度は池があり、そこを横切ると散策するのに
ぴったりな空間が広がっている。
46 ◇映画化の話
「こんにちは、お久しぶりです。何かいいことですかお話って」
「ご無沙汰してました。わざわざお呼び立てしてすみません。
何か広い空間でお話したいと思いまして」
「……」
「石田さんのコミカライズした作品が映画関係者の目に留まりまして、
映画化の話がきてます。なんか、自分のことのように嬉しくて」
「えーっ、うそっ」
「ほんと、本当なんですよ。全く石田さんはシンデレラガールです」
「そのお話が本当ならすっごくうれしいー。
羊と亀のお遊戯会
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山下さん、私の手の甲を抓ってみてくれませんか」
「わかりました……」
石田さんが抓ってみてほしいと手を差し出してきたので俺は彼女の柔らか
そうな手の甲をギュッと抓った。
「痛いっ。本当なんだぁ、嬉し過ぎる」
俺は女学生のように嬉しがる石田さんのことを可愛いなぁと思った。
◇ ◇ ◇ ◇
突然の、幸運を絵に描いたような話に私は興奮してしまい、山下さんの側で
飛び跳ね、片腕を二度三度突き上げてヤッターのポーズをとった。
あまりに気持ちがハイになり、じっとしていられなかったのだと思う。
そしたら彼が手を出してくれたので私はハイタッチした。
そのうち気がつくと二人とも喜びから浮かれて勢いづき
軽く抱き合っていた。
ほんの1、2秒のことだった。
◇ ◇ ◇ ◇
身体と身体が離れる瞬間、間をとるように山下さんが言った。
「少し、歩きましょうか。もうしばらく喜びを噛み締めましょう」
勿論、もちろん。
「勿論、いいともー」
「「ははっ」」
「いい作品になるといいですね」
47 ◇人生はある意味修行の場
「そうですね。
配役が気になります。
やっぱり監督さんが決めるんですよね」
「そうですね。
僕はその辺のこと、映画のことはよくわからないのでアレですが」
「私の中では自伝なので主役の方があまりお綺麗だと自伝だということを
忘れて観てしまうかも、ふふっ」
「いいんじゃないですか、それで。
ひとつのエンターテーメントとして観て楽しみましょう」
「そうですね。
いつ頃完成するのでしょうね」
「1~2年ぐらい先でしょうか。
もしかすると3年くらい掛かるかもしれませんね」
「楽しみぃ~」
「僕も自分が係わった人の作品が映画化までいくなんて、今ちょっと感動して興奮してます」
「山下さん、本当にありがとうございます。
山下さんが私の作品を見つけ出してくれなかったら、投稿サイトで
1位にもなれず、目立つこともなくただの作品として、埋もれて
いたことでしょう。
でもやっぱり今でもなんで?
私の作品が……っていうのは正直ありますけど」
「創作じゃないからこその何かが、何かエッセンスが石田さんの作品には
あるんじゃないですか」
「喜びや悲しみ、そして憎しみや嫉妬……とか?
そして諦念へと続き甘んじて受け入れるという形になり、今やそれは
昇華されるというところまで行き着いたという感じですね」
「石田さんはさまざまな感情を経験したわけですね」
「はい、まさにそうなんですよね。
人生はある意味修行の場で、私はいろいろな感情を知るように導かれている
と言えるのかもしれません」
「僕はそういう石田さんの前向きな考え方がいいなぁと思います」
「ふふっ、ありがとうございます」
「完成披露試写会へはぜひとも一緒に参加しましょう」
「そうですね、ぜひ」
私と山下さんはこの後、公園のすぐ横を走る東西に続く大きな道路に出て
彼がタクシーを拾うまで立ち話をしてそれから別れた。
今日は特別に喜ばしくうれしい日になった。
その喜びを分かち合える人がいたことは、幸いだった。
映画化されたら一緒に試写会へ行こうと山下さんから誘われた。
その約束はいつ果たされるか今のところはっきりとは分からないけれど、
希望と喜びに満ちたひとつの約束事は私の心に灯りをともした。
コメント
1件
わあ、映画化の話、すごく素敵な展開ですね!百子さんが「抓ってみて」と手を差し出すところ、すごく可愛くて思わず笑顔になりました。そして一瞬のハグの場面も、お互いの喜びが溢れた自然な動きで読んでいて温かい気持ちに。百子さんの「人生はある意味修行の場」という言葉に彼女の人生観が滲んでいて、胸にきました。試写会の約束、きっと叶うといいですね🌷