テラーノベル
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若井の言葉は、心に深く響いた。自分の嫉妬が、どれほど情けないものだったか。そして、涼ちゃんが、若井が、自分を大切に思ってくれているという事実。その全てが、心を大きく揺さぶった。
翌日からの練習で、変わった。涼ちゃんと若井が話していても、以前のように胸が締め付けられることはなくなった。もちろん、全く何も感じないわけではない。でも、それはもう、苦しい嫉妬ではなかった。
「元貴、今日のギター、なんかいいな!めちゃくちゃノッてるじゃん!」
若井が練習中に声をかけてきた。元貴は、はっと我に返る。自分の演奏に集中できていた証拠だ。涼ちゃんも、僕の方を見て、小さく頷いている。その笑顔は、以前よりもずっと、心に温かく響いた。
休憩時間になると、涼ちゃんの隣に歩み寄った。
「涼ちゃん、この前のサビのフレーズ、やっぱりこっちのコード、変えてみない?」
そう提案すると、涼ちゃんは意外そうな顔をした後、すぐに興味を示した。
「おお、いいね!俺もいいと思う!ちょっと弾いてみてよ」
二人は顔を寄せ合い、僕の歌声と涼ちゃんのピアノと合わせて、熱心に新しいアレンジについて話し合った。以前なら、若井と涼ちゃんの間に割り込むことに躊躇があった僕だが、今は自然に会話に溶け込めている。
その日の練習後、僕は一人、いつもの河川敷に立ち寄った。夕焼け空が広がり、風が心地よく頬を撫でる。
(俺は、涼ちゃんのことが好きだ)
その感情は、変わらない。しかし、その「好き」の形が、少しずつ変わり始めていることに気づいた。ただ独占したいという思いだけではなく、涼ちゃんの幸せを願う気持ちが、以前よりも強く芽生えていた。そして、何よりも、バンドメンバーとして、最高の音楽を一緒に作りたいという情熱が、僕を突き動かしていた。
「涼ちゃんに、俺の気持ちが伝わる日が来るかもしれないだろ」
若井の言葉が、頭の中でこだまする。焦る必要はない。この感情を、音楽に乗せて、演奏に乗せて、涼ちゃんに届ければいい。そして、いつか、涼ちゃんの「愛してる」が、僕が望む「愛」に変わる日が来たら、その時にこそ、自分の全てを伝えよう。
元貴は、空に向かって深呼吸した。胸の奥に秘めた想いは、まだ誰にも明かせないけれど、もう、そのことに絶望はしていなかった。むしろ、その感情を力に変えて、もっと良い音楽を作り、もっと輝ける自分になろうと、心に決めた。
「よし!」
新たな決意を胸に、家路についた。
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