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俺の名前は……いや、そんなのはどうでも良いか。地方の零細企業に勤める普通のサラリーマンだ。底辺と言って良い。
毎日毎日残業、休みも少なくて休日出勤サービス残業も当たり前の日々。三十を過ぎても彼女なんて出来たこともない。当然経験もない。まさに灰色の人生で、正直毎日に楽しみなんて無かった。数少ない趣味はアニメ鑑賞と天体観測。それもここ数年は出来ていないけどな。
その日も残業で夜遅くなり、くたくたになった帰り道だったな。
夜も遅いのに駅のホームで佇む女の子を見付けたんだ。こんな時間に若い娘が一人でとは危ないもんだと思ってたが、思い詰めたような表情が気になって、こっそり観察していたんだ。
そして駅のホームに終電が滑り込むまさにその時、その子はホームから電車へ向けて身を投げ出そうとした。
咄嗟の事だったけど、身体は勝手に動いてくれた。直ぐ様駆け寄ってその子の手を掴んで引っ張り、ホームへ投げた。
「早まるんじゃない!」
そう叫びながら、俺は勢いを殺しきれずホームから線路へ転落。
迫り来る電車を見て、俺は自分の最後を覚悟した。運転手さん、すまない。けど、こんな俺でも若い娘を救えた。灰色の人生の終止符としては、悪くないな。願わくばあの娘の人生に幸があらんことを。
そう願いつつ俺は強い衝撃を受けて意識を手放した。
次に目が覚めた時、俺を覗き込む美男美女が視界に映った。
「おはよう、私達の愛し子」
「ママとパパだよ。産まれてきてくれてありがとう」
正直混乱したよ。上手く喋れないし身体も自由が効かない。だが母親らしき女性から抱き抱えられて鏡に映った赤ん坊が自分であると察することはできた。
……良くある転生もの。まさか自分の身に降り掛かるとはなぁ。しかも、異世界っぽいし。
美しい真っ白な翼を持つ両親と同じく、小さいながらも翼を持つ自分を見て私は色々と観念した。人生諦めが大事だ。
それからどれだけの月日が流れただろうか。ここは地球に比べて昼と夜の時間が長いように感じる。赤ん坊の頃余りにも退屈なので秒で数えてみたんだけど、一日の長さは地球より長いことが判明した。正確には分からないけど、、自転周期が長いのかそれだけ大きな星なのか分からない。
ここは惑星アード。そこに住まう私達は、まあ便宜上アード人と呼称しよっか。見た目は地球人と良く似ている。
違いがあるとするなら、ファンタジーのエルフみたいに長い耳と、背中に生えた真っ白な一対の翼だね。そして非常に長命。うちの里の長老が千年以上生きてて、見た目も三十になるかどうか。若いんだよねぇ。
見た目は神話で出てくる天使のような姿だよ。服も薄着で靴は編み込みのサンダルだけ。靴下や靴なんて概念すらなかったのはビックリだけど。生憎輪っかは無いけどね。
で、私の名前はティナ。惑星アードにあるドルワの里の女の子。そう、女の子。まさかの性別まで変わってました。TS転生だっけ?あんまり詳しくないけど。
ドルワの里は小さな集落で、私は両親や里の皆に大切にされながら育った。だって子供は私一人だけだったんだよね。理由は後で話すよ。
お父さんの名前はティドル、お母さんはティアンナ。どちらも綺麗な金髪をした美男美女。と言うかアード人は基本皆金髪。なのに娘の私は銀髪。
なんで?と思ったけど、お母さんが浮気なんかする筈無いので気にしないことにした。ただ、年頃の娘の前でイチャイチャしないでほしい。
お父さんは魔法省の勤務。そう、この星には魔法が存在する。私達の体内や大気中にある“マナ粒子”を用いることで魔法を行使できる。初めて魔法を使った日は一生忘れられない。
お母さんは宇宙開発局で勤務する科学者。
つまり惑星アードは科学と魔法の融合なんてロマンある文明だよ。それに平和で争いが起きたのは数千年前。
そんな高度な文明を持つアード人だけど、数千年に渡る平和は種としての本能を低下させているみたい。要は刺激がないんだよね。
どんどん出生率は下がっていって、子供なんて非常に珍しい存在になってるんだ。
なんだっけ、地球であった楽園計画だったかな。安全で衣食住が保証された完璧な空間で飼育したネズミは最後に滅ぶって奴。あれと同じだと思う。
そこで注目されたのが宇宙開発。要は惑星の外に刺激を求めようって発想だよ。でもそれは失敗に終わった。
高度な文明を持つ幾つかの知的生命体と接触したけど、運が悪いことにとても厄介な存在と遭遇して全てご破算になった。私達の故郷を危険に晒すレベルで。
で、アード人は宇宙への情熱を捨てた。それが数百年前のお話。今の宇宙開発局はその時に産み出された遺産を管理するのが仕事だってお母さんが言ってた。
そんな世界に生まれ変わった私は、前世ではあり得ないくらい幸せな毎日を過ごしていたんだけど、ふと地球が恋しくなったんだよね。
でもここは異世界、地球なんて望むべきじゃない。そう諦めていたんだけど……。
ある日、宇宙開発局の科学者であるお母さんから宇宙開発が活発だった時代に観測された宇宙の写真をたくさん見せて貰った。
前世でも天体観測が趣味だったから、これは嬉しい。で、色んな惑星や恒星、銀河の綺麗な写真を眺めてたら……見覚えのある銀河を見付けた。これ、もしかして……アンドロメダ銀河……?
「お母さん、この銀河って遠いの?」
「とっても遠いわよ。250万光年彼方にあるの。けれど、宇宙のスケールから言えば私達の銀河のお隣ね」
250万光年!?それって地球で観測された天の川銀河とアンドロメダ銀河の距離!
えっ!?嘘でしょ!?もし、もし私の予想が正しいなら……ここは、惑星アードがあるのは……天の川銀河……!?
もちろん位置が違えば観測できる星座なんて役に立たないけど、星雲なんかは観測できるかもしれない。まだまだ確証を得られるものじゃないけど……。
一度胸に宿った想いを捨てることは出来なかった。地球があるなら行ってみたい!
今がどんなことになってるか分からないけれど、もし地球と交流出来たらそれだけで大きな刺激になる筈!停滞して、緩やかな滅亡に向かってるアードの皆を救えるかもしれない!
何より未知の生命体を相手にするより私は難易度が下がる!
それから私は猛勉強した。と言っても天才でも秀才でもない私は学校での成績もギリギリ上位に入るかどうか。頭の出来は変わらないみたい。残念。
だけど宇宙開発局は慢性的な人手不足で、しかも就職先に選ぶ人はほとんど居ない。お母さんの伝もあったし、私は簡単に就職できた。お父さんも反対しなかったし、お母さんには喜ばれたかな。
学力も魔法技術も並みの私だけど、故郷に対する思いは強い。
勉強の傍らお母さんから色々学んだ。幸い宇宙開発技術は地球より遥かに進んでて、観測技術も並外れていた。
つまり、銀河内の位置でどんな星空が見えるかを再現できる技術があったんだ。これ、地味に凄いことだからね!?長年の観測の賜物みたい。
これを元に私は見慣れた地球の夜空を探した。まあ、これだけで三年掛かったんだけどね。
そして見慣れた星座の配置を見付けて、そんな感じに夜空が見える場所を探した。
……銀河の反対側だったよ。まさかの10万光年先ですか!?