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ついに迎えた決勝戦のリング。観客席の熱気は最高潮に達し、どよめきと怒号が入り交じる中、俺は静かに足を踏み入れた。
対峙するルシアンは、黄金の刺繍が施された外套を翻し、まるで道端に転がる虫ケラでも見るような――底冷えのする侮蔑と、それを超えた殺意の眼差しで俺を見下ろしていた。
『……よくぞここまで這い上がってきたな、クロード』
ルシアンの低く、業火のように掠れた声がリングに響く。
『カミラ、エレナ、ジャン、そしてシャーロット……。お前のせいで、我がヴァルネ家の誇りは地に落ち、愚か者どもが勝手に騒ぎ立てている。だが、それもここまでだ』
「……フッ。お前のその『完璧な天才』のプライドも、もうボロボロじゃないか」
俺が冷ややかに言い放つと、ルシアンは不気味に口角を釣り上げた。
『小細工のゴミめ。お前がどれほど鉛の弾丸や化学兵器を溜め込もうと、俺には一切通用せん。……なぜなら、俺には【奴ら】から譲り受けた、お前の想像を絶する「秘策」があるからな……』
ルシアンの周囲の空気が、赤黒く、そしておぞましいまでに歪み始める。
それは通常の熱操作魔法とは違う。かつてセリスが言っていた「部下たちの謎の衰弱・死亡」、そして吸収された全属性の魔力が、あいつの体内でドス黒く濁り合っている証拠だ。
(……無自覚の化け物、か。自分で自分の制御すらできなくなってやがる)
俺は心底からの深い溜息を吐き、本日何度目かわからない欠伸を噛み殺した。
「秘策だか何だか知らないが……大雑把な魔力をどれだけ溜め込もうと、撃たれる前に頭をブチ抜かれたらおしまいだぞ、ルシアン」
『ハッ……! ほざけ、その減らず口も今のうちだ! 貴様をこの手で焼き尽くし、跡形もなく消し去ってやる!!』
狂気的な熱量が爆発し、決勝戦のゴングが鳴り響いた。
「ハハハハハッ! 喰らえ、クロードッ!」
ゴングの音と同時に、ルシアンの手から解き放たれたのは、単なる火炎ではなかった。
灼熱の炎と、氷点下の冷気が渦を巻きながら襲いかかってくる。熱操作の領域を超えた、相反する二大属性の同時行使。
「――チッ」
俺はコンマ01秒の『局所遅延(ディレイ)』で一瞬だけ空間の歪みを作り、あらかじめ仕掛けておいた耐熱・耐寒セラミック装甲の影へ身を滑らせた。直後、装甲が熱膨張と急冷のショックで激しく破裂する。
『ほう……耐えたか! ならば、これはどうだッ!』
俺の小細工を即座に破られたと悟るや否や、ルシアンは瞬時に思考を切り替えた。
その手から放たれたのは、紫電の稲妻。かつてエレナが見せた【雷鳴魔法】の、それも遥かに巨大な一撃だ。
**バリバリバリッ!**
俺は懐から撃ち出したアースワイヤーを足元に突き立て、雷撃をすべて地面へと逃がす。
『ぬう……! ならば空気を殺す!!』
雷が通じないと見るや、ルシアンは間髪入れずに腕を振り上げた。周囲の空気が強圧で圧縮され、目に見えない大気の刃と、俺の肺を潰す無酸素の真空域が襲いかかる。俺は散布型酸素カプセルを破砕し、真空域の圧力を中和しながら後方へと転がった。
『まだだ! 水分よ、奴の血を、体内を腐らせろ!!』
空気が弾かれると、間髪入れずに水蒸気が凝縮し、俺の肉体内の水分を強圧で引き剥がそうとする重水操作魔法が襲いかかる。俺は戦術ベストに仕込んだ脱水塩化高分子パウダーを即座に爆散させ、空間の水分平衡を狂わせて相殺した。
『ならば……背後だッ!!』
そして、水分操作すら通じないと悟ったルシアンの姿が、完全に消失した。
【空間跳躍】。
次の瞬間、俺の真後ろの空間が歪み、ルシアンの拳が絶大なる全属性の魔力を纏って突き出される。
『ハハハッ! 終わりだクロードッ! 炎、氷、雷、風、水、そして空間! 奪い取った全属性の力……これが俺の「秘策」だ! 単属性の小細工しか持たぬ貴様が、全能の俺に勝てるわけがなかろうッ!!』
至近距離。背後からの完全な死角。
ルシアンの全属性を纏った拳が、俺の心臓をぶち抜くコンマ001秒前。
俺は、盛大な欠伸を噛み殺しながら、静かに笑った。
「……なぁ、ルシアン」
『なに……!?』
「お前、属性をコロコロ切り替えすぎて……【属性変換時の無防備な0.05秒の隙】に、まるで気づいてないだろ」
『なっ——!?』
そう。かつて側近たちから魔力を吸い上げ、全属性を扱えるようになった代償。
それは、あいつ自身がひとつの属性を極めた『天才』ではなく、ただ他人の魔法を節操なく切り替えるだけの**「器用貧乏な継ぎはぎの怪物」**に成り下がっていたということだ。
炎から雷、雷から風、風から水、そして空間跳躍——目まぐるしく属性を切り替えるたび、あいつの体内の魔力回路には、物理的な「繋ぎ目のラグ」が生じていた。
俺が今まで耐え忍び、あいつに全属性を吐き出させたのは、すべてその「回路の繋ぎ目」を確定させるためのデータ採取に過ぎない。
「全属性を扱えるのが秘策ねぇ。……それ、ただの毒のゴッタ煮だぞ」
俺は振り返りもせず、空間跳躍で俺の背後に現れたルシアンの「軸足の踏み込み」に合わせて、足元に仕込んでいた最新型の光学迷彩連動・指向性C4地雷(クレイモア)の安全装置を解除した。
『しまっ——』
「ルシアン。お前の秘策は、ただの『大雑把な自爆スイッチ』だ」
あいつが全属性の魔力を次の攻撃へと切り替えた瞬間の、完璧なコンマ05秒の隙。
俺は消音拳銃の引き金を、ためらいなく引いた。
ドォォォォンッ!!
至近距離で炸裂するC4の指向性爆風と、あいつ自身の全属性魔力の逆流が重なり合い、白銀のリングが激しい閃光と衝撃波に包み込まれた。
コメント
1件
「秘策」がまさか自爆スイッチだったとは……! ルシアンの全属性ゴッタ煮に、まさかの0.05秒の隙を見抜くクロードの冷静さ、痺れました。耐えながらデータを取ってた伏線回収も気持ちいい。続きがすごく気になる展開でした!