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爆風と煙が立ち込めるリングの中央。血を吐き、衣服をズタズタに引き裂かれながらも、ルシアンは倒れるまいと両足を踏ん張っていた。
その瞳は血走り、全身の毛細血管が黒く浮き出ている。狂気に取り憑かれた顔で、あいつは自らの胸を掻きむしりながら狂ったように叫んだ。
『ハハッ……ハハハハハッ! 驚いたかクロード! これが魔族に古くから伝わる至高の秘術……【遺業拝領(いぎょうはいりょう)】だッ! 親しき者、誓いを立てた部下たちの死に際の魔力をその身に受け入れることで、複数属性を己の肉体に宿すことができるッ!!』
あいつの周囲で、赤、紫、青、緑のいびつな魔力が、まるで苦悶する亡霊のようにドス黒く渦巻く。
『彼らは俺の偉大な理想のために自ら命を差し出し、俺の一部となったのだ! 炎も、雷も、風も、水も、空間すらも……俺はすべてを統べる唯一無二の存在! 負けるわけがない! 負けるわけがないんだよ、このゴミハーフがぁぁぁッ!!』
……悲壮感と選民思想に満ちた、あまりにも虚しい叫び。
俺は煙草に火をつけ、紫煙をゆったりと吹き出しながら、本日何度目かわからない盛大な欠伸をかました。
「……ハァ。本気でそう思ってるなら、お前、救いようのないアホだな」
『な……なに……!?』
「自ら命を差し出した、だ? お前、自分の部下や側近たちがなんで次々に『謎の死』を遂げたのか、本当に気づいてなかったのか?」
俺は気怠げに歩み寄り、冷ややかな視線でルシアンを見下ろした。
「それは『受け入れた』んじゃない。お前の体内に潜む欲望の術式が、お前に忠誠を誓った連中の生命力と魔力を、お前が無意識のうちに寄生虫みたいに吸い殺した結果だ」
『……な……にを……ほざいて……ッ!』
「お前に命を捧げた奇特な奴らはな、お前の『偉大な理想』に殺されたんじゃない。お前という巨大な欠陥回路の犠牲になって、苦しみながら魔力を絞り尽くされたんだよ」
ルシアンの顔から血の気が引き、浮き出た血管がピクピクと痙攣する。
「それに……死に際の魔力を継ぎはぎして作った『全属性』ねぇ。お前にとっちゃ至高の秘術かもしれないが、俺から見ればただの『粗悪なゴミの詰め合わせ』だ」
「ゴミ……だと……!?」
「ああ、ゴミだ」
俺は足元を指差した。
「一つ一つの属性を極めた奴らの爪の垢にも及ばない大雑把な威力。切り替えるたびに生じるコンマ05秒の決定的な隙。そして何より……死者の魔力に肉体を蝕まれ、もう自分の魔力回路すらまともに制御できていない」
ルシアンの体内で、多重属性の魔力が互いに反発し合い、ビキビキと肉体を内側から破壊し始めている。
「お前は『全能の天才』になったんじゃない。ただの『制御不能の自爆兵器』に成り下がったんだよ、ルシアン」
『黙れぇぇぇぇッ! 黙れ黙れ黙れぇぇぇッ! 俺が……ヴァルネ家の最高傑作であるこの俺が、お前のようなハーフに破れるはずがないんだぁぁぁッ!!』
理性を完全に失ったルシアンが、体内の全魔力を暴走させながら、全方位へ無差別の破壊光線を放とうと両腕を掲げた。
だが——もう遅い。
「さようなら、天才(笑)様」
あいつが全魔力を練り上げる『コンマ05秒の隙』。
俺はあらかじめリングの至る所に配置しておいた**広域高圧窒素地雷の起爆スイッチを、ポケットの中で静かに押し込んだ。
ドッ……バンッ!!
瞬間、ルシアンの周囲の酸素と熱量が力ずくで一気に奪われ、暴走しかけた全属性の魔力が一瞬で鎮火・結氷する。
魔力の逆流(バックファイア)を起こしたルシアンは、激しく血を吹き出し、その場に膝をついた。
俺は静かに歩み寄り、崩れ落ちるルシアンの額に、冷たくなった消音拳銃の銃口を無造作に押し当てた。
「……勝負ありだ」
静まり返るコロシアム。
全属性の暴走を自滅という形で封じ込められた「天才」を見下ろし、俺は引き金からそっと指を浮かせた。
「……勝者、クロード・ヴァルネぇぇぇぇッ!!」
静寂を破り、コロシアム中に割れんばかりの歓声と、賭けに負けた者たちの怒号が渦を巻いた。
180倍、95倍に続き、決勝戦の倍率すらも俺は完全に粉砕した。ポケットに収めた換金手形の重みが、これでハンスから最新鋭の光学迷彩ギルドパーツだけでなく、密輸レベルの特殊弾薬一式を買い占めてもお釣りが来ることを告げている。
リングの上で吐血し、血の海に膝をついたルシアンは、魔力のバックファイアと自責のショックで茫然自失となっていた。
そこへ、重厚な甲冑の音を響かせ、コロシアムの憲兵隊がゾロゾロとリングへ雪崩れ込んできた。
『ルシアン・ヴァルネ! 観客席および全魔導映像格子(モニター)を通じ、貴公が禁忌の秘術【遺業拝領】を用い、自らの部下や側近たちを意図的に死に至らしめ魔力を強奪していた自白を重く受け止める!』
憲兵隊長が羊皮紙の逮捕状を突きつける。
『部下暗殺、魔界禁忌律違反、ならびに大規模魔力汚染の容疑で拘束する! 連れて行け!』
『な……なに……!?』
拘束用の重い魔導手枷が、ガチリとルシアンの両手首に嵌められた。
その冷たい金属の感触で、ようやく自分の犯した罪の重さと、それが魔界中に放送されてしまった事実に気づいたらしい。あいつの顔から急速に血の気が引き、青ざめた肌に絶望が広がっていく。
『ち、違う! 俺はヴァルネ家の筆頭後継者だぞ! 偉大な理想のために少々の犠牲は……!』
『言い訳は裁判所で聞く! 押さえつけろ!』
憲兵たちに力任せに押さえつけられ、地面に這いつくばらされる「完璧な天才」。
黄金の刺繍が施された高貴な外套は泥と血で汚れ、あれほど誇り高かった面影はどこにもない。
そして——あいつは必死に首を巡らせ、リングの端で煙草をふかしていた俺の姿を捉えた。
『ク、クロードッ! クロード助けてくれッ!』
みっともなく泡を吹きながら、ルシアンは俺に向かって必死に手を伸ばしてきた。
『お前と俺は兄弟だろう!? 同じヴァルネの血を引く双子じゃないか! 頼む、その奇妙な人間界の兵器でこの憲兵どもを吹き飛ばしてくれ! 金ならいくらでもやる! ヴァルネ家の財産も、当主の座もお前に譲るからッ!』
……あまりの惨めさに、俺は深々と不快な溜息を吐き出した。
かつて屋敷の地下で俺を『ハーフの出来損ない』と見下し、虫ケラのように扱っていた男が、最後にはその『出来損ない』の足元にしがみついて命乞いをしている。
俺は歩み寄り、這いつくばるルシアンの前で立ち止まると、冷ややかな視線で見下ろした。
「……なぁ、ルシアン」
『た、助けてくれるのか!? クロード……ッ!』
「お前、さっき自分で言ってただろ。『泥を啜ってでも最後に立っている奴が勝ちだ』ってな」
俺は履き古したブーツの先で、あいつの伸ばしてきた手を無造作に踏みつけた。
『ギャッ……!?』
「お前が今やっているのは、泥を啜ることじゃない。ただの『惨めな往生際の悪さ』だ。師匠の教えにもない、一番ヘドが出る下品な生き汚さだよ」
『く……クロード……ッ!』
「当主の座も財産もいらん。俺が欲しいのは180倍の払戻金と、ハンスからの最新兵器だけだ。お前のくだらない落ちぶれ劇に付き合う暇はない」
俺はためらいなく背を向け、煙草の煙を紫煙として夜空へ吹き上げた。
『待て! 待ってくれクロードぉぉぉッ! 見捨てないでくれぇぇぇッ!!』
惨めな叫び声をあげ、憲兵たちに引きずられていくルシアン。
観客席からは「ヴァルネ家の恥晒し!」「人殺しの偽者!」という罵声が飛んでいた。
通路の影に足を踏み入れると、そこには腕を組み、呆れたような、だがどこかホッとしたような複雑な表情を浮かべたセリスが立っていた。
「……終わったわね、クロード」
「ああ。これで邪魔者は消えた」
「……あの男の自滅とはいえ、アンタ本当に容赦がないのね。少しは情とかないわけ?」
「ないな。準備を怠り、大雑把な力に酔いしれた奴の自業自得だ」
俺は盛大に本日何度目かわからない欠伸をかますと、戦術ベストのポケットから通信端末を取り出した。
「ハンス、俺だ。決勝戦も終わった。払戻金の全額を口座に移動して、例の光学迷彩ユニットとC4の追加ロット、今すぐ納品しろ」
『へいへい! 毎度あり、魔界一の怪物さんよ!』
呆れ果てたセリスの視線を背に受けながら、俺は気怠げな足取りで、不敵な笑みを浮かべて暗い地下通路の奥へと消えていった。
コメント
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読み終えたよ……第31話、めちゃくちゃ重くて熱い回だったね。 ルシアンの「遺業拝領」の真実が暴かれる場面、ゾクゾクした。本人は至高の秘術だと思い込んでるけど、クロードの言う通り“ただの欠陥回路”で、周りの人を犠牲にしてただけなんだよね……その上で、最期に「助けてくれ」ってすがる姿が本当に惨めで、でもその分クロードの冷徹さが逆に清々しかった。 「泥を啜る」って言葉を使ってたのに、実際はただの往生際の悪さで終わったルシアン。対するクロードは計算尽くで倍率すらも攻略してて、もう勝負は始まる前から決まってたんだなって思った。 セリスとのやりとりも「容赦ないね」に対して「自業自得」って返すとことか、キャラの距離感がいい。重い展開の中に、ハンスとの軽いやりとりもあってバランス良かったよ。 キュルノさんの描く“闇の片付け方”、すごく丁寧で好きです。また続き、読みますね🖤