テラーノベル
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⛄️の🖤さんとのエピソードから生まれたブツ。
⚠️地雷配慮していませんのでこの時点で無理って方はご遠慮ください。
最初は、ここ数年でめちゃくちゃ売れているバンドグループのキーボーディストで、うちの佐久間に負けないくらい髪の毛が派手で、衣装がだいぶ奇抜で、でも似合ってるからすごいな程度の感想しか持たず、同じ業界にいる人ってだけで特段気にもならなかった。歌番組でよく見かける仲のいい3人組っていうくらいの軽いものだった。
もちろん楽曲そのものはその限りではなかったが、そういう意味ではボーカルでありながら作詞作曲、MVなど全ての要素を担う大森さんの方に興味があった。同年代だし才能の塊みたいな人だから純粋に話をしてみたかったが、畏れ多くて近づけない印象があった。それは今もあまり変わっていない。
それが少し変わったのは、これまたメンバーの阿部ちゃんが藤澤さんと個人的にご飯行くほど仲良くしていると分かったときだ。頭脳派の阿部ちゃんとあのほんわかした人がどんな会話してるのか全く想像がつかなくて、なにが楽しいの? とちょっと失礼なことを思っていた。
そんな俺の疑問に阿部ちゃんが、「涼架くんといると本当に癒されるんだよね」って珍しく穏やかに笑っていて、阿部ちゃんにこんな表情をさせる彼に少しだけ興味が湧いた。
そんな少しの興味程度だったものが大きく変わったのは、病気療養で活動休止になった俺を、歌番組で一緒になったときにすれ違いざまだけれど気遣ってくれたときだった。
やわらかな笑顔で「体調大丈夫ですか?」って、訊いてくれた。顔見知りの阿部ちゃんはともかく他のメンバーにはただ挨拶しただけだったのに、俺にだけ別に声をかけてくれたのだ。そのときは驚いてなんて返したのか覚えていないけれど、すごく嬉しかったことだけは確かだ。
だから歌番組で一緒になったとき、結構昔のエピソードにも関わらず披露させてもらった。俺の方を見て微笑む藤澤さんは、夏の空のような髪色で、向日葵のように明るく、毒々しいまでに真っ赤な唇をゆるやかに上げて、うれしい、と微笑んだ。
やさしい人柄にやわらかい物腰、美しいだけじゃない艶かしささえ漂わせる雰囲気に、俺は一気に陥落した。
俺たちも割と忙しくさせてもらっているけれど、藤澤さんを含めたMrs.の皆さんは倍くらい働いてるんじゃないかってほど忙しそうにしていた。いっそアイドルと言っても過言じゃないくらいの人気っぷりだ。
藤澤さんに関して言えばこの前発表された情報によると映画にも出演するというし、ドームツアーも控えているし、各局の歌番組に引っ張りだこだし……さぞ忙しいだろう。
藤澤さんに声をかけてもらって以来、Mrs.を含めた彼の出演情報を追うようになり、出演番組を録画するようになった。アーティストとしての完成度は尊敬に値するし、どんなことにも精一杯取り組む姿はかっこいいし、誰も傷つけないあの人柄に惹かれている自覚があった。
ファンクラブにも入会し、ファンクラブコンテンツの動画を観ては癒され、阿部ちゃんの言っていたことはこういうことか、と納得する。人を疑わないピュアな部分は護りたくなるし、酷いことを言われても反省してしまう部分は抱き締めたくなるし、輝くほどの笑顔を自分だけに向けて欲しいと独占欲さえ覚えた。大森さんや若井さんと戯れ合うたびに、いいな、と思うようになっていた。
ちょっと熱量の高い1人のファンとして応援する彼と再び遭遇したのは歌番組の収録を終えた後のことで、スタジオ近くの廊下だった。近くに大森さんの姿も若井さんの姿もなく、藤澤さんと番組スタッフらしき人が2人で話をしていた。
業務連絡って感じはなく、スタッフの男が藤澤さんに詰め寄るように話をしている。物々しい雰囲気に下手に口を挟むべきじゃないと判断し、挨拶をして横を通り過ぎようとしたとき、俺に気づいた藤澤さんと目が合った。困ったような表情をしていたからどうしたのだろうと様子を見ていると、藤澤さんが笑みを深めて俺に近寄った。
「すみません、今夜は彼と予定があるので」
する、と俺の腕に自然に腕を絡ませた藤澤さんは、眉を下げてスタッフに告げた。スタッフは俺の顔を見て怪訝そうに目を細める。困惑する俺の耳元に顔を寄せた藤澤さんが、
「ごめんなさい、合わせて」
と囁いた。ふわっと香った藤澤さんのにおいと温度に心臓が変な音を立てるが、たった一言だけでなんとなく察しがついた俺は、
「行きたいって言っていたお店、予約取れましたよ」
と、ぎこちなくならないように気をつけながら笑顔で持ちかけた。ふわっと笑った藤澤さんは、うれしい、と言って俺の腕を抱く手に力を込めた。あまりにも自然な仕種にどきどきしていた心臓に痛みが走る。メンバー間の距離が近いのはお互い様だけど、このひと、他の人にもそうなのか……?
俺たちの様子に舌打ちをしそうなスタッフは、じゃぁまた、と怒気の籠った声で言うと足早に去っていった。お疲れ様でした〜とほわほわと返した藤澤さんは、その後ろ姿が見えなくなるまで待ち、力を抜くように息を吐いた。
少し下にある顔に視線を向けるとほんわかした表情ではなく、心底面倒くさいものを見る目をしていて意外な一面に息を呑む。
俺の視線に気づいた藤澤さんは、冷たい目を苦笑に変えた。
「すみません、助かりました。あの人、しつこくって」
「い、いえ……」
「あ、ごめんなさい、馴れ馴れしくくっついてしまって」
しどろもどろになる俺からパッと離れると、藤澤さんは深々と頭を下げた。離れてしまったぬくもりが恋しくて引き留めそうになった俺の鼻腔を、ふわりと漂った甘い香りが侵した。青い髪は艶やかで、すべすべの肌はやわらかそうで、シンプルでラフな格好をしているのに妙な色っぽさがあった。
「め、珍しいですね、おひとりなの……」
どうにか気を逸らそうと話題を振ると、ふふ、と藤澤さんは静かに笑った。少しだけ寂しそうな、それでいて俺に何かを期待するような目を向ける。
「大森も若井も個人のお仕事があって、僕だけ時間が空いてしまったんです」
「そ、うなんです、か」
「はい。そうしたらさっきのスタッフさんにご飯に誘われたんですよね」
どういう経緯でそうなったのかまでは分からないが、一介のスタッフがアーティストを食事に誘うなんて有り得るのだろうか。少なくともうちの事務所では有り得ないし、Mrs.さんの事務所もそういうのはガードが固そうに見えていた。事務所というより大森さんと若井さんの2人の護りが固いといった方が的確かもしれない。
「前に一度、ご飯に行ったことがあって。そのときはウチのメンバーや他のスタッフさんも一緒だったんですけど、今日は2人でって」
俺の疑問を解消するように、眉を下げた藤澤さんが教えてくれた。納得まではいかないが、世間話程度に今日はもう上がりで、とか話をしていたらそうなったのかもしれない。
「でも、駄目だって言われていたので。助かっちゃいました。合わせるのお上手ですね」
ふわっとした笑顔でさらっと褒められて、5歳も上とは思えない愛らしさにどぎまぎしながらお礼を言う。相変わらずやわらかに目を細めたまま、藤澤さんが小さく首を傾げた。
「……目黒さんさえよければ、さっきの話、本当にしませんか?」
「え?」
「僕と飲みに行きませんか?」
応援して、惹かれている人からのお誘いを断れるはずなどなかった。推しに認知されているってだけでしあわせなのに、なんて贅沢な、と喉が鳴った。
俺の表情に薄く笑った藤澤さんの、駄目だと言われていて、という言葉は引っかかったけれど、魅力的な笑顔を前にその疑問は霧散していった。
荷物を片付けて30分後に下で待ち合わせの約束をして楽屋に戻る。メンバーからどこ行ってたの、と声を掛けられるが、用事ができたから先に帰る、と荷物を鞄の中に詰め込んでいく。なんとなく視線を感じて振り返ると、阿部ちゃんがやけに真剣な表情で俺を見ていて、数秒間目が合ったと思ったらふいっと逸らされた。
らしくない様子に僅かに胸騒ぎを覚えたが、約束の時間までにシャワーを浴びて下に向かわなければと思い直し、お疲れ、と楽屋を後にした。手早くシャワーを浴びて髪を乾かし、マスクと帽子を被ってエントランスへと急ぐ。
既に藤澤さんはエントランスのソファでくつろいでいて、慌てて俺が駆け寄るとぱっと笑顔になって立ち上がった。バッチリ決めていたメイクは落とされていて、きれいというより愛らしい笑顔だった。
「お疲れ様です」
「お待たせしてすみません、……荷物、は?」
「ああ、僕、荷物全然なくて」
いつかのテレビ番組でそんなようなことを言っていた気がする。ビニール袋だけで来るから禁止になったとか言っていたっけ。
「お店、僕の好きなところにしてしまいましたけど、良かったですか?」
「はい、もちろん」
「歩いてすぐなので、行きましょうか」
外に出ると夏のじっとりとした暑さが身を包んだ。暑いなぁと独り言のように呟く藤澤さんの横に並び、そうですね、と相槌を打つ。歩いてすぐ、という言葉通り、テレビ局から15分程度歩いた静かな住宅街の一角で足を止めると、看板も暖簾もない家の扉を開けた。
空調の効いた室内は確かにお店になっていて、こんなお店があったなんてと驚く。こじんまりとしたお店はおそらくはバーと呼ぶのが一番近く、カウンター席と数席のテーブル席があるだけの、やたら雰囲気のいいお店だった。
みんなでわいわいするのが好きそうなイメージを勝手に抱いていた俺は内心で驚きながら、ナイスミドルなマスターににこやかに笑いかけてカウンター席に座った藤澤さんに倣って横に腰掛ける。
「久しぶりだね」
「ありがたいことに最近忙しくさせてもらってるからね」
音もなく水の入ったグラスを置いたマスターに、藤澤さんはありがと、と応じながらマスクと帽子を外した。俺たちの他に客はなく、慣れない雰囲気に緊張はするものの肩肘を張る必要がなさそうで安心する。
マスターはチラリと俺を見て、同じように音もなく水の入ったグラスを置いた。
「目黒さんは何にしますか? お酒は強い方?」
「えっと、まぁ、そこそこには」
「じゃぁ好きなの頼んでください。お礼に奢りますから」
お礼をされるようなことでもないが、せっかくだからお言葉に甘えよう。だからといってこういったお店でどのようなオーダーするか分からず、おすすめはありますか? と藤澤さんに訊くと、えぇ、と笑ったあと、そうだなぁ、と楽しそうに目を細めた。
「んー……じゃぁ、目黒さんにはカシスソーダで」
随分と可愛らしいカクテルを注文すると、マスターは眉をひそめた。悪戯をした子どもを諌めるように溜息を吐き、タンブラーに氷を入れた。流れるようにスライスレモンをに入れ、俺の前に置いた。
「……またそうやって……」
「ふふ、いいじゃない。元貴には秘密、ね? 僕はブルー・ラグーン」
人差し指を唇に当てて微笑むと、マスターはやれやれと肩を竦めてオーダーに応じた。
藤澤さんの髪色に似た、鮮やかな水色のカクテルが置かれると、グラスを持ち上げた藤澤さんが俺に向けた。
「乾杯」
促されるままにグラスを打ちつけ、そっと口をつけた。甘酸っぱい香りと爽やかな喉越しに、単純にお酒が美味しいなと感じる。アルコール度数が高くないから酔うことはないけれど。
藤澤さんが喉をそらしながら半分ほど飲むと、にっこりと笑った。
「急にお誘いして、すみませんでした」
「いえ、特に予定もなかったので」
空いていたのは嘘ではない。藤澤さんはテーブルに頬杖をついて、やさしいんですね、と笑った。やさしいわけではないし、それを言うならあなたの方がよほどやさしいだろうと頰をかく。
お店のしっとりとした雰囲気のせいもあるだろうけれど、明るくふわふわとした印象は鳴りを潜めた藤澤さんがやけに色っぽくて直視できない。
「目黒さんさえよければ、敬語なしにしませんか? あまり得意じゃなくて」
「や、お、僕の方が、歳下なので」
ふぅん、と唇を尖らせた藤澤さんが、ぐいっとグラスを空にした。俺のものよりは度数が高い気がするけれど、そんな飲み方をして大丈夫なんだろうか。
「せっかくなら、仲良くなりたいんだけど?」
「えっ」
「蓮くんって呼んでいい? それともめめの方がいい?」
こてん、と首を傾げる藤澤さんに、好きな方で、と消えそうな声で言うと、じゃぁ蓮くんにしよ、と無邪気に笑った。
「せめて藤澤さんはやめてほしいな」
「じゃぁ……涼架、さん?」
「はは、風磨くんと同じだ」
涼ちゃんと呼ぶのは気が引けて、阿部ちゃんが涼架くんと呼んでいたのを思い出し、年齢差があるからさん付けの方がいいだろうと提案すると、まさかのウチの事務所の違う人間の名前が出てきてちりっと胸の奥が痛んだ。
「……菊池くんと仲良いんですか?」
「んー、元は元貴繋がりだけど、そうだね、仲良く、してもらっているかな」
大ヒットを記録した映画で共演していたなと思いながら、そうですか、と返して、カシスソーダを飲み干す。飲めるねぇと明るく笑った藤澤さん……涼架さんは、次は何にする? と訊いてくれた。もう少し度数の強いものがいいです、とリクエストすると、じゃぁ、僕も彼もキールを、とマスターにオーダーをした。
マスターは溜息を吐き、白ワインを準備する。何でさっきから微妙そうな顔をするのだろうか。変なものを注文しているわけではないだろうに。
「ここにはよくこられるんですか?」
「そう、だね。月に一度くらい?」
隠れ家というに相応しいこのバーをどうやって知ったのだろう? 誰かに連れてきてもらったのだろうか。
「……気になる?」
「え?」
「ここね、たまたま見つけたお店なの。ね?」
キールを置いたマスターに同意を取ると、そうだね、と頷く。ランニングをしていて、偶然に通りかかったらしい。
「……よく来るけど、蓮くんが初めてだよ」
「なにが、ですか?」
「俺が自分で連れてきたの」
僕、から俺に変わった一人称に驚いて涼架さんを見ると、目を細めた涼架さんが俺をじっと見つめていた。
「元貴も若井もこのお店自体は知ってるし来たことはあるけど、僕を迎えに来るってくらいでこんな風に飲んだことはないよ。……蓮くんだけ」
涼架さんの言葉と眼差しに、酔ったわけでもないのにどくどくと心臓が高鳴る。蓮くんだけ、というありきたりな言葉なのに、それが嬉しくて仕方がない。
涼架さんはふふ、と吐息を漏らすと、お手洗いに行ってくるね、と席を立った。
マスターと2人きりになり、沈黙が下りる。居心地の悪い沈黙ではなかったが、先ほどから気になっていたことを訊くタイミングだと、グラスを拭くマスターに話しかけた。
「……あの」
「なんでしょう?」
「カシスソーダを頼んだとき、またそうやって、って言いましたよね?」
「ええ」
「なぜですか?」
グラスを拭く手を止めたマスターが、俺に同情するような目を向ける。それの理由も分からなくて眉根を寄せると、カクテル言葉をご存知ですか、と音量を下げた声で言った。
知らないと首を横に振ると、マスターは苦笑して続ける。
「カクテルにはそれぞれ花言葉のように割り当てられた意味があります。カシスソーダは『あなたは魅力的』」
「……え?」
「ブルー・ラグーンは『ときめく心』、そしてキールは『陶酔』です。……彼が席を立ったのは、貴方が私に質問することを見越してだと思いますよ」
言葉の意味を認識すると、我知らず喉が鳴った。
そんな計算高いことを涼架さんが? あの天然でやさしくて、ふわふわしている彼がそんなことを? 俺が気になるだろうという余白を残して、わざわざ?
およそ信じられなくて無言でマスターを見つめると、苦笑を崩さないままにひとつ提案をされた。
「では、それを飲み終えたらプレリュードフィズを注文なさってください。彼はきっと、テキーラサンセットをオーダーするでしょうから」
涼架さんが座っていた席を見て、マスターを見て、頷く。カクテル言葉は分からないが、何か意味のあることなのだろう。さっさと次のオーダーにいくためにキールを半分ほど飲み干す。
程なく涼架さんが戻ってきて俺のグラスを見て、何か頼む? と首を傾げた。なぜか緊張しながら、先ほどマスターから聞いたカクテルを思い起こす。
「……プレリュードフィズを」
俺の答えにスッと目を細めた涼架さんは、へぇ? と呟くように言ってから、細めた目でチラッとマスターを見た。素知らぬ顔でマスターは必要なものを用意している。
「じゃぁ俺はテキーラサンセット」
聞いたんでしょう? と言っているようにしか見えない笑みを浮かべ、キールを一気に飲み干した。マスターの予告通りに動いた事態に、ドクドクと心臓が拍動する。
貴方は魅力的、ときめく心、陶酔……。
ぐるぐると頭の中をその言葉たちが駆け巡る。
グラスから離れる唇から目が離せずにいると、濡れた唇を舌で舐めた涼架さんがそっと俺の太腿に手を置いた。匂い立つような色香に、口の中が乾いていく。
「……プレリュードフィズは『真意が知りたい』」
「っ」
「テキーラサンセットは……」
少しだけ腰を浮かせて俺の耳元に顔を寄せると、熱の籠った声で囁きを落とした。
「『慰めて』」
びくっと身体を震わせて距離を取ると、嫣然と微笑んだ涼架さんが楽しそうに笑っていた。
カラカラに乾いた喉をキールで潤すと、抜群のタイミングで新たなカクテルがテーブルに置かれた。それも飲み干す勢いで流し込むが、一向に酔えなかった。
「あまり若者を揶揄うものじゃないよ、涼架くん」
「やだなぁ、そんなつもり、ないよ」
マスターのたしなめるような言葉に対して朗らかに笑う涼架さんに、じゃぁどんなつもりならあるんだよ、と言いそうになって奥歯を噛み締める。
人並みに恋愛をしてきた。対象はいつも女性だったけれど、それと同じくらい、またはそれ以上にドキドキしている自分がいるのは確かだ。振り回されている気がして、うまく立ち回れない自分に舌を打ちそうになる。
「……怒った?」
眉を下げるその仕種さえ計算されているように見えて、何も答えられずに視線を逸らす。困ったように笑った涼架さんのスマホが震える。
「あちゃ、タイムアウトだ」
お店に訪れてから1時間ほどしか経っていないが、お店の閉店時間だろうかとマスターを見ると、マスターの目が扉の方に向けられた。丁寧とは言えない強さで開いたドアから姿を見せたのは、今をときめくMrs.の象徴である大森さんだった。
「帰るよ涼ちゃん」
額に滲む汗を腕で拭いて、つかつかと歩み寄った大森さんは涼架さんの腕を掴んだ。
俺の方には目もくれず、くすくすと笑う涼架さんの代わりに財布からお札を取り出してテーブルに置く。
これ飲むまで待ってよと口を尖らせた涼架さんからグラスを奪い取って飲み干した大森さんは、叩きつけるようにグラスをテーブルに置いた。
呆れたように溜息を吐いた涼架さんに、帰るよと低い声で繰り返すと、そこで初めて俺に目を向けた。
「助けてもらったようで」
「え、あ、はい?」
「ありがとうございました。ですが、金輪際藤澤からの誘いには乗らないでください」
「え?」
「ねー、なんで元貴が決めんの」
「うるさい」
むすっとする涼架さんを睨みつけながら吐き捨てると、どういうことだと混乱する俺を憐れみと嫉妬の滲んだ強い眼差しで見て、いいですね? と念を押した。
およそ感謝している態度ではないし、俺の答えなど関係ないと言いたげな口調だ。牽制というよりは懇願に近いような気がして、呆気に取られて何も返すことができなかった。
「またのお越しを」
「うん、またくるね」
何事もなかったかのように微笑むマスターに、ふわふわほわほわと笑って手を振ると、涼架さんは大森さんに引きずられるようにドアに向かった。
「……マスター」
扉を潜る前に立ち止まった大森さんが、無表情でマスターを振り返った。
「目黒さんにシャンディ・ガフを」
「ちょっと元貴」
涼架さんが諌めるように名を呼ぶが、鋭い目で睨みつけられて口をつぐんで肩を竦めた。俺に向かって唇をまたね、と動かした涼架さんは、舌を打った大森さんと外へと姿を消した。
嵐が去って静まり返った店内で、マスターが涼架さんのグラスを片付けながら俺の様子を伺った。困惑するしかない俺は取り敢えずプレリュード・フィズを口に入れる。
大森さんって、あんな人なんだ。いや、涼架さんがあんな人なんだ、と言うべきだろうか。嫌悪感や軽蔑ではないけれど、衝撃的な事実に頭が追いつかない。
なんにせよ、元貴もここに来るけど飲んだことはない、と言うのはこういうことか、と理解はできた。
「……シャンディ・ガフ、飲まれますか?」
「……意味は?」
俺の質問にマスターは何度目になるか分からない苦笑を浮かべた。大森さんはカクテル言葉を知っているだろうことは予想に難くない。あまりいい意味ではないのだろうなと思いながら答えを待つ。
「『無駄なこと』」
何でもできる完璧主義な大森さんの、燃え滾るような嫉妬に濡れた眼差しを思い出して背中にぞくっと悪寒が走った。それと同時に涼架さんの手が置かれていた太腿はじんわりと熱を持ったまま、俺に甘い余韻を残していた。
続。
いやぁ……楽しかった。
コメント
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🖤さんがちょっとかわいそうだ …(( でも 、魔王様が大好きすぎる … 若様も楽しみだなぁ …
💛も🖤も大好きすぎます!!!続きをくださいませ···!🥺いつも💛はそんなことを?なんて悪い男なんだぁぁ🥺好き♡
(*´艸`*)(*´艸`*) こっちの…筆が…乗った…んですね(*´艸`*)小悪魔ビ〇チ最高だ笑 最初お話聞いたときは赤青さんとの関係性は付き合ってるのかどっちかなと思ってましたが、これは魔王めちゃくちゃ苦労しますね🤣月イチこれあったらたまったもんじゃないな…楽しい✨魔王もめめもファイト!(めめさん、また違う話でも出て欲しい🖤)