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大森視点
星崎とは微妙な距離感が続いていたために、
自分の出番が終わったらすぐ居なくなると思っていただけに、
俺が歌い始めてもその場にとどまっていることに正直驚いた。
真剣な表情で目を閉じたまま、
しっかりと聞き込んでいるのがわかると、
それだけで嬉しくなった。
俺の歌が星崎の心に届いているのは、
思い込みじゃないと信じたい。
(自惚れじゃないといいな)
そんなことを思いながら歌い続けていた時、
星崎の表情が歪んだかと思えば、
口元を押さえながらどこかへ走り出した。
それはあまりにも突然のことだった。
(なんで?)
さっきまで嬉しかった気持ちが、
一気に冷めて深く沈んでいくのを感じた。
もちろん心配ではあったが、
リハーサルとは言え途中で放り出す訳にはいかず、
ソワソワと落ち着かないまま歌い終えた。
「ごめん。
ちょっとトイレ行くわ」
藤沢と若井に一言だけ簡単に断りを入れて、
すぐに星崎を探した。
今日はずっと顔色が悪かった。
嘔吐でもしているのはないだろうか。
早く見つけなければと焦る気持ちを押さえながら小走りした。
「ここか」
俺がトイレに入ろうとした、
その瞬間ーーー
逆に星崎が出てきた。
「「え!?」」
お互いのタイミングが、
あまりにも重なりすぎたために、
二人とも同時に驚いてしまう。
「大丈夫?」
「は⋯い」
心配していたことを伝えてもいいだろうか。
でもまた逃げられたら?
俺は急に不安になった。
チラッと星崎を見ると、
俺の言葉を待っているようだった。
(頼むから逃げないでくれ)
「もう無理しないで頼って欲しい」
その言葉に対して星崎が顔を横に振った。
ズボンのポケットからスマホを出すと、
メッセージを打ち込む。
一体何を言われるのだろうかと身構えてしまう。
『簡単なことじゃない。
それは強い人だからできる選択です。
僕には出来ない』
それはこれからも無理を続けるという意味だった。
すでにオーバーワークをしているのに、
どうして休むことが出来ないのか。
つまり俺では頼りにならないということか?
もう俺にできることは何もないのだろうか?
俺はただ、
星崎に頼られたい。
それでも、
星崎は頼らない。
差し伸べた手を振り払われたようで、
その場から動けなくなってしまう。
星崎が去り際に何か言ったようだが、
俺の耳に届くことはなかった。