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【フラれて落ち込んでたら】
雨上がりの夜。
駅前のカフェで温かいココアを手にしても、心の中はまだ冷えたままだった。
向かいに座る吉沢さんが、じっとこちらを見ている。
「……で、その人にはフラれたってわけ?」
「……はい」
笑って答えようとしたけれど、声が震えて情けなかった。
「そっか」
それだけ言って、彼は紙コップを口元に運ぶ。
長い沈黙が流れたあと、ふいにテーブル越しに私の目を捉えた。
「なぁ、○○」
名前を呼ぶ声が、いつもより低く響く。
「泣くなよ」
「泣いてません」
「嘘つけ」
口元だけで笑いながらも、その瞳はやけに真剣だった。
「……じゃあさ」
一拍置いて、彼は少し身を乗り出した。
「俺にしろよ」
一瞬、言葉の意味が頭に届かず瞬きをする。
「え……」
「その人じゃなくて、俺。ずっと見てきたからわかる。お前のことなら、絶対泣かせねぇ」
冗談のような軽さで言うには、あまりにも真っ直ぐな声。
息が詰まりそうになり、視線を逸らした。
すると、彼の指先がそっと私の手に触れた。
「……まだ返事はしなくていい。でも覚えとけよ。お前が泣いてる間は、ずっと俺が隣にいる」
雨上がりの夜道を歩く帰り道、頭の中ではさっきの言葉が何度も繰り返されていた。
あの日から数日。
仕事中、ふとした瞬間に思い出すのは、あの夜の「俺にしろよ」という声だった。
不思議と、その言葉を思い出すたびに胸が温かくなる。
夕方、オフィスの窓から差し込む夕日がオレンジ色に机を染める頃、吉沢さんが私のデスクにやってきた。
「○○、今日このあと時間あるか?」
「……あります」
自分でも驚くほど、即答だった。
向かったのは、会社近くの小さな公園。
秋の風が少し冷たくて、落ち葉が足元でかさりと音を立てる。
ベンチに腰を下ろすと、吉沢さんはポケットから缶コーヒーを取り出して渡してきた。
「甘いやつだ。お前、苦いの飲めないだろ」
「……覚えててくれたんですね」
「そりゃな」
缶を手で温めながら、私はゆっくりと言葉を探した。
「あの……この前のことなんですけど」
「ん?」
「“俺にしろよ”って、あれ……本気で言ってました?」
彼は缶を口に運ぶ手を止め、私をじっと見つめた。
「……当たり前だろ」
その真っ直ぐな視線に、鼓動が早くなる。
私は缶を膝に置き、深く息を吸った。
「じゃあ……お願いします」
「……え?」
「亮さんに、します」
一瞬だけ驚いたように瞬きをしたあと、彼は小さく笑った。
「……やっと、言ったな」
次の瞬間、温かい手が私の手を包み込む。
指先が触れ合うたびに、胸の奥まで熱が広がった。
「じゃあ、これからは俺が全部守るからな。○○」
名前を呼ぶ声が、夕日の中でやけに優しく響いた。