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「ここよ」地図を片手にした助手席のジゼルが言った。
奈津美さんのアパートは大通りから一本入った、パームトゥリーの並ぶ静かな通り沿いにあった。玄関のブザーを押し、俺はポーチの柵に背をもたれた。
「どうぞ」内開きのドアから指先が現れ、続いて前掛け姿の奈津美さんが現れた。先にジゼルが入り、俺が続いた。
入口近くの水槽には、熱帯魚が泳いでいる。鉢植えの常用植物が天井に近づこうと伸びている。ココナツの匂いがする。窓は閉められていた。
「まるで熱帯雨林地方ね」とジゼルが言った「オーナーは、タイ人だったっけ?」
文化は人について来ることを実感する。
食卓に並ぶちらし寿司も、その一例のようだった。酢飯には海老、にんじん、錦糸卵、グリンピースが彩り鮮やかに乗っていた。舌は生まれ故郷の味を忘れてはいなかった。俺は半分以上を食べていた。
二、三時間は経っただろうか。ジゼルを迎えに来たのは、デジュンのスープラだった。
「じゃ、次回はウチでガテマラ料理作るから」ジゼルは奈津美の顔を見て、それから「もちろんケンタもね」と付け加えた。
「じゃ、俺もそろそろ」椅子から腰を上げた。
「あんたは自分の車あんじゃない」ジゼルは俺の両肩を下に押した。
「でも」
「お忙しくなかったら、ゆっくりしてって下さい」
このとき、デジュンが上がってこなかったのは、アイツらしくなかった。理由は、わからない。ただそのときは、ホッとしたのが本音だ。