TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

今の精神状態では、誰にも会いたくなかった。

奥の部屋に進むと、私はホットカーペットの上に力を無くしたように座り込んでしまった。

ミドリとのやり取りでもショックを受けていたけれど、海藤の登場は比較にならないくらいの衝撃だった。


雪香が消えてから様々な人と出会って嫌な目にも会って来たけれど、これほどの恐怖を感じたのは初めてだった。

時々蓮を怖いと思ったけれど、海藤への恐れは全く異質のもので、情けないけれど私では立ち向かうなんて絶対に無理。


私は、バッグからスケジュール帳を取り出した。

理不尽さに腹が立つけど、雪香を探すしか私が安全を手に入れる方法は無い。

スケジュール帳を捲り目当てのページを開くと、着替えもせずに次々に電話をかけ始めた。



翌日から、あらゆる人に連絡を取り必死に雪香を探した。

けれど、今まで見つからなかった雪香が、私一人の力で見つかるはずが無かった。


五日経っても何の手がかりも無く、私は限界を感じていた。もう自分ではどうしようもない。気は進まなかったけれど、雪香の実家を訪問した。

私の訪問に、雪香の義父は露骨に嫌な顔をした。

歓迎されていないのが伝わって来たけれど、遠慮している場合じゃない。


「雪香の借金の件で、話が有るんです」


挨拶を済ませるとすぐに本題を切り出した。


「雪香は借金なんてしていない、君は何を言い出すんだ?」


義父は表情を険しくして私を見据えた。隣に座る母も、不審そうに私を見ていた。


「実際に雪香にお金を貸していたと言う人が居るんです」


私は必死に海藤の件について説明したけれど、義父は頑なな態度を崩さなかった。


「そんな人間相手にする必要は無い。雪香が借金をしたという正式な書類も出せないような奴だ。君も何を言われようが無視すればいい」

「そんな! 無視なんて出来ません。海藤は暴力的で私は脅されたんです。放っておいたら何をされるか分からないんです」


声を高くする私に、義父は顔をしかめ、面倒そうにため息をついた。


「それは君の問題で私には関係無い」

「関係無いって、元々雪香のせいでこんな事になってるのに?!」


義父の言葉にカッとして、私は思わず身を乗り出した。


「話がそれだけなら、もう帰ってもらえるかな? 何を言われても私は金を出す気は無い」


冷たい目で見据えられ、私は助けを求めるように母を見た。


「お母さん……」


母にとりなして貰いたいと思った。助けて欲しい、そう目で訴えた。


「沙雪、そんな人相手にしないのが一番よ、次に何か言われた時はあなたも無視しなさい」


母は気まずそうな顔をしながら、義父と同じ発言を繰り返すだけだった。


落胆しながら、雪香の家を出てアパートへの道をのろのろと歩いた。

最後の望みに母を頼ったけれど、何の手助けもしてもらえなかった。

私がどれだけ困ってるかは、ちゃんと伝えたはずなのに。

雪香が困っていたなら、きっと必死になって助けるのだろう。

同じ娘でも、母にとって雪香と私の間には大きな差が有るんだと再確認するはめになった。


重い足を引きずるようにしながら、今後について考えた。

このままでは、二百万払うしか無い。

でも私の全財産は二百万円。海藤に払ったら全てを失ってしまう、絶対に嫌だ。


どうして私がこんな目に……。

雪香に消えて欲しいと願った罰なのだろうか。

気弱になっているせいか、私らしくもなくそんな考えが浮かぶ。


考え込みながら歩いていたら、いつの間にかアパートにたどり着いていた。

外階段に近付こうとした私は、そこに人影が見つけ緊張して足を止めた。


長身の男……まさか海藤?

胸が苦しくなった。逃げ出したいのに動けない。

立ち尽くす私に気付いたのか、男は振り返り近付いてきた。


「沙雪……」


気まずそうな顔で、名前を呼んで来たのは蓮だった。

私は襲って来ためまいに耐えるように、きつく目を閉じた。

蓮は私の目の前に立つと、躊躇うような素振りを見せる。


「……久しぶり、元気にしてたか?」

「何か用?」


私は力無く蓮に言う。

蓮とは喧嘩別れしていて、もう関わるのは止めると決めていた。こんな風にアパートに来られるのは迷惑としか思えない。けれど、今の私に蓮と言い争う気力は無かった。

何の用か知らないけど、早く済ませて帰ってもらいたい。

鬱々とした気持ちで返事を待つ私に、蓮は真剣な表情で思いがけない発言をした。


「この前の事……謝ろうと思って来た」

「謝るって……」


私は、驚き呆然と呟いた。鷺森蓮の口から、私への謝罪の言葉が出るなんて信じられない。


「喧嘩別れした日から、ずっと考えてた。何で沙雪があんなに怒ったのかって……それから雪香のことも考えた。俺が雪香の為と思ってして来た行動は、自分本位で間違っていたのかもしれないって考えるようになった」


私は蓮から目をそらし溜め息をついた。


「そう思うなら、雪香が戻って来たら付き合い方を変えればいいんじゃない? 私に言う必要無いから」


早く部屋に帰りたい私は、小さな声でそう言い、蓮の横を通り過ぎようとした。けれど蓮の腕が伸びて来て、私の動きを止めた。


「沙雪、待て!」


蓮の腕の力は強くて身動きがとれなくなったけど、海藤に対して感じたような嫌悪や恐怖はない。


「離してくれる?……疲れてるから部屋に帰りたいの」

「そういえば、今日は大人しいな……何か有ったのか?」

「別に。とにかく離して」


心も体も、疲れ切っている。人と話す暇が有ったら休みたい。もう会わないと決めた相手だから余計に。

蓮は私の態度が不満のようで、顔をしかめた。


「お前、その秘密主義何とかしろよ。人が心配してるのに、何だよその態度」


勝手に押しかけて来て怒りだした蓮に、私もイライラとして言い返す。


「あなたに話したって意味無いから。それに心配なのは私じゃ無いでしょ? 雪香を見つけたいんだろうけど、私に付きまとっても雪香は絶対に見つからないから!」


私のヒステリックな声に、蓮は一瞬驚いたようだった。


「……お前、何でいつもそんなに喧嘩腰なんだ? 俺はお前の敵かよ?」

「鷺森蓮が雪香の味方なのは分かってる。そんな人に私は絶対に心許せない……だって私は今、雪香をどうしようもないくらい憎んでる。許せないと思ってる……雪香も鷺森蓮も私から見たら敵だから」


私の苛立ちは益々強くなり、更に感情的に大声を上げた。


「お前……どうしたんだよ?」


蓮は驚愕して私を見た。


「別に、ただイライラするだけ! 雪香に腹が立つだけ! 迷惑かけられてもううんざりなの!」


蓄積されて来た雪香への怒りが、ここに来て爆発した。

八つ当たりだと分かってるのに、どうしても止められない。


「迷惑って、何か有ったのか?」

「話さないって言ってるでしょ?!」


しつこい蓮の腕を振りほどこうとしたけれど、上手くいない。悔しさと苛立ちで泣きたくなる。


「困ってることが有るならちゃんと言えよ。お前いつも人の助けなんていらないって態度だけど、そんな錯乱する位なら意地張ってないで頼れよ」


諭すような蓮の言葉に、私の中で何かが切れたような気がした。


「頼るって誰に?! 誰よりも信じていた直樹に裏切られ、実の母親にも見捨てられた私が誰を頼れるって言うの? 私には誰も居ない……助けてくれる人なんて居ないの!」


自分の力とは思えない程の勢いで、蓮の腕を振り払いながらそう叫んでいた。


直樹に裏切られた時、もう誰も信用しないし、頼らないと決めたけど、今回の事は本当に堪えていて、誰かに助けて欲しいと強く思った。

だからお母さんを頼ったのに……お母さんは、私の為に夫に意見すらしてくれなかった。

頼ったって、結局余計に辛くなっただけだった。

私には、雪香や秋穂みたいに守ってくれる人なんていない。


「俺に話せ! 雪香の関係で何か有ったんだろ? 必ず助けやるから」


道を塞ぎ、私を見下ろしながら強い口調でそう言った。


「簡単に言わないでよ…… 何も分かってないくせに」


あの恐ろしい海藤の存在を知ったら、私に手を貸す気なんて無くすに決まってる。

蓮にとって私は、危険な目にあってまで助けたい相手じゃないんだから。


「適当な気持ちで言ってるんじゃ無いし、事情は今から聞く」

「さっきも言ったけど話す気は無いから。帰ってよ」


本当は助けて欲しかった。でも事情を打ち明けたあとに背を向けられたら、きっと今よりも辛い気持ちになる。


「なんでだよ?!」


私なんて放っておけばいいのに、なぜしつこく拘るのか分からない。

でも理由は分からないけど、蓮が本当に心配してくれていると感じ胸の中を渦巻いていた苛立ちが和らいだ。少しだけど冷静さが戻って来る。


「何かに期待すると駄目だった時に辛いから、初めから期待したくないの。それに問題はもう解決するから、人の手を借りなくても大丈夫」


二百万円を払えば、海藤の脅威からは解放される。手段は有るのだから、あとは私が気持ちに折り合いをつければいいだけ。


「……お前、まだ佐伯直樹のことを引きずってるのか? だからそんなに頑ななのか?」


その言葉を聞いた瞬間、せっかく取り戻した冷静さが一瞬で消え去った。胸に鋭い痛みが走る。

黙る私に蓮は話し続ける。


「裏切られて怒るのは分かるけど、もう半年以上前の話だろ? 何でそんなに……」

「私にとって、一生忘れられない程ショックなことだった! 直樹は初めて付き合った人で結婚して、ずっと一緒だと信じてたのに……たった一言で終わりにされるなんて……」


感情が不安定過ぎたせいかもしれない。


直樹にすら言えなかった怒りと悲しみを、蓮にぶつけていた。こんなに感情的に叫んだのは、初めてだった。

直樹に別れを切り出された時も、胸の中は荒れ狂っているのに、それを見せないように自分を抑えた。

裏切った二人に泣き叫ぶところを見せるのは、自尊心が許さなかった。


冷静に振る舞い、割り切った振りをして……でも本当は少しも割り切ってなんていなかった。

無理をして感情を抑えたせいで、私は歪んでしまったのかもしれない。


「……佐伯直樹は、お前がそれ程傷付いた事を知らないだろ?」


驚き目を見開いて私を見ていた蓮が、しばらくの沈黙の後に言った。


「知らないでしょ……言って無いんだから」

「なんで言わないんだ? お前がいつまでも引きずってるのは、自分の気持ち言わないで溜め込んでるからじゃねえの? 佐伯直樹に怒りをぶつければいいだろ?」

「そんなこと、出来る訳無いでしょ?!」


私は強く言い返す。


「何でだよ? まさかプライドが許さないとか言わないよな?」

「……そうだよ、それで裏切りを知った時も騒ぎ立てなかった」


蓮はイライラしたように溜め息を吐く。


「馬鹿じゃねえの? くだらないプライドに拘っていつまで引きずる気だよ?! 今すぐ佐伯直樹と決着つけて来いよ!」


考え無しの発言に、私はカッとなり声を荒げた。


「今更言える訳無いでしょ?! 勢いで適当なこと言わないでよ!」

「適当に言ってるんじゃない、何で言えないんだよ? 」


本当に何も分かっていない。苛立ちが抑えられず蓮を睨みつけた。


「だって二人の婚約を誰もが祝福している……お母さんだってすごく喜んでる……それなのに私が騒いだらどうなると思うの? 何もかも台無しになるかもしれない。私以外はそんな事態望んで無いでしょ? 直樹も雪香も許せないけど、実際に壊すなんて私には出来ない」


私の言葉を聞いた蓮は、ハッとしたような顔になると黙り視線をそらした。


「私がどう思おうが、今更どうしようもないから」


私の心が癒える日なんてきっと来ないのだから。

蓮は何も言い返して来なかった。だけどしばらくすると、それまでとは違った静かな声で言った。


「お前の気持ちはどうなるんだよ、泣くほど辛いのに……ずっと救われ無いままでいいのか?」

「……え?」


哀れむような目をした蓮の言葉に、私は驚愕した。


反射的に頬に手を持って行くと、蓮の言うとおり涙で濡れていた……自分が信じられない。

人前で、鷺森蓮の前で泣いてしまうなんて。

泣いてると気付かない程、混乱してしまうなんて。

私は急いで涙を拭うと、蓮から目をそらした。

これ以上話してたら、更にみっともない姿を見せてしまいそうで、何も言えなくなってしまう。


「……沙雪」


いつの間にか距離を縮めて来た蓮の声が、頭上から聞こえ私は顔を上げた。


「……何?」


気まずい思いのまま返事をすると、蓮は私を見下ろしながら言った。


「沙雪が人を寄せ付けない理由は分かった。けど今、何か問題が有って悩んでるんだったら俺に話せ。 俺は裏切ったりしないし、必ず力になる……だから、もうそんな風に泣くなよ」


穏やかで優しさすら感じる蓮の声に、私は驚き目を見開いた。

鷺森蓮がそんなことを言うなんて、想像もしていなかったから。


「……どうして? 私を助けたって雪香は帰って来ないって言ったでしょ?」


掠れた声で言うと、蓮は苛立ったように答えた。


「今は、雪香は関係無い。お前も切り離して考えろよ」

「切り離してって……どうして?」

「俺が沙雪に手を貸したいと思うのは、雪香の姉だからじゃない。俺達何回会って、どれだけ話したと思ってるんだ? 雪香は関係無しに繋がりが有るだろ? 困ってたら手を貸すのは当然だ」


蓮の言葉は衝撃的だった。私と蓮の間に、雪香抜きの関係が存在するなんて……。


「……まさか、私を友達だとでも思ってるの?」


そう問いかけると、蓮は迷い無く頷いた。


「ああ、だからお前も遠慮無く頼れ。俺はかなり頼りになるから」


自信過剰な蓮の言葉に、呆れてしまう。


でもそれよりも、差し伸べてもらった手が嬉しくて、心強くて、久しぶりの涙が止まらなくなった。


「……おい、いい加減泣き止めよ」


いつまでも涙が止まらない私に、蓮が困ったような顔をする。

時折通り過ぎる人達の何か言いたそうな視線が気になるのか、蓮は居心地が悪そうだった。


「そんなこと言われても……」


今迄、泣いて無かったせいか一度溢れ出した涙はなかなか止められない。


「……仕方無いな……こっちに来い」


蓮は私の手を引き歩き出した。

どこに連れて行かれるのか分からなかったけれど、不安は無かった。

しばらく歩くと、蓮は止めてあった車の助手席に私を乗せて、車を発進させた。

はじまりは花嫁が消えた夜

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

14

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚