初めて蒼井茜を見たのは1年生の時だった。
僕がまだ生徒会副会長だった頃。
文化祭の3週間程前、彼がクラスで行う飲食店の衛生管理に関する書類の提出に来た時だ。
彼が室内に入ってきた瞬間、思わず身構えた。
怪異の気配がした。それもただの低級霊ではない。
反射的に振り返ってしまったが、そこに居たのは至って普通の男子生徒だった。
しかし、彼の周りの空気は生者にしては少し違和感を覚えるものだった。
思わず声を掛けようとしたが反応が遅かったため、もう既に彼は居らず、自教室に帰ったようだった。
[提出書類はこちらへ]と書かれた紙が貼り付けられたカゴを覗くと、先程まで彼が持っていた紙が入っていた。
[3-A 代表生徒 蒼井茜]
重要書類の提出は代表生徒が行うことになっている。
つまり彼の名前は蒼井茜。
確か学園一の美少女と噂される女の子も似たような名前じゃななかっただろうか。
不思議な偶然もあるのだなと思いながら、先程の男子生徒の名前を頭の中で繰り返す。
(蒼井茜…、覚えておかなきゃ)
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まさか2回目も彼と会うのが生徒会室だなんて思いもしなかった。
しかも会長、副会長という形で。
改めて見ると、蒼井茜は綺麗な顔をしていた。
すっきりとした鼻目立ち
朱色の中に光るシアンの瞳
しかし、それらに相反するようにやはり彼を包む空気は澄んだものではなかった。
けれど、その不調和さがより彼の魅力を引き立たせていた。
「副会長の蒼井茜です。これからよろしくお願いします。」
「僕は源輝。こちらこそよろしく。」
どちらかと言えば童顔だが、蔑むような冷たい目のせいで幼くは見えない。
というか、明らかに先輩に向ける視線じゃないだろ。
初っ端から嫌われてるとは思わなかった。
僕も別に君のこと好きじゃないけど。
その後、旧生徒会からの引き継ぎと簡単な業務説明を行った。
その間に雑談やら何やら挟んで、色々話を聞き出した。
どうやら蒼井が生徒会に入ったのは好きな人のためらしい。
惚れっぽいのに自分にだけは振り向いてくれない彼女をずっと一途に想い続けているようだ。
何だか可哀想に思えてきたが、目を輝かせながら永遠と好きな人の話をし続ける姿を見ていると、そんな気持ちはだんだんと薄れてきた。
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空が茜色に染まった頃、外部活の生徒達が片付けをしている声が聞こえてくる。
帰り支度を始める蒼井に先程と変わらぬ表情、変わらぬ声で尋ねる。
「君って人って認識でいいんだよね」
蒼井の動きが止まった。
何も言わずにじっと蒼井を見つめる。
「……なんのことですか」
動揺を悟られないようにしているのか、こちらには顔を向けず言葉を返した。
でも声が少し震えている。
「 人であれ何であれ、危害を加えるような危険な奴をこの学園に野放しにはしておけない。特に今の僕、生徒会長からすればね。」
「…つまり僕が危険な奴だと言いたいんですか?」
「それをはっきりさせるために今聞いてるんだよ。君はどういう立ち位置なの?」
まぁもうだいたい予想はついているが。
ほとんど確認作業のようなものだ。
蒼井は本当にただの人間なのだろう。
しかし、何らかの理由で七不思議レベルの怪異が絡んでいる。
そして何より、蒼井はその事を自覚している。
しかもおそらく同意の上。
確信犯とでも言うべきだろうか。
努めて穏やかな笑みを浮かべながら蒼井を見つめていると、わかりやすく大きな溜息を着かれた。
「その顔やめてください。見透かされてるみたいで気分悪いです。」
気分悪いなんて初めて言われた。
未知の体験に少々驚きながらも、渋々話し出した蒼井の話を聞く。
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「まとめると〜、」
「君は赤根さんを守るために七不思議一番と契約して、時計守の末席になった訳か。」
半ば強制的に奪った時計を眺めながら、事の経緯をまとめる。
「不本意ですけど、そういうことです」
「噂には聞いてたけど本当に君みたいな一番めんどくさい中途半端な立ち位置の怪異が居るんだね〜」
「僕一応人間なんでその呼び方やめてもらえます?」
文句を言いながら悪態をつく蒼井は放っておいて、鞄に荷物を詰め込み、帰り支度を済ませる。
「戸締りはやっておくから帰っていいよ。」
「言われなくても。お疲れ様でした。」
そそくさと生徒会室を出ていく蒼井がまるで、標的から隙を見て必死に逃げていく兎のようで面白かった。
しかし三人の時計守のうちの一人が副会長とは、なかなかにめんどくさいことをしてくれたものだ。
けどそれよりも気になるのは蒼井のあの反応。
明らかに此方を嫌っている蔑むような冷たい目線。
僕の顔を見て気分悪いなんて言う人は今まで一人もいなかった。
僕の何が蒼井の気に障ったのかは知らないが、あんな反応をされたのは初めてだ。
あの顔は誰にでも向けるものなのだろうか。
それとも僕にしか見せない顔だったりするんだろうか。
あのしかめっ面が笑う時ってどんな時だろう。
悪戯を仕掛けたらどんな反応するんだろう。
あれ以上のしかめっ面になるんだろうか。
今まで家族以外の誰かにこんなに興味を持ったことなんてなかったのに。
新しい玩具を見つけた子供の気分になったみたいだ。
蒼井の色んな表情を見てみたい。
明日の生徒会ではどんな顔が見れるかな?
気になって気になって仕方がない!
コメント
3件
やばあああああ!文才ですね…