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あの時に戻りたい。
何度、そう思っただろうか。
何度、悔やんだだろうか。
何度、泣き崩れただろうか。
枯れ果てた涙も、微塵もない希望も。
そんな環境に慣れてしまった俺に、今できることなど何も無い。
………どうやったらこれから、前を見て生きることができるのだろうか。
どうやったら彼女を、幸せにできたのだろうか。
✦✧✦✧✦✧✦✧
時は一年前まで遡る。
青空がいつもより美しく澄み渡って見えた、あの初夏の日の夕方。
俺が彼女の陽茉梨と一緒に、果てしない田舎道を歩いていた時のこと。
彼女はふと、俺に本音を零した。
「私、今の自分が嫌いなの………すごく」
「どうやったら、楽になれるかな?」
今振り返れば、彼女は忍耐強く、普段なら絶対に弱音を吐かない人間だった。
そんな彼女が本音を吐いてしまうくらい、相当悩みに悩んでいたのだ。
でも俺は深刻な問題に気付かず、適当な返事を返した。
「え、いや、どうだろうな」
「誰かに相談するとか方法はあるだろー」
俺はスマホを見ながら、流すようにそう呟いた。
彼女は更に俯き、黙ってしまった。
俺はそんな彼女の横を、少し距離を保ちながら歩いた。
沈黙が続く。
ただ、風の音だけが耳に届く。
ふと、彼女が口を開いた。
「涼くんってさ」
「うん」
「………これから何があっても、私の隣にいてくれる?」
その声は少し震えていた。
俺は思わず立ち止まってしまった。
どうしてこんなことを聞くのだろうかと。
いつもなら何気ない世間話をしているであろうこの空気が、重いのだ。
俺ははっきりと言った。
「当たり前だろ」
真っ直ぐ陽茉梨の瞳を見つめる。
その奥には、どこか寂しさや不安が隠れている気がした。
(なんか、嫌な予感………)
やけに静かな空間が、俺の背筋を凍らせる。
寒い。
汗もだらだらかいているし、暑いはずなのに。
何故か、まるで真夜中に恐ろしい怪談を聞いている時のような、そんな身の毛のよだつ寒さを感じた。
耐えきれなくなった俺は、空気を切り裂いて声を張り上げた。
一歩、いや二歩ほど先を歩く陽茉梨の背中を見つめて。
「………安心しろよ」
「いつだって俺が、そばにいるから」
「だから、頼ってくれ」
「………なあ」
「おい、聞いてるのか?」
「―――なんか、返事しろよ」
「………陽茉梨?」
「なあ、陽茉梨ってば」
「大丈夫だって。なあ?」
「…………なあ?」
どれだけ声をかけても、彼女は喋らない。
おかしい。
歩みは止めない。
一定の感覚、歩幅で歩いている。
なのに。
なのに___。
俺はその時、そう感じてしまった。
いや、見た目は全て陽茉梨なのだ。
そっくりそのまま、何もかも。
歩き方まで、全部いつもと変わらない。
そのはずなのに
はっきり断言できるくらい、いつもと違う。
上手く言葉にできない。
どうして?
なぜ陽茉梨が消えてしまったんだ?
本物の陽茉梨はどこに行ったんだ?
死んでしまったのか?
この茜色の空に、飛んでいってしまったのか?
………ダメだ。
変な考えばかりが、頭をよぎる。
確かにそこにいるはずなのに。
………もちろん、今すぐ顔を見て確認することだって出来る。
その方が、俺の心の安心にも繋がる。
でもそれ以上に、自分自身への危機感を強く感じた。
今は触れてはいけない。
話しかけてもいけない。
ただ、そっと背中を追うだけに留めておかなければならない。
直感的に、いや本能が
俺にそう忠告していた……………
✦✧✦✧✦✧✦✧
あの日の記憶が蘇る。
あの時は、怖くて怖くて仕方がなかった。
いつものこの道さえもが、異世界へと続く道に見えてしまったり。
“いつも”が“いつも”じゃなかった。
こんな体験は初めてだった。
…………そして、この事件の真実を話そう。
あの時、俺の前にいた陽茉梨は。
ついさっきまで話していた陽茉梨は。
その頃―――
もうとっくに、この世にはいなかった。
そう。
俺が最初 隣で歩いていた彼女も、陽茉梨ではなかった。
誰か他の人だった。
それに気づいたのは、田舎道を過ぎて家に帰ってからだった。
陽茉梨とは家の方向が真逆なので、いつも途中で別れることになる。
最後に声をかけてみたが、応答はなかった。
―――そして 家に着いてからしばらくして、陽茉梨の母親から連絡が掛かってきた。
その内容が
『陽茉梨が昨日の夜、自宅のマンションから飛び降りて自殺をした』
とのことだった。
俺はそれを聞いた時、言葉が出なかった。
じゃあさっきまで一緒に帰ってきていたのは、誰だった?
怖い。
でも俺は、彼女の母親にそれを言い出す勇気はなかった。
言ったら、何か起こる気がしたから。
そして彼女の母親が、言った。
『実はね……』
『陽茉梨は予め遺書を残していたの』
『その遺書に、涼くん。あなた宛の文章があったの』
『明日、それを渡しにいくわ』
それが最後の言葉だった。
電話はプツリと切れる。
俺はただ、唖然としていた。
✦✧✦✧✦✧✦✧
―――それ以降
俺の身に、何かおかしなことは起きていない。
毎日陽茉梨の遺影を眺めるが、顔の表情が変わったりだとか、そういったことはなかった。
でも、代わりに不思議なことが起きた。
俺が事故を起こしそうになった時や、命に関わる重大な病気にかかった時。
そんな時、何故か体が劇的に回復したり、奇跡的な回避を遂げたりした。
物理的な証拠はなく、有名な専門家に聞いてみても、「不思議ですね」としか言われなかった。
…………俺はそんな場面に立ち会った時、いつも思う。
これはきっと、陽茉梨の力なんだろうな、と。
生前から俺を元気づけてきてくれた彼女。
そんな彼女が、亡くなった後も、俺についてくれているのだろう。
そして助けてサポートしてくれているに違いない。
「ありがとう、陽茉梨」
「愛してるよ………っ」
そう自ら言った後も、色々な感情が頭を駆け巡る。
でも、きっと大丈夫。
俺には最強の味方がついている。
陽茉梨という、俺にとっての太陽が。
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