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休日であったため、案内を終えた私は買い物をして家に帰った。
その後日出勤した私は、再びギルバートさんと対面していた。どうやら彼は、しばらくこちらに留まるようだ。
「いや、先日は本当にありがとうございました。お陰様で助かりましたよ」
「お役に立てたなら何よりです。でも、後から考えてみると少し疑問がありますね。ギルバートさんは、何度かはこちらを訪ねてきているはずですよね?」
「え? ああ……」
休憩時間、私はギルバートさんと話をしていた。
私を見つけた彼が、話しかけてきてくれたのである。
そんな彼に対して、私は疑問を投げかけていた。ラナキンス商会の場所がわからない。彼のような立場の人間がそんなことになったのは、考えてみれば変なのである。
「恥ずかしながら、僕は方向音痴なんです。この町のことも知っているはずなのですが、どうしてか道に迷ってしまって……」
「方向音痴ですか……」
「ええ、だから本当に助かりました。あの時はあなたの優しさが、身に染みましたよ」
ギルバートさんの説明に、私は出会った時のことを思い出していた。
確かに彼は、本当に嬉しそうな顔をしていた。方向音痴の彼にとって、私の助けはそれ程ありがたかったということだろうか。
「貴族の方は高慢であるなんて思っていましたが、今回の出来事でそれが偏見の極みであるということがよくわかりましたよ」
「偏見ですか? でも、案外そうでもないかもしれませんよ? 私が知っている限り、貴族というのは高慢な人ばかりですから」
「でも、あなたは違うでしょう?」
「そう思っていただけているなら嬉しいですけれど、でもそれはきっと、追い出されたからなのだと思います。改めて振り返ってみると、私も典型的な貴族だったような気がしますから」
ギルバートさんからの評価は、嬉しいものだった。
ただ、私も高慢な貴族の端くれであっただろう。平民として暮らすことによって、私はそれを改めて理解した。
私達の生活が、誰によって支えられているのか。貴族として暮らしていた時は、そんなことはまったく考えていなかった。それを考えられるようになったのは、確実にここで暮らし始めてからである。
「そうなのでしょうか? 僕からすると、とても信じられないことですが……」
「ふふ、ギルバートさんは私のことを高く評価してくださっているようですね?」
「別に高く評価しているわけではないと思いますよ。これは正当なる評価です。僕は実際に助けていただきましたからね」
「それだけなのに評価が高いと思っているのです」
「そうでしょうかね?」
私の言葉に、ギルバートさんは笑顔を浮かべていた。
その少し子供っぽさも含んだ笑みに、私も思わず苦笑いしてしまうのだった。
「そういえば、ギルバートさんは普段はどちらにいらっしゃるんですか?」
ギルバートさんと話していて、私はまた新たなる疑問を抱いていた。
彼はラナキンス商会の一員であるらしいが、ここで働いている訳ではない。つまりどこか別の拠点で活動しているということになる。
他に拠点があることは事前に聞いていたが、それらのことを私はよく知らない。故に、彼の働いている場所も検討がつかいなのだ。
「僕は東の拠点で活動しています。えっと……そうですね。ランバット伯爵の領地と言った方が、あなたにはわかりやすいでしょうか?」
「ランバット伯爵……」
「おや、どうかしましたか?」
ギルバートさんの口から出た名前に、私は思わず固まっていた。
なぜなら、その侯爵のことを私はよく知っていたからだ。
「いえ、その……親戚なんです」
「親戚?」
「ええ、ご存じありませんでしたか? ランバット伯爵家は、私の母アルシャナの実家にあたる家なのです」
「なんですって?」
私の言葉に、ギルバート様はその表情を強張らせた。
それは当然の反応であるだろう。母と交流があったはずの彼が、母の実家である伯爵家の領地で働いているのに、その事実を知らない。それはなんとも、おかしな話である。
「そんなことは聞いたことがありません。ラナキンスさんも、父も、僕にそういったことは言ってくれませんでした」
「多分、母が伝えてなかったのではないでしょうか? どうやら、実家との折り合いは悪かったらしいですから」
「そうなのですか?」
詳しいことは知らないが、母は実家との折り合いが悪かったらしい。何か軋轢のようなものがあったようなのだ。
母は、その詳細を私に話してはくれなかった。きっとラナキンスさんやギルバートさんのお父様にも、話せないことだったのだろう。
「……本当に、一体何があったのかしら?」
「アルシエラさん?」
「ああ、すみません。少し気になってしまって……」
そこで私は、思わず呟いてしまった。
母と実家との間には、一体何があったのか、それが私は無性に気になってしまった。母はその秘密を墓まで持っていってしまったが、本当にそれは修復できない程の軋轢だったのだろうか。
「実家のことを話す時、母は複雑な面持ちでした。もしかしたら、母は和解したがっていたのかもしれないと、そう思ってしまうのです」
「……それなら、行ってみませんか?」
「……え?」
「僕と一緒に、東の拠点に行きましょう。ランバット伯爵家とアルシャナ様の間に何があったのか、確かめに行きましょう!」
◇◇◇
「はー、それでお母様の実家へと向かったんですか?」
「ええ、そうなんです」
オルマナの言葉に、私はゆっくりと頷いた。
ギルバートからの提案を、私は悩んだ結果受け入れた。やはり、母と実家との間で何があったのかが気になったからだ。
それから、私は東の拠点へと向かうことになった。そこでの出来事も、やはり私にとってはとても重要な事柄である。
「それにしてもなんというか、アルシエラさんはとても忙しいですね……」
「まあ、そうかもしれませんね。西に東に、当時はたくさん移動しました」
「大変ですね……ああでも、商人として考えるとむしろ当たり前でしょうか?」
「確かにそうですね……」
オルマナは、いつの間にかかなりリラックスしていた。
私に対して、笑顔を浮かべているくらいである。
それが少しおかしくて、私も笑ってしまった。ただこれは、いい傾向であるだろう。
「しかしそう考えると、ギルバートさんの方向音痴というのは中々に致命的ですよね?」
「ああ、ええ、でもその辺りは自覚していますから、大抵の場合は、誰かに同行してもらったりするらしいですよ。私と出会った時が、どうしても一人でなければならなかったらしくて……」
「あらら、それは不運でしたね」
そこでオルマナは、ギルバートのことを指摘した。
確かに彼の方向音痴は、中々に難儀なものだ。それは私も、よく知っている。
ただ、彼があそこで出会ったということが不運であるとは限らない。私の頭の中には、そんな考えが過った。
その直後、私の体は少し熱を帯びた。そう考えてしまったことが、恥ずかしかったからだ。
「えっと、とにかく私は、ギルバートとともに東の拠点に向かうことになったのです」
「あ、ええ、その続きも聞かせていただきますね。ああでも、次も記事にはしにくいですかね? ランバット伯爵とお母様の軋轢なんて……」
「ああえっと、その辺りはそうですね……まあ、うまい具合によろしくお願いします」
「はい、わかりました」
私の言葉に、オルマナは力強く頷いてくれた。
私の半生は、貴族がどうしても関わってくる。故に記事にするのは、中々難しいかもしれない。
それを私も、あまり把握していなかった。それはお互いに、考えが足りていなかった点といるかもしれない。
「……といっても、ランバット伯爵家に問題があったという訳ではないんですけれどね」
「ああ、そうなんですか?」
「ええ、お母様と実家はすれ違っていたのです。あることが原因で……」
一区切り置いてから、私は再び話を再開する。
こうして私は、また自分の半生を語り始めたのだった。