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第13話:美術室の秘密
涼架side
長い夏休みが終わり、学校に活気が戻ってきた。エアコンの効いた教室の匂い、友人たちの賑やかな声。
すべてが日常に戻ったけれど、私の中の風景は、あの夏祭り以来、鮮やかに色づいたままだ。
若井くんとは、夏休み中に何度かメッセージのやり取りもした。
彼のメッセージは相変わらず不器用だったけど、その文字の端々から優しさが感じられて、読むたびに胸が温かくなった。
放課後、美術室で夏休みの課題の最終チェックをしていた時、綾華がフラッと顔を出した。
「涼架、お疲れ!もう完成したの、課題!」
綾華は、私がイーゼルに立て掛けていたキャンパスに近づこうとする。
私は慌てて、そのキャンパスを後ろに隠した。
「まだ見ちゃダメ!これから搬入するんだから」
「えー、ケチ!涼架の渾身の『たこ焼き若井くん』早く見たいのに!」
綾華は、私の行動に不満そうに口を尖らせた。
「あの絵はね、特別なの。それに、綾華があれだけ背中を押してくれたおかげで、最高の絵になったんだから、発表は盛大にしたいじゃない?」
私がそう言うと、綾華はニヤリと笑った。
「そりゃ、そうだ!元貴くんも、若井くんがどんな顔でこの絵を見るのか、めちゃくちゃ楽しみにしてるって言ってたよ!」
「もう、元貴くんにまで言っちゃったんだ…」
私は少し恥ずかしくなる。彼の親友にまで自分の絵を見られるのだ。
「それでさ、そういえば今年の美術部の課題のテーマってなんだったの?うちのクラス、誰も美術部員いなくて全然情報入ってこないんだよね」
綾華が、床に座り込みながら、私に尋ねた。
私はイーゼルのキャンバスをそっと撫でた。テーマは、私がこの絵を描くための、最高の舞台装置だ。
「えっとね、今年のテーマは…」
私は、意図的に言葉を区切った。
「…言わない」
「えー!なんでよ!?」
綾華は、不満の声を上げた。
「だって、綾華こそ、私を焚き付けた張本人でしょ?」
「そりゃそうだけどさ!ヒントくらい教えてくれてもいいじゃん!私、若井くんの反応を最大限に楽しみたいんだから!」
綾華の期待に満ちた瞳を見て、私は少しだけ意地悪な笑みを浮かべた。
「だから、お楽しみなの。若井くんが、張り出された絵と、そのテーマを見た時に、何に気づくか。それが一番大切なことだから」
私がそうい言うと、綾華は「なるほどね!」と手を叩いた。
「わかった!涼架の仕掛けだね!じゃあ、私は若井くんが赤面する瞬間を、特等席で見学させてもらうよ!もし若井くんがまた『なんで?』って言ってきたら、私が代わりに『愛おしいからだよ』って言っといてあげる!」
「もう、綾華は余計なことしないで!」
私は笑いながら綾華に注意した。
「大丈夫!でも、あの若井くんの表情みたら涼架の気持ちは、もう彼に隠せないね」
「うん…隠すつもりなんて、もうないよ」
私は、キャンバスを抱きしめた。この絵は、私の夏休みの全てであり、若井くんへの、私の精一杯の告白なのだ。
この後、作品は美術室前の廊下に張り出される。私の「秘密」が、若井くんに届く瞬間がもうすぐそこまで来ていた。
次回予告
[狼と白熊]
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