祭りの賑わいが続く中、蘇芳隼人はふと立ち止まり、みんなに向かって静かに言った。
「俺、伊織ちゃんと一緒にまわってもいいかな?」
その言葉に、楡井秋彦は驚いたように目を丸くしながらも、「もちろんっす!蘇芳さん、どうぞ!」と笑顔で答える。
桜遥は腕を組みながら「別にいいけど、変なことすんなよな。」と軽く釘を刺す。
柘浦は「おー、ええやん!二人で楽しんできぃや!」と笑いながら背中を押すように言った。
伊織は少し戸惑いながらも、「……じゃあ、行きましょうか。」と静かに微笑む。蘇芳は軽く頷き、「ありがとう。」と短く言い、二人で祭りの通りを歩き始めた。提灯の光が揺れる中、二人だけの時間がゆっくりと流れ始める——。屋台の賑わいを抜けて、蘇芳隼人はふとベンチに腰を下ろした。
伊織も彼の様子を見て、少し首をかしげながら「……どうしたの?」と尋ねる。
蘇芳は腕を組みながら、静かに息を吐いた。
「まわるっていうか……話したかっただけなんだけどね。」
その言葉に、伊織は目を瞬かせる。
「話したかった……?」
蘇芳は遠くの祭りの灯りを見つめながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。「伊織ちゃん、最近ちょっと変わったよな。」
伊織は少し驚きながら、「……そう?」と答える。
「前より……柔らかくなったというか、何かを手放した感じがする。」蘇芳は冷静な瞳で彼女を見つめる。
伊織は浴衣の帯を軽く触りながら、「かもね。でも、それは悪いことじゃないと思うわ。」と静かに微笑む。
蘇芳は一瞬考えたあと、口元を少しだけ緩め、「まぁ、悪くはないね。」と小さく呟いた。祭りの喧騒から少し離れた場所で、静かな時間が流れていた。
ベンチに座りながら、蘇芳は遠くの祭りの光を眺めていた。
伊織はふっと笑い、「せっかくだし、好きな季節は?」と軽く尋ねた。
蘇芳は言った。「冬。雪が好きだから。」と微笑みながら答えた瞬間——。
伊織は瞳を見開き、祭りの喧騒の中で心がざわめくのを感じた。
——思い出した。
あの昔、簪を返してくれた男の子。彼は去るとき、伊織にこう言った。
「冬。雪が好きだから。簪は雪っぽくて、君の髪も雪っぽくて……好きなものは助けるって決めてるんだ。」
その記憶が鮮明に蘇る。
伊織は蘇芳を見つめ、「……ねぇ、蘇芳さん。実は、昔こんなことがあったの。」と静かに話し始めた。
蘇芳はその話をじっと聞いていた。彼女が話し終えると、ふいに——。
蘇芳の瞳がわずかに揺れ、伊織の方を向いた。
彼の表情には、一瞬の戸惑いと、どこか確信めいたものが浮かぶ。
祭りの光が揺れる中、二人の間には不思議な空気が流れ始めていた。祭りの光が揺れる中、蘇芳は静かに伊織の方を向き、優しい声で口を開いた。「……それ、俺だよ。」その一言に、伊織の瞳が驚きに揺れる。「え……?」蘇芳は真剣に「今度はジョークじゃない。」と言った。伊織は、自分の手にある簪をそっと触れる。まさか、あの記憶の中の男の子が——。
「本当に……蘇芳さんなの?」
蘇芳は少し肩をすくめながら、「そうだよ。」と静かに答える。
伊織の胸の奥で、何かがゆっくりと動き始める。
「ずっと気になっていたのよ……あの時のこと。でも、まさかこんな形で思い出すなんてね。」
蘇芳は祭りの喧騒を背に、柔らかい表情を浮かべながら言った。
「俺、あの時言ったこと、今も変わってないよ。好きなものは、ちゃんと守るって決めてる。」
伊織はふっと微笑み、夜風に髪をなびかせながら静かに呟いた。
「……やっぱり、蘇芳さんらしいわね。」
祭りの光が遠くで揺れる中、二人の間には特別な時間が流れていた。
祭りの喧騒から少し離れた場所で、蘇芳はふと歩みを止めた。
「伊織、ちょっと付き合ってくれるか?」伊織は戸惑いながらも、「……どこへ?」と尋ねる。蘇芳は少しだけ微笑み、「静かな場所へ。祭りもいいけど、話したいことがあるんだ。」その穏やかな口調に、伊織は一瞬驚いたが、ゆっくりと頷いた。「……わかったわ。」二人は、人混みを抜けながら、祭りの灯りが小さくなるのを感じた。
階段を上がり、夜風が心地よく吹く屋上へ——。
そこには、遠くの空に咲く花火と、静かな時間が広がっていた。
「ここなら落ち着いて話せるな。」蘇芳さんは夜空を見上げ、ゆっくりと息を吐いた。
伊織は浴衣の帯を軽く整えながら、「確かに、静かね。」と微笑む。
こうして、祭りの喧騒とは違う、二人だけの時間が始まった——。
屋上の静けさの中、祭りの音は遠くでぼんやりと響いていた。
蘇芳は夜空を見上げながら、ゆっくりと口を開いた。「伊織ちゃん……俺、お前のことを大事に思ってるよ。」
その言葉に、伊織は瞳を揺らしながら彼を見つめる。
「俺は、伊織ちゃんに何かを強いるつもりはない。でも……伊織ちゃんがどんな選択をしても、俺はそばにいるよ。」
蘇芳さんの声は静かで、穏やかだった。それはまるで、包み込むような暖かさを持っていた。
伊織はそっと浴衣の帯を指先で整えながら、小さく微笑む。
その瞬間——。
夜空に大きな花火が咲いた。
鮮やかな光が二人を照らし、祭りの夜を彩る。
伊織はその光の中で、蘇芳さんを見つめたまま、そっと息を吐く。
「……ありがとう。」
蘇芳さんは微笑み、夜空に広がる花火を静かに見つめていた。
祭りの夜に、二人の間に特別な時間が流れていた——。
つづく