テラーノベル
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「シリル、火属性だ!」
「『ファイヤーアロー』!」
「くそっ! 駄目か!」
リオネルは、目の前の光景に絶望する。
学園で光の渦に飲み込まれた後、気づくとこの場所にいた。
どこともわからぬ地の底。
シリルが脱出のため転移魔法を唱えるが、発動しない。
驚く間も無く、魔物の群れが襲い掛かってきた。
最初の一体を切り捨てたまでは良かった。
次々と現れる大型種。
何とか追い払ったはいいが、疲労困憊した。
一息つこうとしたところで現れたのが、今、目の前で咆哮を上げるドラゴンだ。
(アシッドドラゴンとは、厄介な!)
金色の瞳を持つ大型の竜種。全身を紫の鱗で覆う。
炎の代わりに口から吐き出すのは液体。
それが、転がっていた魔物の死骸を溶解した。
触れるだけで、生きたまま身体を焼く強酸。
耐え難い苦痛を想像して、リオネルはゾッとした。
強酸を避けながらドラゴンを攻撃する。しかし、なかなか有効な一打を与えられない。
防御力の高い鱗には、シリルの魔法攻撃もリオネルの剣による斬撃も、効果が薄い。
(クッ……! どうする!?)
どう動くのが正解か。
今まで学園で習った知識や、騎士団の演習で学んだことを活かすのであれば、撤退あるのみ。
しかし――
リオネルは、一瞬、背後を確かめる。
シリルの張ったシールド。そこに守られるエリカの姿を認めて、唇を噛んだ。
ここで撤退して、果たして、彼女を守りきれるだろうか。
「ああ、クソッ!」
勝算の低い賭け。リオネルは舌打ちする。
なぜ、自分たちはこのような危険に晒されているのか。
追い詰められたリオネルの脳裏に、この場にいない人物が浮かんだ。
(……まさか、レジーナが?)
直前まで一緒に居たはずのレジーナ。その姿が今はない。
彼女はどこにいった? なぜ、彼女だけがいない? もしや、彼女が陥れたのか?
我々を、この窮地に――
「リオネル!」
「っ!?」
フリッツに名を呼ばれる。
意識の逸れていたリオネルの眼前に、ドラゴンの尾が迫る。既のところで、リオネルは飛び退いた。
地を揺らす衝撃音とともに叩き下ろされた尾。リオネルが斬りかかる。
(硬いっ!)
弾かれる刃。鱗一枚傷つけられない。
リオネルは背後に大きく跳躍し、ドラゴンから距離を取った。
フリッツがリオネルに近寄る。声を落として問うた。
「……いけると思うか?」
リオネルは答えられない。
フリッツが嘆息した。
「撤退しかない、か」
「しかし、それではエリカが……!」
反対するが、良案があるわけではない。
フリッツが厳しい表情で告げる。
「俺とアロイスが囮になる。お前とシリルはエリカを連れて逃げろ」
「それはっ!」
確かに、エリカを守る最善策。
だが、国の第二王位継承者を残しての撤退など、許されるわけがない。
ここで別れてしまえば、再び合流できる保証はなかった。
自分たちが今どこに居るかもわからない。
ドラゴンが目の前の一体とも限らないのだ。
「フリッツ! リオネル!」
アロイスの警告。
横なぎに払われたドラゴンの尾が目の前に迫る。
リオネルたちは、跳躍で避けた。
ドラゴンの尾は空振り、土壁を叩く。
エリカの居る場所のすれすれ。リオネルはヒヤリとした。
パラパラと崩れ落ちる壁に、シールドの中の彼女が悲鳴を上げた。
その怯え切った姿。リオネルは思い出す。
(……そうだ、決めたではないか。何を犠牲にしても、エリカだけは守り抜くと!)
覚悟を決めたリオネルは、フリッツを振り返る。
「申し訳ありません、殿下! 先に行きます!」
「おぅ!」
彼が答えた。その視線はドラゴンを見据えたまま。
彼が部屋の反対側へ駆け出すのを見て、リオネルも走り出す。エリカの元へ。
しかし、彼女の背後、奥の空間と繋がる通路から、何かが近づいてくる。
新たな魔物の出現か。
人とも魔物とも区別のつかぬ何かは、瞬きの間にリオネルの横を通り過ぎた。
(な、に……!?)
速すぎる。
リオネルは背後を振り返った。大剣を手にした何かが、大きく跳躍する。
大上段に構えた剣がドラゴンの頭部へ振り下ろされる。
「馬鹿なっ!?」
あれほど硬かったドラゴンの鱗。
それがまるで嘘のように、剣はドラゴンの頭部へ深々と突き刺さった。
『グギャァァァアアア!!』
断末魔の咆哮。巨体がグラリと揺れ、轟音を響かせて倒れ込む。
一連の光景を、リオネルは唖然と見守った。
(これは、一体、なにが……)
あっという間の出来事。
リオネルは、自分が目にしたものが信じられなかった。頭が追いつかない。
ただ、地に伏すドラゴンの亡骸を茫然と見下ろした。
「リオネル!」
名を呼ばれ、リオネルはハッとして振り返る。
「エリカッ!」
シールドを抜け出した彼女が、こちらへ向かってくる。
不安だったのだろう。
泣き出しそうな顔で一心に駆ける。
彼女を安心させるべく、リオネルは歩き出した。
その横を、巨大な影が通り過ぎ――
「キャアッ! いや、なにっ!? 離して! 離しなさいよ!」
「エリカ!?」
獣のような男がエリカを抱き上げた。
攫うつもりか。
リオネルは剣を手に走る。男へ肉薄し、その眼前に剣を突き付けた。
「彼女を下ろせ! 汚い手で触れるな!」
リオネルの怒声に、獣のような男はエリカを地へ下ろした。
どうやら言葉は理解するらしい。
地に足の着いた彼女は、真っすぐにリオネルの腕の中へ飛び込む。
「リオネル!」
「エリカ、大丈夫か? 怪我は?」
剣先を男へ向けたまま。リオネルは左手でエリカを抱き締めた。
目に涙を溜めたエリカが「大丈夫」と答える。
恐ろしい思いをさせてしまった。
リオネルは彼女を自身の背後に庇う。
フリッツとアロイスが、リオネルの隣に並んだ。
同じく剣を構えたまま、エリカを守るようにして。
フリッツが誰何する。
「……貴様、何者だ」
警戒も露わな問いにに、しかし、男は答えない。
やはり、言葉も解さぬ獣か。
リオネルは男を切り捨てるべきかと考える。
危険は排除しなければならない。
しかしそこに、聞きなじみのある声が響いた。
「……クロード、もう終わったの? そちらに行っても構わない?」
リオネルは驚き、声のした方を見る。
男が現れた通路の奥。
岩陰から人影が立ち上がり、こちらへ向かってくる。
驚きに、リオネルは叫んだ。
「レジーナっ!?」
人影がリオネルを見た。目が合う。意志ある赤の瞳。
ざらついた男の声が、彼女を止める。
「……来ては駄目だ」
「え?」
レジーナの足が止まった。
瞬間、リオネルの目の前から男が消えた。
消えたと思った男の姿は、次の瞬間、レジーナの前に立つ。
(な、んだ、今の動きはっ!?)
視認できない速さ。
確かに剣を向けていたはずの男に、あっさりと逃げられた。
リオネルの背筋を冷たいものが流れる。
男が、レジーナを横抱きに抱き上げた。先程、エリカにしたのと同じように。
「ちょっと!?」
彼女が抵抗する。
「また!? やめてって言っているでしょう! 自分で歩けるわ!」
暴れるレジーナ。
男が威圧するように、じっと彼女を見つめる。
彼女はギョッとした表情を浮かべ、直ぐに大人しくなった。
獣に抱かれ、抵抗を封じられた哀れな女。
その姿に、リオネルの胸が僅かに痛んだ。
男が、レジーナを抱えてこちらへ近づく。数メートル手前で足を止めた。
レジーナを救うべきか。
リオネルが迷う内に、彼女が口を開いた。
「足元に気を付けて」
言われて足元を見る。
周囲にいくつかの血だまりができていた。アシッドドラゴンの血。
これの何に「気をつける」のか。
リオネルの視線に、レジーナが素っ気なく答えた。
「アシッドドラゴンは血液まで強い酸性なんですって。危険だから、迂闊に歩き回らない方がいいわ」
「なにっ!?」
ハッとして、リオネルはエリカの足元を確かめる。
幸い、彼女の足元に血だまりはなく、血液の付着も見られなかった。
「だが」と、リオネルは思い至った事実に青ざめる。
先程、エリカは無防備にリオネルの元へ駆け寄ろうとした。
もし、何も知らずに血液を踏んでいたら――
「クロード、下ろして」
レジーナが言う。
「もういいでしょう? 踏まないよう、気を付けるから」
クロードと呼ばれた男が、彼女を地面へ下ろす。
両の足を地につけた彼女は、真っすぐにこちらを見た。
その姿に、リオネルはなぜか気圧される。
(……これは、本当にレジーナか?)
リオネルの知る彼女は、常に美しく装っていた。
それでいて、どこか鬱屈としており、「周囲全てが敵」と言わんばかりの刺々しさを持つ。
唯一の例外は、他でもないリオネル。
自分にだけは僅かながらも心を開いていた。そう思っていたのだが――
「皆さん、全員ご無事ということでよろしいかしら?」
今、目の前のレジーナが纏うのは裾の破けた砂だらけのドレス。
顔にも髪にも砂埃をかぶり、お世辞にも美しいとは言えない。
なのに、毅然としたレジーナの瞳に、リオネルは一瞬、言うべき言葉を失った。
彼女の姿に違和感を禁じ得ない。
それに―――
「クロード、本当に大丈夫だから。止めて、一人で立てるし、歩けるわ」
レジーナの背後に立つ男。
隙あらば手を貸そうとする男を、彼女はその手で押し留める。
拒絶され、男の手が所在なさげに彷徨った。
レジーナが呆れたと言わんばかりのため息をつく。
リオネルは、自分が目にするものが信じられなかった。
レジーナの柔らかな雰囲気、男に対する気安さ。
彼女が、自分以外の男に触れるなんて――
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