「聞いておくんなさいな、これはきっと面白いお話で在りますから。」
そう言って此方に身を乗り出した柳頭の男は、目の前の漆塗りの長椅子に腰を下ろしており、間を開けた膝の上の節ついた左手に握る扇子をたんと鳴らした。
少し不格好に眉を歪めた私とは対照的に、柳頭の男は見えぬ口元から 上品かぶり な笑い声を囁き零している。
「嗚呼、御屋敷主さまはたのしそうですね。」
男とは向かいのお揃い椅子に浅く腰かける私は、簡素で曖昧な拒否で返事を返した。
…何故こうも得体の知れない家に招かれなければならないのか?
そう心の中で悪態をつく私は、いつか彼の話から素早く立ち去る機会を伺っていた。
私が嫌がっていることは何より、ここに居る事で彼の纏う嫌に甘ったるい香水の匂いをしっかりと確認してしまうことである。それは自らの鼻腔を無理やり満たし、私の心に嫌なけだるい感じをしつこく絡みつかせてくる。長いことこの香水を嗅いでいると、脳髄がぐらぐらと揺れだし、脳漿が割れた頭蓋骨から零れていくような、そして最後には目眩む自らの体重の水溜に溺れてしまいそうな勢いである。
「うふふふ……」
そんな訳を知ってか知らずか、尚愉快げな彼はくすくすと笑い声を絶やさず、「よく解ってくださいました」 と言わんばかり更に私に近付いてきた。
「えぇ、愉快で仕方無い。」
「はぁ、それはなんと申しますか、結構…。」
私は正直、ここの時点で目眩がしていたのだ。それだと言うのに、なんとも言えないこの香り、例えば葬式を連想するような香(こう)の香り、それは腹の底を低くぴったりと這いずり回るようにして私の体に溜まってゆく。
「ふふふ……おや?何か、ついていらっしゃいますよ」
ふと、男は私にそう指摘した。柳頭の男は、その銀の糸のような柳の穂を揺らし、静かに息を挟む
そしてこう言い放つのだ
「___死相が。」
__その言葉の後の刹那、彼は私の顔に大きな掌を伸ばしてきた。
私の顔に伸ばすその手を思わずサッと叩き振り切れば、柳頭の男は 「おや、」と手を引きつつに持っていた扇子を開いて顔を隠しきってしまった。
あまりにも突然の事だった。それを差し引いたとしても尋常ではない動悸に、
「申し訳ありませんが、失礼します。」
急に静かになった男を部屋に残して、私は持っていた花束を持って駆け出した。
「………。」
1人残された部屋で、男は静かに扇の内側で微笑む。
「…私と一緒にあの世へ逝ってくれると言ったのは……誠では無かった様だ。」
横へ流す瞳は深く、また何かいとしいものを見るように優しいものであった。
「ふふ、………我ながら女々しいけれど、寂しいですね。」
男はゆらりと立ち上がる。そして、窓から何処か帰る場所があるように明確に道を辿る人間を見つめた。
「嗚呼、焦れったい」
ひたり、と玻璃に手をはって、再び静かに口を開く
「ずぅっと_____……貴方が私を思い出すまで、私の事を見てくれるまで__……」
貴方を、呪いましょう。
緩り、と目を細めた着物の男は、その場所にいなかった。
みなもにうかんだおとこのきもの