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「今日はその水色のドレスにしますわ」
アンナは水色のドレスを手に取ると笑顔を向ける。
「お嬢様、最近とても楽しそうですわ。私それがとても嬉しくて」
「アンナ……」
そうしてアンナは着替えを手伝いながら話し始める。
「私の父と母がこちらでお仕えして、早くに亡くなった時お嬢様が私を侍女にすると言い張ったと旦那様から聞いております。だからお嬢様にはとても恩義を感じているのですよ」
アリエルは驚いてアンナを見つめる。
「知っていましたの?! んもう! こうなるからお父様にはアンナに絶対に言わないでって言いましたのに!! 私はアンナに恩を売るつもりはありませんのよ?」
少しむくれているアリエルに、アンナはクスクスと笑った。
「わかっています。でも私は話していただいてよかったと思っています。もともとお嬢様には一生お仕えするつもりでしたけれど、その気持ちが一層強くなりましたから」
アリエルは改めてアンナに向き直る。
「アンナ、縛られることはありませんわ。もしものときは貴女は逃げてね?」
アリエルのその台詞にアンナは手を止めて一瞬目を丸くしたあと微笑んだ。
「私がお嬢様を見捨てることは絶対にありません」
「アンナ、ありがとう」
「ほら、お嬢様早くしないと時間に遅れてしまいますよ」
アンナにせかされアリエルは支度をすませると、アンナに向き直る。
「どうかしら?」
「とても素敵ですわ! バッチリですお嬢様」
そう言ってお互いに微笑んだ。
エントランスに行くとアラベルが立っていた。そして、アリエルに目を止めると微笑む。
「アリエルお姉様、お出かけですの?」
「そうですわ。いつものお散歩です」
すると、アラベルは改めてアリエルの着ているドレスを見つめる。
「あら、アリエルお姉様最近は少し私とも趣味が似てきたみたいですわ。でもそれを見せる相手がいらっしゃらないのは悲しいことですわね」
「別にそんなこと気にしてません」
「アリエルお姉様? 少しは気にしなくてはダメですわ。諦めるなんて早いですもの」
そう言うと少し考えている様子になり、いいことを閃いたとばかりに言った。
「今度、私が素敵な人を紹介しますわ! その方、長年連れ添った奥様を亡くされたとかで……年の差はあっても華やかなものが好きではないお姉様にはとてもお似合いだと思いますの」
アリエルは呆れてものも言えなかった。なぜならアラベルがまるで、アリエルと婚約してくれる相手がほとんどいないかのように話してきたからだ。
そのままなにも言わずに無言でアラベルを見つめていると、そんなアリエルを気にすることなくアラベルは話し続ける。
「えっと、その代わりと言っては何ですけれどオパール様とのお茶に私も連れていってくださる?」
アラベルはオパールに誘われると思っていたのに、まったく誘われないのが不満なのだろう。
「それはハイライン公爵令嬢に訊かなければわかりませんわ」
「本当ですの?! アリエルお姉様ありがとうございます! アリエルお姉様のお友達を奪うようなことをしてごめんなさい」
アリエルはアラベルのその言い方に、大きくため息をつくとアラベルを無視し屋敷をあとにした。
屋敷を出て少し歩いたところで、待たせていた王宮からの迎えの馬車に素早く乗り込む。と、間もなく馬車は王宮へ向かい走り始めた。今日はエルヴェに王宮の庭園に誘われていたからだ。
王宮の裏の小さな門の前に馬車を止めると、門兵がアリエルの顔を見て笑顔で頭を下げた。
「アリエルお嬢様、おかえりなさいませ。どうぞお通りください」
そう言って御者に合図すると、なんのチェックもなしにアリエルは中へ通される。門番はアリエルとアラベルの違いをわかっているようだった。
庭園に案内されしばらく歩くと、エルヴェが待っていた。
「殿下、お待たせしてしまったのではないですか? 大変申し訳ありません」
「いや、かまわない。私が待ち合わせ時間よりも早く来たのだから。それに、君を待っているこの時間も私は好きなんだ」
アリエルはエルヴェがいつもオーバーに言うのを不思議に思いながら、少し嬉しいようなふわふわした高揚感を覚え恥ずかしくて俯いた。
エルヴェはそんなアリエルをいつも黙って見つめてくるので、アリエルはしばらく顔をあげることができないのだった。そうしていると、エルヴェがそっとアリエルと手をつなぎ指を絡ませる。
それが二人の密会のいつもの始まり方になっていた。
「今日は温室の方へ行ってみよう。ちょうどポインセチアが赤く色づき始めたころなんだ」
アリエルはエルヴェの手をしっかり握り返すと頷いた。
温室内に入るとエルヴェの言ったとおりポインセチアが美しく赤に色づき、秋の訪れを告げていた。
赤いポインセチアの横にピンクや白のポインセチアがあり、アリエルはそれを見るのは初めてだったので目を奪われた。
少しかがんでピンク色の葉を見つめながらエルヴェに質問する。
「こんなポインセチア初めて見ましたわ。とても可愛らしい色合いですわね」
エルヴェはアリエルと同じようにかがんで葉を見つめて言った。
「それはねポインセチアを改良したもので『プリンセチア』というんだ。華やかでまるでプリンセスのようだろう?」
アリエルは頷きながら、こんなふうに王宮の庭園で植物のことを教えてもらうなんて、初めて会ったあの日のようだと思いながらエルヴェの方を見た。
すると、すぐ横でアリエルを見つめるエルヴェの視線とぶつかり顔を赤くして視線を逸らした。
「は、はい。そうですわね……」
アリエルがなんとかそう答えると、エルヴェは体を起こしてアリエルの手の甲にキスをすると言った。
「向こうにテーブルがある。少し休もうか」
アリエルも体を起こすと、恥ずかしくてエルヴェの顔を見れずにそのまま頷いた。
テーブルについて出された紅茶を飲んでいると、エルヴェが質問した。
「そういえばロングピークに行かないようオパールに言ってくれたのは君だそうだね」
そう言われ、ロングピークで土砂災害があるのでオパールに行き先を変えるように言ったことを思い出した。
「あまり覚えてはいませんが、そのように言ったかもしれませんわ」
「いや、君はオパールにそう言ったのだ。そのお陰でオパールは命を救われた。やはり土砂崩れはおきてハイライン公爵の別荘は被害にあったんだ。ロングピークに行っていたらオパールたちはどうなっていたか……。君はオパールたちの命の恩人だ」
「それは偶然ですわ。私が助けたわけではありません」
エルヴェはアリエルの手を両手で包んだ。
「そうだとしても、だ。ありがとうアリエル。オパールは私の妹のようなものだからね。ヴィルヘルムも命を救われた。君に感謝してもしきれないだろうな」
「そうでしょうか?」
「そうだ。ハイライン公爵も君に感謝を述べていた。下手すれば自分の子どもたちを二人とも失うところだったのだから当然のことだろうな」
アリエルは少し考えてから答える。
「でも、本当に偶然のことですから感謝されるようなことではありませんわ」
「いや、偶然だとしても救われた命があるのは事実だ。君は胸を張っていいと思う。だが、私はそのように謙遜する君もとても好ましく思う。まぁ、私は君がなにを言っても、なにをしようともすべてを愛らしく感じるのだろうが」