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――佐藤美咲の視点――
「陽翔くん、ほんとに優しいよね」
何度、そう思っただろう。
付き合い始めてからの陽翔くんは、どこまでも自然体で、どこまでも真っ直ぐだった。
記念日にはちょっと照れながらプレゼントをくれて、テスト前には「一緒に勉強しよう」って声をかけてくれて、
私がちょっと落ち込んだときには、誰よりも先に気づいてくれた。
――陽翔くんといると、安心する。
それは確かだった。
でも、ふとした瞬間、心のどこかが“ざわつく”ことがあった。
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たとえば、廊下で拓海とすれ違ったとき。
「よう、拓海ー!ちゃんと課題出したー?」
「……うっさい、今から出すところだし」
そんな他愛ない会話を交わすだけで、胸の奥が“ぎゅっ”となる。
懐かしい、だけど、どこか切ない。
陽翔くんと付き合うようになってからも、拓海とは変わらず話してた。
幼馴染だし、親友だし、家も近所だし。
だけど――
私の中で、拓海との距離感が少しだけ“わからなく”なってきていた。
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中学のころ。
私は、毎日拓海と一緒に登下校して、部活帰りにアイス食べて、試験前にノートを見せ合ってた。
あの時間が、“当たり前”すぎて。
それが“特別”だなんて、一度も思ったことがなかった。
でも、陽翔くんと付き合って初めて気づいた。
私は、拓海の隣でいるときが一番、自然体だった。
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陽翔くんに嘘はない。
彼と過ごす時間も、全部大事。
だけど、どこかで私は、「彼女でいなきゃ」って、頑張りすぎている自分に気づいてしまった。
女の子らしくしなきゃ。
笑顔でいなきゃ。
かわいいって思ってもらわなきゃ――
そんなふうに“恋人らしく”あろうとするたびに、
拓海の前ではそんな気持ち、一度もなかったなって、思い出す。
「……私、ずるいな」
そう思った夜がある。
陽翔くんと電話して、「おやすみ」って言ったあと、涙がこぼれた。
「好き」って、なんだろう。
安心する気持ち?
ドキドキする感情?
隣にいたくなる衝動?
私はずっと、“恋”って感情を信じてきた。
だからこそ、陽翔くんの気持ちを「ありがとう」って受け取った。
でも今、私が想っているのは――
「もし、陽翔くんじゃなくて、拓海だったら――」
そんな“もし”を想像してしまう自分がいる。
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ある日、放課後。
偶然、拓海とふたりで帰ることになった。
陽翔くんが急に委員会の仕事で遅くなって、私だけが先に帰ることになって、
たまたま下駄箱でばったり会った拓海と、なんとなく一緒に歩き出した。
「最近、どう?陽翔とは」
拓海がふと、そんなふうに聞いてきた。
「うん、まぁ……普通に、楽しいよ」
答えたあと、すぐに後悔した。
“普通”って、どういう意味だろう。
拓海はそれ以上聞かなかった。
でも、ふたりの間に、どこか微妙な空気が流れていた。
「拓海ってさ、昔から変わらないよね」
私がそう言うと、彼は少しだけ困ったように笑った。
「そりゃ、変われないよ。美咲が近くにいたら、変われないよ」
その言葉の意味を、私はうまく受け止められなかった。
だけど、心のどこかが、強く、揺れた。
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陽翔くんのこと、嫌いになったわけじゃない。
でも、私の心はもう、まっすぐじゃない。
“誰かの好き”に応えたかった。
でも、“自分の好き”を見ないふりするのは、もうやめたい。
陽翔くんに、ちゃんと向き合わなきゃ。
そして、自分の本当の気持ちにも。
恋に真っ直ぐでいたかった。
だからこそ――私は、嘘をつきたくない。
本当の“好き”が、まだ私の中にあるなら。
それが誰に向いているのか、もう目をそらさない。