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そら
1,248
夕刻───
調査兵団の帰還報告は、
瞬く間に壁内へと広がっていった。
出立からさほど時間も経たぬ中での帰還。
その報せに対する人々の反応は様々だった。
「何の成果も得られなかったのだろう」と兵団を蔑む者。
兵士として遠征に赴いた家族の帰還を安堵する者。
戦場で何があったのかと、不安を口にする者。
様々な意見が上がるも、
やはりその大半を占めるのは──
戦場の惨状を知らぬ者たちからの
非難の声だった。
━━━
一方その頃
調査兵団一行は、巨大樹の森から離れた地点で馬を休め、残りの帰路につく準備を整えていた
兵士たちの顔は暗く、
必要以上の会話も聞こえない。
皆は黙々と回収できた死体を整理し、
荷馬車に積んでいた。
つい数刻前まで共に戦っていた仲間たち。
遠征の度に、その命は零れ落ちていく。
声を殺して泣く者。
悔しさを押し込め、俯く者。
兵士たちの悲しみの形も様々だった。
そんな中 レイとリヴァイは、
“彼ら”の遺体の傍に立っていた。
レイは落ち着いていて取り乱した様子もなく、
すっかりいつもの彼女に戻っている。
しかし やはり家族や仲間を失った傷は癒えず、
4人の遺体を見る目は、苦悶の色を帯びていた。
そしてそれは、リヴァイも同じだった。
ふとリヴァイがしゃがみ、口を開く。
「調子はどうだ」
レイは大きく深呼吸し、目を閉じて答える。
「もう、大丈夫です。問題ありません。」
「そうか」
短い言葉を交わし、
2人は並んでしゃがみ込む。
「兵長。先程は己の感情に呑まれ、誤った判断で行動してしまいました。申し訳ございません。」
レイは視線を落とし、先の戦いにて
命令に背き行動を起こした事を詫びた。
彼は少し考えるようにした後、話を始める。
「俺は誤った判断だとは思っていない。」
「え……」
彼女は驚いたように目を見開く。
「あのガキにも言ったが、
どの選択が正しいかは俺にも分からない。」
「ただ、お前が自分の命も顧みずに行動する事を、こいつらや俺は望んでねぇ」
リヴァイは遺体へと視線を落とす。
「お前がこいつらに死んでほしくなかったように、こいつらもお前には死んでほしくないはずだ。」
リヴァイはレイを見つめ、続ける。
「俺は、お前を止めて帰還する。それが最善だと判断し選択した。」
「お前が間違った判断をしたんじゃねぇ。
俺は、俺が正しいと思った選択をしただけだ。」
一瞬、沈黙が走る
「……まぁ、死に急ぐ事だけは控えろ。」
「俺との約束を忘れた訳じゃないだろう?」
リヴァイは視線を戻し、問いかけた。
彼女は一呼吸おき、答える。
「……はい、忘れてません。」
「ならいい」
会話が途切れ、レイはふと彼の手元に目を向ける。
「ところで兵長、先程から一体何を?」
特別作戦班員の遺体が包まれた布を捲り、黙々と手を動かすリヴァイに、彼女は尋ねる。
「こいつらの “生きた証” を持って帰る」
そう言いながら、
兵服の紋章を切り取り懐へ収めた。
「壁内に戻るまでは、何が起こるか分からねぇからな。今のうちに確保しておく。」
エルド・グンタ・オルオ──
順々に紋章を回収していき、最後にペトラの布をめくる。
「……あ?」
眉をひそめるリヴァイ。
彼の視線の先には、
既に切り取られた跡のある兵服。
「……すみません、ペトラのだけは私が咄嗟に回収してしまいました。他の皆の分は女型の相手が終わった後にと思い……」
レイはそう言い、自身の胸ポケットから、
ペトラの物だと思われる紋章を取り出す。
2人は何の示し合わせもなく、お互いが同じ方法で、仲間の生きた証を確保していた。
リヴァイはわずかに口元を緩め、
彼女の肩に手を置いた。
「お前や俺の中で、こいつらは生き続ける」
「だから俺たちは生きて、お前たちの命・意思は無駄じゃなかったと証明し続けなきゃならねぇ」
リヴァイは、
エルド達の方を見つめながら言った。
そしてレイも彼らを見つめ、静かに口を開いた
「はい」
「私は生きて、兵長や彼らとの約束を守ります」
「あぁ」
彼女の決意を聞き、
リヴァイはその言葉を受け止めるように頷いた
そして2人は立ち上がり、
エルヴィンの元へ向かった───
━━━
4人の遺体から少し離れた所で、兵士から報告を受けているエルヴィンが居た。
しかし その報告後、近くに居た他の兵士が声を荒あげ、口論する様子が見えた。
「……何か言い争っているようですね」
「そのようだな」
まだ少し距離があるからか、声が上手く聞き取れず、レイは耳を凝らす。
その言葉を聞いた瞬間、彼女は表情を曇らせる
取り乱す兵士から聞こえた言葉───
「巨人が襲ってきたら、倒せば良いではありませんか!」
「あいつは同郷で、幼なじみなんです。」
「あいつの家族も知っています!
せめて連れて帰ってやりたいんです……!」
長い時間を共にしてきた友人を失った挙句、
付近に巨人が居て遺体を回収出来なかったのだろう。
2人の兵士は、悲痛な声でエルヴィンに訴え続けていた。
すると、レイの隣を歩いていたリヴァイが少し前に出て、声を掛ける。
「ガキの喧嘩か?」
「死亡を確認したなら、それで充分だろう?」
「遺体があろうがなかろうが、死亡は死亡だ。
何も変わるところはない。」
リヴァイの冷静な言葉を聞き、2人の兵士は愕然とした表情を浮かべた。
「行方不明として処理する。」
「これは決定事項だ、諦めろ。」
そんな2人に追い打ちをかけるように、エルヴィンも冷たく言い放った。
そして、エルヴィンとリヴァイは足を進め、
撤退の準備へと向かった。
一瞬沈黙が走るが、
それを破るように1人の兵士が叫ぶ。
「おふたりには、人間らしい気持ちというものがないのですか!?」
その声に2人は微動だにせず、
静かにその場を去った。
レイはいたたまれない表情を浮かべながらも、すぐに気持ちを切り替え、リヴァイの後を追い進み始めた。
しかしそんな彼女にも、兵士の悲痛な叫びは投げつけられる。
「あ……貴方も、何とか言ってくださいよ!!」
「なんで皆、人を失ってそんなに冷静で居られるんですか!?」
彼女はその叫びを背中で受け、
そして小さく呟いた。
「……分かるよ」
(……私だって、きっとペトラの遺体を回収出来なかったら、冷静じゃ居られなかった。)
レイは拳を固く握り締め、
足早に撤退へと向かった。
そして数分が経過した頃、エルヴィンの号令を合図に、一斉に馬が駆け始めた───
━━━
撤退開始から数刻──
「巨人だ!!」
その声は突然だった。
後方から赤い煙弾が打ち上げられ、
調査兵団全体に緊張が走る。
「全速で移動!!」
エルヴィンの号令と共に、
全体の移動速度が上がる。
「大きな木も見えなければ、建物も見えない」
「思うように戦えないな。」
リヴァイがエルヴィンの隣で、
馬を走らせながら呟く。
「壁まで逃げ切る方が早い」
エルヴィンの判断を聞き、
リヴァイは舌打ちをしながら後退する。
「おい、レイ」
「はい」
「着いてこい、後方の様子を見に行く」
「了解」
2人は馬を減速させ、急ぎ後列の所まで下がる
後列に行くと、1匹の巨人は先程の2人の兵士を襲っており、もう1匹は荷馬車を追いかけていた。
(あの2人……)
(なるほど、仲間の遺体を持ち帰ろうとしたのね。)
レイは状況を素早く把握し、
同時にリヴァイに声をかける。
「兵長、私は後方の2人の援護に行きます。」
「は……?」
「エルヴィンの指示が聞こえなかったのか?」
レイの申し出に、リヴァイの眉間に皺が寄る
「あくまで援護をするだけです。不要な戦闘は避け、あの2人を生還させます。」
「絶対に死にません、帰ってくると約束します」
彼女の目は、彼を真っ直ぐに見つめた。
リヴァイは一瞬悩み、告げる。
「……分かった、行け」
「ただ……」
「ありがとうございます」
彼の声を遮るように、レイが返事をする。
「兵長、覚悟ならもう 出来ていますから」
そして彼女は少し微笑み、
力強く頷いて更に馬を後退させた。
レイが後退して数秒後、
背後から兵士の叫び声が聞こえる。
後ろを振り返ると、
1人の兵士が巨人に捕まってしまっていた。
(立体物のない場所で、正面からうなじを切るのは不可能。そして背後に回る時間はない。)
レイは即座に判断し、立体機動へ。
巨人の身体にアンカーを突き刺し加速。
仲間を助けようとしたもう1人を追い抜き、素早く巨人の顎の筋肉・手首を切り裂く。
その瞬間、捕まった1人が何とか窮地を脱した。
しかし、巨人はもう片方の手で助けに来た仲間を鷲掴みにし、口に運ぶ。
(まずい……平地だからすぐに軌道修正することが出来ない)
(このままじゃ、食われる……!)
焦る彼女の視界に、1人の兵士の影。
その兵士は巨人のうなじへ一直線に向かい、
的確な刀さばきで巨人を一撃で仕留める。
「……さすがね」
レイは目に映った兵士を見て、
感嘆したように微笑み、呟く。
彼女の目線の先にいたのは、
“ミカサ・アッカーマン” だった。
━━━
一方その頃───
「ダメだ!!追いつかれる!!!」
荷馬車を狙う巨人は、着々と距離を縮め、
あと少しで手が届く所まで迫っていた。
「俺があいつの後ろに回る!
ひとまず気を逸らして、その隙にお前は……」
荷馬車に乗る兵士2人が声を掛け合う。
しかし──
「やめておけ」
その言葉を遮るように、
リヴァイが制止し、続ける。
「それより遺体を捨てろ、追いつかれる。」
「し、しかし……!!」
彼の提案に、1人の兵士は否定の姿勢を見せる
「遺体を持ち帰れなかった連中は、過去にごまんといた。そいつらだけが特別な訳じゃない。」
兵士は息を呑み、激しく葛藤した。
「やるんですか…!本当に、やるんですか!?」
もう1人の兵士が、遺体に縋り付くようにしながら決断を迫る。
迷っている間も、
刻一刻と巨人は荷馬車に近づいている。
リヴァイはその様子を見ながら、
ふいに自身の足に目をやった。
激しい痛みが走る。
「……クソッ」
そう、彼は足に怪我を負っていた。
レイも誰も気づいていない。
女型からレイを守り引き返す際、
木枝を強く踏み切って加速した。
しかしその時、体勢が万全ではなく、
その勢いのまま挫いてしまったのだ。
(俺が万全の状態なら、この巨人を殺せたが……この足では無理か、)
この状況で何も出来ない自分を悔いる。
(レイを守った事を後悔はしてねぇ、ただあの時俺がバランスを崩さなければ……)
選択を迫られた兵士の呼吸は浅くなる。
だが、覚悟を決めたように拳を強く握り
「やるしかないだろ……!!」
その声と同時に、荷馬車の開閉口が開く。
2人の兵士は涙を浮かべながらも、
次々に遺体を投げ出す。
もちろんその中には、レイの家族 “ペトラ” や一緒に戦ってきたエルド達の姿もあった。
この4人だけではない、今捨てられているのは、他の誰かにとっての大切な人だ──
やがて全ての遺体を捨て終えると、馬は更に加速し、巨人との距離は空いていった。
リヴァイは捨てられた遺体を見つめながら、
やるせない気持ちを必死に押さえ込む。
そしてその様子は、
後方で戦っていたレイの目にも入っていた。
(覚悟はしていた。それでもこれは……辛い)
「もうどれが貴方の遺体か分からないよ、ペトラ」
そう小さく呟き、
抑えていたはずの涙が、一粒だけ頬を伝った。
(本当は、皆の遺体を家族の方々へ持って帰ってあげたかった。)
(そしてその上で、立派に戦い抜いて、人類の大義の為に命を捧げたのだと伝えたかった。)
その行いが叶わぬと認識した瞬間、
感情を抑える事が出来なかった。
だが、彼女には先輩としての勤めが残っている
負傷した2人の兵士とミカサを、兵団の隊列まで率いて、送り届けなければならない。
レイはグッと涙を堪え、大きく息を吐いた。
そしてマントを翻し、3人に声をかける。
「みんな動揺しているだろうけど、とにかく今は生き残る事に集中して。」
「今から私を先頭、そしてミカサを1番後ろに配置して隊列に戻る。」
「巨人との戦闘はできる限り控えて、距離を取りながら最短距離で行く。絶対に私から離れないで。何かあったら私が対処する。」
3人は頷き、これ以上巨人が寄り付かないよう、急ぎ馬を走らせた───
━━━
「位置の確認が出来次第、すぐに出発だ」
「警戒を怠るな!!」
伝令兵が各班へ伝達を行う。
日は傾き、空はうっすらと赤く染っていた。
周りが忙しなく動く中で、今回の騒動を引き起こした2人の兵士は立ち尽くしていた。
そこに、リヴァイとレイがやってきた。
リヴァイは馬から降り、
おもむろに懐へ手を入れ、何かを探す。
その間、1人の兵士が口を開く。
「リヴァイ兵長……自分は……」
この事態を引き起こした責任を感じているのだろう。
2人の表情は暗く、地面へ目線を落とした。
そこにリヴァイが歩み寄り、
兵士と目を合わせる。
「これが奴らの “生きた証” だ」
「……俺にとってはな」
そう言い、兵士の胸元へ何かを押し付けた。
「……っ!!」
2人は受け取った物を見て、目を見開いた。
そこにあったのは───
調査兵団の紋章
「イヴァン……お前たちの幼なじみの物だ」
受け取った兵士の手は震え、
2人の目には溢れんばかりの涙が浮かんだ。
「……兵長」
嗚咽混じりの震えた声で、彼の名を呼ぶ。
その様子を静かに見ると、
リヴァイは馬に跨り、その場を離れた。
残っていたレイも2人にそっと声を掛ける。
「死んだ仲間たちはもう帰ってこない。けれど、貴方たちまで死んでしまったら、イヴァンの存在を思い出して、その意志を繋ぐ人も居なくなってしまう。」
「彼らの意志を紡ぎ、その命に見合う成果を得る事ができるのは、生者である私たちだけ。」
「生者を増やす為、必要以上の犠牲を出さない為に、最善の行動を取る。これが私たちにできること。」
2人の兵士は涙ぐみながら目線を落とし、
バツが悪そうに立ち尽くす。
そんな2人の肩に、レイは手を置いた。
「そしてこの生者には、貴方たちも含まれる。」
「仲間の意思に報いたい気持ち、危険を犯してでも仲間の遺体を持ち帰りたい気持ち。」
「全部、分かる」
彼女は冷静に話し続けるが、
その声は微かに震えていた。
「それでも、自分の命を無下にしてはいけない」
「私たちは生きて、
彼らの死に意味を持たせる責任がある。」
2人の目からはさらに涙が溢れ、
固く拳を握り告げた。
「お、俺たちは……生きる。そして、イヴァンや他の仲間たちに胸を張って、これだけの成果を得られたぞって……伝える。」
「……うん、一緒に頑張ろう。」
3人の背中を、
穏やかな夕日が包み込むように照らす。
そして───
「出発するぞ!!!」
伝令兵の声が響き、再度帰還を開始した。
作戦は失敗。
多大なる犠牲を払った調査兵団。
残された生存者たちはみな、
暗い面持ちで戦場を後にした。
しかしその中には、意志を強く固め、
希望を持ち次回を見つめる者も、確かにいる。
生き残った者たちは、それぞれの想いを胸に、
前へと進み続ける。
壁へと向かって───