テラーノベル
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遠ざかる足音を聞きながら顔を上げる。
肉親から冷たい言葉を言われるのは辛い。でも、私にだってささやかな夢がある。十八になったらこの家を出て行くつもりだ。
それを目標に頑張って来た。
「片付けも終わったから早く蔵に戻ろう。大人しくしていれば、杜若様にいきなり倒されることなんて多分、ないはずだから」
お膳を持って台所を出て、磨き抜かれた広くて長い廊下の端を早足で移動する。
横に見える中庭のイロハモミジの緑に白い水仙、桃色のハマナスなどが、植えられた立派な日本庭園の向こう側。
広間へと向かう廊下に中庭の花よりも目立つ、朱色の振袖に袖通して着飾った姉がいた。
姉の白い髪が朱色の着物によく映える。
その隣にいるお母様。身に付けている銀刺繍の着物も綺麗。
そして鮮やかな着物を着た、お付きの人達がしずしずと歩いていた。
まるでお花の行列みたいだ。
「……そうよね。今日は杜若様とお姉様のお見合いの日だもんね」
どうせこちらを見ても居ないだろうけど、難癖をあとから付けられても嫌だと思い。いつもと変わらず。言いつけ通りに、お膳を置いて。その場に手を付いて頭を下げた。
向こう側の廊下から明るい声が聞こえた。
「円、綺麗よ」
「これで雪華家は安泰」
「杜若様もきっと、お喜びになるでしょう」
雪華家長女。浄化の能力が誰よりも強い円お姉様と、妖を祓う帝都の最強の|剣《つるぎ》、杜若鷹夜様。
私などにはわからないが、これは帝都を守る為の決められた婚約なのだとか。
「私には天敵二人が結婚するようなものかな」
蟻の囁きよりも小さな声で、廊下の床に呟く。
そんな私の独り言は廊下の向こう側、姉の自信に満ちた声によってすぐに消えた。
「私と杜若様。私達が手を取り合うことで帝都の守護はより強固なものになるでしょう。あの|古《いにしえ》の大妖、土蜘蛛も九尾の狐も怖いものも何もありませんわ」
まぁ、とまた明るい笑い声が起こるが、九尾の狐と聞いてしまい。思わず顔を上げてしまった。
しまったと思った。
顔を上げてしまった私を姉は目ざとく、こちらに気が付いたようで、その場にぴたりと立ち止まる。
向こう側から見つめる姉の表情は、すぐに侮蔑の色に染まる。私は睨まれて体を萎縮させてしまった。
その間に姉は隣に居る、お母様ににこそっと耳打ちをする。
その瞬間にお母様の顔からも微笑みが消えた。
庭越しにお母様と視線が交じると睨まれ「環っ。そこで何をしているのです。早く、蔵に行きなさいっ!」と鋭い声を飛ばされてしまう。
その後ろで悠然と微笑む姉達に気持ちがざらつくが、いつものことだ。
気にしたら負け。
そう思ってすぐにお膳を持って、目深に被った頭巾で視界の悪いなか、その場から逃げるように離れの蔵へと向かったのだった。
母屋の裏口から出て。古い下駄に履き替えて、かこんと音を鳴らしながら私は蔵へと向かっていた。
ここまで誰一人とすれ違ってない。
きっと皆は大広間や正面玄関に集まって、杜若様をお出迎えする準備をしているのだろう。
「人に会わないのは、私にはありがたいことだけどね」
使用人の皆様ですら、私を見ると煙たがる。
一年中真っ黒の頭巾を被って、幼少のころ妖に襲われて以来、浄化の力は無くして髪も心労から変化したという。両親の触れ込みがある。
昔と変わらず接してくれるのは、ばあやぐらい。
そのことに気持ちが暗くなってしまいそうになるけど、今日はそのばあやがくれた、おまんじゅうがある。
「それに今日は天気がいいから……蔵の中じゃなくて、蔵の横でご飯食べようかな」
蔵に明かりを灯す蝋燭の節約をしたい。
毎月少ないお賃金から蝋燭を買っているのだ。
そこから雀の涙ほどの貯金もしている。
自分で炎を出せば蔵の中が明るくなるかもと、何度も考えたけど。前世がバレては元も子もない。
「炎がもし、ちゃんと使えたら節約出来るかもしれないのに。昔の私は贅沢三昧だったなんて、ほんとかなぁ。それともこれは前世のツケなのかな。はぁ」
そんなことを言いつつ、前世の記憶はぼんやりとしていた。
まるで起きたら内容のことは、忘れている夢のよう。なのに心には夢の余韻ばかりが積もるのだ。
書物で残っている記録の方が、よっぽど詳しく前世の私のことを書いていたぐらい。
今言った言葉も本で聞き齧って、知ったことを言ったまでだ。
とりあえず今日は明るいお日様のしたで、食事をしよう。
それぐらいの小さな贅沢は許して欲しい。
そんなふうに思いながら庭の端にある、どっしりとしている蔵の横。腰を掛けても問題無さそうな木箱の上に腰を下ろして──頭巾も取った。
ばさりと頭をふると長髪の金髪がはらりと溢れる。胸元に髪が落ちて、さらりと揺れる。
実は髪を短く何度切っても、朝起きたら髪の毛は腰の長さまで勝手に伸びていた。
最初はとても驚いた。でも、我ながらこの金髪だけは凄く綺麗だと思ってしまったから、長髪のままでいいやと思った。
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