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「あの……滞在先が変更になった理由って聞いてもいいですか?」
「なんで? あの部屋じゃ嫌なのか。確かに少し狭いかもしれないけど……」
「いやいやいや……お部屋に不満なんてありません!! 広過ぎだし、豪華過ぎ。俺が使うのはもったいないくらいだよ。ただ、どうしてだろうって気になったの」
あのマンションは時雨の持ち物だと聞いた。あまり使っていないらしいが……
空いている部屋があるのなら、わざわざホテルを取る必要はないと考え直したのかもしれないな。それにしたって急過ぎだけど。
「時雨様……遅かれ早かれ河合様も知ることになります。外野から聞かせられるよりは、貴方の口から直接お話しになった方がよろしいかと存じます」
「……そうだな。根も葉もないことまで言われちゃたまらない。透に誤解されたら困る」
時雨と美作は俺の問い掛けに対してどう答えるかを相談している。宿泊先を変えたことにそんな複雑な事情があるとは考えてもいなかった。
「一番の理由は透の身の安全を守るためだよ」
「俺の?」
「昨日、学苑で起こった騒動のせいです。もう二度と河合様を巻き込むことがないようにと……宿泊先を変えたのは対策のひとつでございます」
「ホテルよりも僕の管理下にあるマンションの方が安全だからね。相手が魔道士なら尚のことさ」
昨日の騒動というと、高ランク幻獣に襲われたことだな。俺自身はおろおろするばかりでなんの役にも立っていなかったけど……
真昼と小夜子から断片的に聞いた情報から、あのスティースは俺を狙っていたらしい。理由については全く心当たりがない。今ならその辺りの事情も教えて貰えるだろうか。
「あのさ、千鶴さんって人についても教えてくれる? 真昼と小夜子が昨日のスティースと契約してる魔道士はその人だって言ってたんだよ。俺、知らないうちに怒らせるようなことをしたのかな」
俺が『千鶴』の名前を出した瞬間、時雨はあからさまに嫌そうな顔をした。彼らがどういう関係なのかは知らないけど、仲が悪そうだというのは会話の様子からも察していた。
「真澄……あの女についての基本情報を透に教えてあげて。敵のことをある程度知ってなきゃ警戒心も芽生えづらいからね」
「敵って……」
時雨の態度に美作は苦笑いを浮かべている。でも『敵』という言葉を否定はしない。美作の基準でも『千鶴』は油断ならない人物ということなのだ。見ず知らずの俺に対してスティースを差し向けるくらいだもんな。当然か。
「千鶴様……『香原千鶴』という女性は、時雨様の父方の従兄妹にあたる方です」
「いとこ!? 思いっきり身内じゃん」
「そうなんです……困ったことに」
「僕はあんな女、身内だと思ってないよ」
なんと、千鶴は時雨の親族だった。時雨は認めていないと言い張っている。ゴネても血筋は変えられないだろうに。どんだけ嫌いなんだよ。
更に詳しく聞いていくと、千鶴は時雨の父親の弟……叔父の娘なのだそうだ。歳は時雨よりもふたつほど下で25歳。
「時雨さんの従兄妹がどうして俺を……」
「あいつの考えることなんて理解できなくて当然。透は何も悪くないし、気にしなくていいよ」
『お前は悪くない』……この件において皆が口を揃えてそう言ってくれるが、それでもやはり理由を知りたいと思う。こちらに非が無いとはいえ、気にするなというのは難しい。そんな俺の心情を汲み取ってくれたのか、美作が答えを教えてくれた。
「千鶴様は時雨様のことがお好きなんですよ。それはもう病的と言っていいくらい」
「真澄!! 余計なことは伝えなくていい」
「私は余計なことだとは思いません。むしろ千鶴様を語る上で欠かせないでしょう。昨日の事件だってそれが原因なんですから……」
「はっ? えっと、ちょっと待って。好きって……恋愛的な意味でなの」
「はい」
「従兄妹同士だよね?」
「法律上でも従兄妹は結婚できますからね……」
「だから真澄!!!! おぞましいこと言うんじゃないよ。あの女と結婚するくらいなら僕は一生独り身でいい」
「いや、でもさ。なんで千鶴さんが時雨さんの事を好きだと俺を襲うことになるわけ!? 意味が分かんないよ」
時雨と美作はふたり揃って大きな溜息をついた。時雨は千鶴のことを嫌っている風なのに、相手の方は真逆で熱烈な好意を抱いているのだという。俺が襲われたのは、その千鶴が時雨に対して抱く感情を拗らせた結果なのだそうだ。
「昨日、時雨様は学苑で行われた会議に出席しておられました。普段はあまりこういったものには参加されないのですが、議題の中にもうじき行われる特待試験についての項目があったのです。そのため時雨様は榛名さんと…….もうひとり親しい講師と共に会議に臨んだのです」
「あの女……千鶴はどこからかその情報を嗅ぎつけてきてね。会議に乱入したかと思ったら、俺たちを無理やり食事に連れて行こうとしたりとやりたい放題だったんだよ。いい歳した大人がみっともないったらなかったね」
「へー……そうなんだ。なんか大変だったんだね」
会議でトラブルが起きたっぽいことは知ってたけど……ふたりがデカいため息を吐いても仕方ないといえる。どうやら千鶴はかなり身勝手な性格らしい。
「私が聞いたところによると、時雨様も千鶴様に負けないくらいの大立ち回りをやらかしたそうですが……」
「僕のことはいいんだよ。ああいう手合いにははっきり言わないと分からないんだから。あの場で千鶴にガツンとした態度取れるの僕だけだったんだよ」
千鶴は時雨の友人共々を食事に誘ったのだが、時雨は俺との先約を理由に断ったのだという。そのせいで千鶴は激昂し、怒りの矛先が俺に向かうことになった。これが俺が襲われた理由。ただの逆恨み……マジで俺一個も悪くないじゃん。
「俺のことは気にしないで食事くらい行ってあげれば良かったのに。榛名先生とかも一緒なら2人きりじゃなかったんでしょ?」
「なんで僕らがあの女のワガママに従わなきゃならないんだよ。透との約束がなかったとしても御免だね」
時雨が怒ってる。そんなに嫌なんだな。俺はまだ千鶴に会ったことがないし、あまり無責任なことは言わない方が良さそうだな。大人の色恋沙汰に子供が首を突っ込むべきじゃないのだ。