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かぴばら
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目的のある日々を過ごすというのは、随分と時間の進みが早い。
フランスに招待された日から早三日。
一通りこの国の観光を終えた旅の終盤に、自分は人気の少ない道をバスに揺られていた。
数個前の停車場で大半が降りて、もう車内には5、6人しか人が乗っていない。
次にバスが停まった時、見慣れない街並みに降り立った。
「街より肌寒いですね…」
この国の地理と冬の初めとが合わさって、微かにモノクルが結露した。
折り目のついたペーパーナプキンを片手に、彼のアトリエを探し始める。
いつもより軽快に足が進んだ。
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しばらく歩くと、築二、三十年は経っていそうな少し古めかしいフラットに辿り着いた。
記された番地と表札とを見比べて、間違っていないか何度も確認する。
〝France〟
おそらく彼の綴りだろうと、書かれたドアをノックすると、しばらくして中から作業着のようなオーバーオールを着たフランスが姿を見せた。
「待ってたよ画商さん。数日ぶりだね」
「一日千秋の思いでしたよ。お招きありがとうございます。」
「整頓とは程遠いんだけど…どうぞ入って」
ハットを横に抱えて、中へと進む。
いざ足を踏み入れてみるとフランスの家…基アトリエは、落ち着きのある薄暗さで古びた木目の床のそこかしこに絵の具の跡が刻まれていた。
彼の言う通り、邪魔にならない程度だが物が散乱していて、特に無数のデッサンと積み重なったキャンバスが印象的だ。
そんな中、薄く光の差し込む壁に飾られている一つの絵に目が留まった。
あの広場の風景に、人ではなく動きを重視して描いたような流れのある人物。
【スポットライト】と題されているそれは、間違いなく、あの時自分が惹かれた絵だった
「やっぱりその絵が好きなの?」
言われて、ハッと絵から意識を逸らす。
「これは、あのとき貴方が描いていた…」
「うん。良いよねぇ、これ。僕の中でも一番に近いぐらいお気に入り」
「私もその絵に惹かれましたから。でもどうして、背景と踊り子とがそんなにバラバラなんです?」
「背景はこんなにも写実的なのに対して、踊り子…というかこの踊りはすごく抽象的というか」
「まるでセザンヌやピカソを彷彿とさせるようなキュビズムの描き方だ」
自分の中で、ずっと不思議だったこの構図。
彼に惹かれた真髄とも言えるこの絵のことを、彼のことをもっと知りたい。
私は彼をもっと好きになれるのだから。
「あははっ、安定しないよね」
「でも理由はあるよ。」
「その絵の描き方が安定してないのは…例えば、人がなんのきなしに写真を撮るのと似てると思ってる」
写真を撮る時に、特定の題材を撮りたいと思って探しに出かける者もいれば、ただ目に留まったものを収めたいと思う者もいる。
自分はその後者と同じだ。と彼は続けた。
撮りたいと思ったものを撮り、描きたいと思ったものを描く。
それも、それぞれその対象にあった撮り方、描き方で。
絵のこととなると途端に饒舌になるフランス。
彼の語り口調には、その確信めいた思考を第三者に呑み込ませる独特な力がある。
その実自分も、彼が話す言葉を心待ちにしていた。
「僕があの時踊り子の姿を写実的に描かなかったのは、それが合ってると思ったからだよ」
「それが合っている…ですか。風景はその真逆なのに?」
「そう!そこがこの絵が面白くなった要因なんだよね!なんせその日は気分転換にあそこで風景画を描いてたんだよ」
次に、得意げにこの絵の経緯を語り始めた。
気分が落ち込んだりやることがなかったりすると、写実的な風景画を描くクセがある。どうにも治らないもので、それはあの日も例外ではなかったらしい。
そうしていると、目の前のひらけた場所で踊り子が演目を始めた。ということだった。
そうか、彼も別に踊り子に足を止めたわけではなく…
「降って沸いた絵の主役に、すごく感動してさ。君も覚えてる?彼女の踊りは本当に素晴らしかった」
「まあ、普段は興味がないんですが、少なからず」
「ね。画家って普通、一度決めた題材を変えることはないんだけど、どうしても描きたくなっちゃってね。一番彼女に合った形で、凡庸な背景の中に描いたんだ。」
するとこの絵は、一度も手を止めることなく描いた作品だったはずが、踊り子と背景とでは熱量が全くもって異なる絵になった…
「それってなんだか、月並みな言葉だけどロマンチックじゃない?彼女の踊りがあるだけで、普遍的な風景がステージに一変する」
「だから、この絵の題名はスポットライト。」
「貴方が描いてる途中に題材を変えたことと、彼女がステージで踊っているように見えたことのダブルミーニング」
「そういうこと。言わばこれは一つの物語ってわけさ!」
まただ。またこの表情を浮かべる。
自分に酔いしれているわけでも、自惚れているわけでもなく、ただ純粋に己という存在に溢れんばかりの自信を持ち続けている。
ああ、私は
コメント
1件
おお…6話、めっちゃ良かったです🥀✨ フランスが自分の作品について饒舌に語るところ、すごくグッときました。「写真を撮るように描く」って考え方、すごく共感できるし、何より彼の創作に向き合う姿勢が純粋で眩しい…。画商さんの「ああ、私は」で終わる余韻も最高で、続きが気になって仕方ないです! 毎回思うけど、キャラの口調や空気感の描き方が本当に丁寧で、読んでてその場にいるみたいでした。次話も楽しみにしてますね🌙