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森の出口が近づくにつれ、元貴の足取りは重くなっていった。
「……やっぱり、無理だよ。
見つかったら、二人は犯罪者になっちゃう」
不安そうにぴくぴくと動く元貴の黒い猫耳を見て、若井は笑って自分の首に巻いていたオレンジ色のスカーフを解いた。
「大丈夫だって。ほら、これ貸してやるから」
若井は元貴の頭にスカーフを巻き、耳が目立たないように器用に形を整えた。
「……ちょっとキツいかも」
「我慢しろ。……よし、これでパッと見は、ちょっと顔立ちの綺麗な人間の子供だ」
「子供って言うな! ……ねえ、涼ちゃん、これ変じゃないかな……?」
元貴がおずおずと、荷物をまとめていた涼ちゃんを振り返る。
涼ちゃんは優しく微笑んで、元貴の結び目を少し直してあげた。
「ううん、すごく似合ってるよ。
スカーフのオレンジ色が、元貴の琥珀色の瞳とぴったりだね。……さあ、行こう。
僕たちの『最初のステージ』が待ってるよ」
三人が辿り着いたのは、森の麓にある小さな宿場町だった。
活気はあるが、掲示板には「獣人への警戒」を促す古いポスターが貼られており、元貴は思わず若井の背中に隠れた。
「……まずは食い物だな。元貴、何が食いたい?」
「え……? 魚。……焼いたやつ」
「即答かよ。猫っぽいな、お前」
若井が笑いながら川魚の串焼きを買ってくると、元貴はスカーフの下の耳を幸せそうに揺らしながら、夢中でかぶりついた。
その様子を見て、若井と涼ちゃんは顔を見合わせて安堵する。
しかし、広場の中央で楽器を構えた時、空気が一変した。
「おい、旅の芸人か。
……珍しいな、最近は獣人の噂で誰もこの町に寄り付かないんだが」
町人たちが遠巻きに、猜疑心の混じった目で三人を見つめる。
若井はリュートを強く握りしめた。
「……聴いてくれ。俺たちの音楽は、呪いでも魔法でもない。ただの、心からの叫びだ」
若井が力強く弦を弾き、涼ちゃんが軽やかなフルートの旋律を乗せる。
町人たちの冷ややかな空気が、少しずつ音楽に解かされていくのがわかった。
そして、若井が元貴に合図を送った。
「……いけ、元貴。思いっきりやれ」
元貴は一瞬、喉が詰まったように動けなくなった。視界に入るのは、人間たちの自分を拒絶するような視線。
(……怖い。……また、呪いだって言われる……)
その時、涼ちゃんが演奏しながら、元貴の手をそっと握った。
フルートを口から離し、涼ちゃんが耳元で囁く。
「大丈夫だよ、元貴。僕たちがここにいる。君の声は、世界で一番優しいんだから」
元貴は琥珀色の瞳を大きく開き、深く息を吸い込んだ。
スカーフの下で、耳がピンと立つ。
「ーー……♪」
元貴の口から溢れ出したのは、森で歌っていた悲しい歌ではない。
若井と涼ちゃんの音に背中を押された、自由を渇望するような、眩いばかりの旋律だった。
町人たちの動きが止まる。
パンを持っていた手も、作業をしていた足も、すべてが元貴の声に釘付けになった。
呪い? 違う。
人々の心に浮かんだのは、忘れていた幼い頃の記憶や、愛する人の笑顔だった。
曲が終わった瞬間、広場には静寂が訪れ……そして、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「……信じられない。こんなに透き通った声、聴いたことがないぞ!」
「あんたたち、最高の音楽家だ!」
人々が笑顔で三人の元へ駆け寄ってくる。
元貴は驚きで呆然としていた。初めて、人間に受け入れられた。初めて、自分の声が誰かを笑顔にした。
「……若井、涼ちゃん……。
僕、歌ってよかったんだ……」
元貴の瞳に、宝石のような涙が溜まる。
しかし、その群衆の端で、一人、冷徹な視線を送る男がいた。
男は元貴のスカーフの隙間から、わずかに覗いた「琥珀色の毛」を見逃さなかった。
「……見つけたぞ。黒髪の呪い歌い……」
男は懐から、獣人の喉を焼くとされる特殊な「銀の鈴」を取り出し、闇に消えた。