テラーノベル
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その夜、3人は町外れの
古い宿屋の一室を借りた。
昼間の興奮が冷めやらない元貴は、
ベッドの上で何度もオレンジ色のスカーフを触っていた。
「……すごかったね。
僕、石を投げられるかと思ってた」
「言っただろ?
お前の声は世界を救うんだよ」
若井は床に座ってリュートの弦を調整しながら、誇らしげに鼻で笑った。
「はいはい、自慢げに言わないの。
一番緊張してたのは滉斗の方だったくせに」
涼ちゃんが温かいミルクを持ってきて、元貴の隣に座る。
「ほら、元貴。喉を休めて。
今日はたくさん頑張ったね」
「……ありがとう、涼ちゃん」
元貴はミルクを一口飲み、少しだけ躊躇してから、頭に巻かれたスカーフをゆっくりと解いた。
パッと解放された黒い髪の間から、
猫耳がぴょこんと飛び出す。
心なしか、耳もリラックスしたように柔らかく垂れていた。
「……ねえ、あの……さ」
元貴が俯きながら、小声で呟く。
「……そんなに珍しいなら、触ってもいいよ。……若井と涼ちゃんなら」
若井は弦を弾く手を止め、涼ちゃんと顔を見合わせた。
「いいのか? 獣人にとって耳は急所だって聞いたけど」
「……うん。
でも、二人は僕を助けてくれたから。
……特別」
若井が、吸い寄せられるようにベッドへ移動し、大きな手を元貴の頭に乗せた。
「じゃあ……遠慮なく」
指先が、黒い毛に覆われた耳の付け根を、優しく、円を描くように撫でる。
「……ひゃうっ……」
元貴の体がビクンと跳ね、首がすくまる。
けれど、すぐにトロンとした目になり、若井の手に頭を預けてきた。
「……ん……。……そこ、気持ちいい……」
琥珀色の瞳が細くなり、喉の奥から
「ゴロゴロ、ゴロゴロ……」と、これまでにないほど深い音が響き出す。
「本当だ、猫みたい。……僕もいいかな?」
涼ちゃんも反対側から、耳の先を優しくつまむように撫でた。
「あはは、元貴、耳がピクピク動いてるよ。かわいいね」
「……かわいくない。……僕は、かっこいい歌い手なんだから……」
そう言いながらも、元貴は二人の手の温かさに包まれ、生まれて初めて「居場所」を見つけたような充足感に浸っていた。
しかし、その穏やかな時間は、窓を叩く不吉な音によって切り裂かれた。
**——チリン。**
澄んだ、けれど心臓を凍らせるような冷たい鈴の音が、夜の静寂に響く。
「……っ!? ……何、今の音……」
元貴が、弾かれたように耳を立て、真っ青な顔で立ち上がった。
獣人特有の鋭い聴覚が、その音に込められた「殺意」を敏感に察知したのだ。
「元貴、どうした!?」
「逃げて……! 若井、涼ちゃん、早く!! 誰か、僕を殺しに来たやつが……すぐ近くにいる!」
次の瞬間、宿屋の窓ガラスが粉々に砕け散った。
飛び込んできたのは、銀色の仮面をつけた男。その手には、怪しく光る**「銀の鈴」**が握られていた。
「見つけたぞ、穢れた血の歌い手。
お前のその声、陛下への献上品として、その喉ごと抉り取ってやる」
「……させるかよ!!」
若井が瞬時にリュートを捨て、壁に立てかけていた剣を抜く。
涼ちゃんも元貴を背中に隠し、鋭い視線で男を睨みつけた。
「滉斗、ここは僕が食い止める! 君は元貴を連れて裏から逃げて!」
「涼ちゃん!? 無茶言うな!」
「いいから! 音楽家の指を怪我させたくないでしょ? ……早く!」
涼ちゃんはフルートを構えると、そこから魔力にも似た鋭い風の旋律を放った。
男が怯んだ隙に、若井は元貴の腕を引き、夜の町へと飛び出した。
「ハァ、ハァ……! 若井、待って、涼ちゃんが……!」
「信じろ! あいつはああ見えて、俺より修羅場をくぐってんだ。
……今は、お前を捕まえさせるわけにいかないんだよ!」
暗い路地を駆け抜ける二人。
しかし、背後からは絶え間なく、
あの「銀の鈴」の音が追いかけてくる。
その音を聴くたびに、元貴の足がもつれ、意識が混濁し始めた。
「……あ、……ああ……。やめて、音が……頭の中に……!」
元貴はその場に崩れ落ち、頭を抱えて震え出した。
「元貴! しっかりしろ!」
若井が抱きかかえようとした瞬間、行く手を別の刺客たちが阻んだ。
「終わりだ、音楽家。
その獣人を渡せば、命だけは助けてやる」
絶体絶命の窮地。
若井は震える元貴を抱きしめ、剣を構え直した。
「……死んでも渡さねえよ。こいつは、俺たちの『光』なんだ」
若井の瞳に宿る、決して折れない強い意志。
その時、元貴の胸の中にあった未完成のノートが、不思議な光を放ったような気がした。
コメント
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神作です✨ これからも推します!