今日は金曜日。憂鬱な週末のはじまり。
今週も湊は部屋に居る気なのか、それとも彼女と出かけるのか。
マンションの部屋には灯りが点いていた。
湊が居る。
最近、本当に帰りが早い。
どうしてなんだろう。彼女との事が私に分かり、更に別れて逆に気が楽になったからかな。
どっちにしても早く湊とは距離を置きたい。
精神的には別れてるけど、物理的にも。
湊が出て行ったら私も部屋を移ろう。湊との思い出が無い新しい所に。
ノロノロと階段を登り、玄関の鍵を開ける。
廊下を進みリビングに入ると、ソファーに座ってテレビを見ていた湊が振り向いた。
「お帰り」
「……ただいま」
「昨日はどこ行ってたんだ?」
「え?」
「連絡も無く帰らないなんて心配するだろ?」
湊は眉をひそめながら言う。
「何してたんだ?」
「何って……」
昨夜の行為が頭に浮かび、ドキリとした。
思わず湊から目を反らしてしまう。
「飲みに行ってただけ。連絡しなかったのは別に言う必要は無いと思ったから、私達もう他人なんだし」
こんな状況でプライベートに踏み込んで来る湊にイライラとした。
それから、藤原雪斗との事を後ろめたく感じてしまう自分自身に対しても。
罪悪感なんて持つ必要は無い。誰と何をしたって私の自由なはずなのに。
こんな風に切り替えられないのは、湊の言動のせいでも有る。気持ちは離れてるのに、平気で私の生活に干渉して来るから。
「私達別れたんだからもう干渉して来ないで。帰らない日が有っても湊が心配する必要は無いから」
私の冷たい言い方が気に障ったのか、湊が顔をしかめた。
「本当に感じ悪いな。心配して言ってやってるのに」
「心配なんてしないでいい。それよりもうちょっとけじめつけてよ」
「けじめ?」
「そう。私達別れたんだよ? 他人なんだって自覚してよ」
そうでなければ私はいつまでも、彼に惑わされてしまう。
湊と話すと直ぐに険悪になってしまう。でもどうしても止められない。
湊もイライラした様子で反論してくる。
「相変わらず美月は頑なだな。けどそうやってわざわざ他人とか言ってくるのが意識してる証拠だろ? 俺は普通にしてるのに」
意識している……図星だから一瞬言葉に詰まってしまった。
こうやってムキになるのは割り切れていないからだって分かってる。
でも、普通に笑って話すなんて私には出来ない。
「こっちは同居してるんだからそれなりに上手くやろうと思ってるんだ。奈緒の件だって許そうとしてるっていうのに」
「許そう……何それ?」
私は唖然として呟いた。
何で私が許されないといけないの? 本来なら逆じゃないの?
湊の言動は、上手くやろうと思ってる人のものとは思えない。
彼の浮気が発覚して別れ話をした時もそうだった。
湊は自分が悪いとは一言も言わない。謝らない。
全て私が悪い様な言い方ばかりで……。
強い怒りが込み上げて来る。
「ねえ、私達が何で別れたのか忘れたの?」
挑む様に言うと、湊は怪訝な顔をした。
「何で今更そんな話?」
「答えてよ」
「……俺と奈緒のことで美月が騒いだからだろ?」
また私のせいにする様な言い方だ。
「違うでしょ? 湊が浮気して私を裏切ったから別れたんでしょ?」
「そんな大げさな話じゃないだろ? 実際奈緒と身体の関係は無かったんだし」
湊は面倒そうに言う。
とてもだるそうで。それに……。
「身体の関係は無かったって……今は有るって言ってるみたい」
追求すると、湊はきつい目をして睨んで来た。
「いちいち言葉尻捕らえて文句言ってくんなよ! 奈緒とはそんな関係じゃない!」
「別にいいけど。どっちにしろ湊は私に彼女に本気だって言い切ったんだから……ねえ、ずっと私のせいにしてるけど、彼女は被害者みたいな言い方してるけど、おかしいんじゃないの?」
「……何がだよ?」
「だって彼女だって私と湊の関係を知っていた訳でしょ? それなのに平気で会っていたのに、何も悪く無いなんて思えない、私の会社に出入り出来なくなったのは自業自得じゃないの?」
「美月とは上手くいってないって俺が言ってたんだよ。彼女は悪くない……なあ、思ったんだけどお前別れた途端にキツクなったよな。それが本性だったのかよ?」
軽蔑した様な湊の声音にカッとしてしまう。
「それは湊だって一緒でしょ? 別れた途端にすき放題、言いたい放題で……いい加減にして欲しい、早く引っ越したい」
そうすればこんな風に争う事は無くなって、穏やかに暮らせる。
このまま一緒に居たら、幸せだったときの思い出まで失いそうで……誰より好きだった人との結末がこんな憎しみ合いなんてもう耐えられない。
「美月と居るとイライラする」
「それは私もだよ……」
傷付けることばかり言う湊とはもう居たくない。
「分かったよ、今すぐ出て行ってやるよ!」
「え?」
あれ程出ていかないと言っていた湊の急な変化に私は驚き目を見開いた。
彼と視線がぶつかり会う。
まるで知らない人の様な湊。
私、本当にこの人と付き合ってたのかな?
好きだったのかな?
今では……どう思ってるの?
憎しみ、未練、執着。
もう自分で自分の気持ちが分からなくなりそうだった。
荒々しい音を立てて玄関を出て行く湊。
どこに行くんだろう……本当に出て行ったの?
分からない。
出て行って欲しいと願ってたけど、こんなの後味が悪い。
部屋に一人きりになれたのに、心乱されて眠れそうになかった。
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