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結局湊は日曜日の夜中に帰って来た。


明日は会社だし、着替えも鞄も何もかもここに有るんだから、帰って来るしか無いんだろうけど。


でもそう分かっていても気になって、落ち着かない週末だった。


湊が居ても居なくても気が楽にならない。

やっぱりここに居たら、私はいつまでも湊への執着心のようなものを断ち切れない。


湊が出て行くのを待ってるだけじゃなく、私も行動を起さなくては。


それに……こんなことになって気がついた。


湊と同棲してから、友達と会う機会が激減していたってことに。


寂しくても時間を持て余しても、気軽に会える相手が少ない。


仕事や家事……毎日の生活で精一杯で、残りの時間は湊のことばかりで。


考えてみれば自分の世界が狭まっていたと思う。


それでも幸せだったんだけど。


その幸せが壊れた今、私ってつまらない人間なんだなってつくづく思ってしまう。


これは湊のせいって訳じゃ無くて自分のせい。



時間を置いても湊の機嫌は悪いままで、月曜の朝、目も合わせずに出勤して行った。


「はあ……」


一人になると溜息が出てしまう。


どうして上手く生活出来ないんだろう。


十二月末まで後少しなのに、果てしなく先は長く思えた。



少し寒くなった通勤路をボンヤリと歩いていると、後ろから肩をたたかれる。


振り返ると、藤原雪斗が居た。


「おはよう……なんか随分厚着だな」


藤原雪斗が、厚手のニットカーディガンを羽織った私を見下ろして言う。


「もう大分寒くなったんで」


歩き続けながら言うと、藤原雪斗は当然の様に隣に並んできた。


周りには同じ会社の人も何人か居て、視線が集まるのを感じる。


有名人の藤原雪斗と一緒だから仕方ない。


でも以前程嫌だとは思わない。なんだかんだいって藤原雪斗に馴染んで来てしまっている。


よく考えれば馴染むどころじゃ無い関係を持ってしまったんだけど、藤原雪斗はもう忘れてしまった様な態度だし、私も蒸し返す気は無かった。


「休みはゆっくり出来たのか?」


「少しは……」


「目の下にクマが出来てるけど」


「……」


「なんか死相が漂ってんな」


そう思うならゆっくり出来たのかなんて聞かないで欲しい。


でもクマが出来てるなんて。しかも死相……最近容姿に気を使う余裕も無かったから気付かなかった。


ああ……最悪。


「まあ、そんなに落ち込むなよ。上手く化粧で誤魔化せよ」


藤原雪斗にそんなこと言われたくない。それに既にメイク済なんですけど。


話す気にならずに黙々と歩いていると、呆れた様な声が降りて来た。


「頭が固いのは分かってたけど、気分転換も下手そうだよな」


「そうですか?」


「辛いんだろうけど、そんな顔してたら新しい出会いも逃すと思うけど」


「別にいいです。今は新しい出会いなんて求めてませんから」


「は?男で傷付いた傷は男で癒すって言うだろ?」


「……聞いたことないですけど」


それに藤原雪斗ってなんかキャラが変わった気がする。


「まあそれはいいとして、また飲みに連れてってやるよ」


「いいです。悪いですし」


それにまた間違いが有ったら困るから。



そう思いつつ、仕事が終わると藤原雪斗の誘いに乗ってしまう私が居た。


私はどうしてあっさりと誘いに乗ってしまうのか。


今回は成美も居なくて二人きりなのに。


自分自身不思議だったけど、直ぐに気が付いた。


「湊が何を考えてるか分からないんです」


私は結局、湊との事を誰かに愚痴りたかっただけなんだって。


それに男性の意見も聞いてみたいって気持ちが有った。


湊が嫌がったのも有って、私には親しい男友達が居ない。


だから藤原雪斗は凄く都合の良い相手だった。


事情もだいたい知ってるし、もう散々恥ずかしいところを見せてしまっているので今更見栄も無いし。


「別に理解する必要も無いだろ? 別れたんだし」


……相談相手として最適じゃない気もするけど、でも一人で延々と悩むよりはいい。


「別れたけどしばらく一緒に暮らすんだし、これ以上イライラしたくないから」


「何でまだ一緒に暮らしてるんだ?」


「それは経済的な事情で直ぐに家を用意出来ないから」


簡単に事情を説明すると藤原雪斗は眉をひそめた。


「同棲って面倒だな」


離婚よりはマシだろうと思ったけど、さすがにバツ一の藤原雪斗にそれは言い辛い。


「一般的には次の住いとかを考えてから別れるんでしょうけど、私達は急だったから」


「確かに急だったよな……」


私が振られたシーンを思い出しているのか、しみじみと言われた。


なんか嫌だなと思っていると、藤原雪斗は急に真顔になる。


「でも本当に同居を解消したいなら強引に部屋を解約すればいいだけだろ? そうしないのは結局秋野の気持ちの問題じゃないのか?」


「私の気持ちってどういう事ですか?」


今の状況、私の感情なんて一切無視して起きたこと。


それがどうして私の気持ちの問題になるんだろう。


本気で分からないのに、藤原雪斗は呆れた顔をした。


「別居出来ないから割り切れないって言うなら、さっさと部屋借りればいいだろ? 男に貯金は無くても秋野には有るだろ? 真面目に貯めてそうなタイプだし」


確かに引っ越し費用程度なら有るけど。


「でも今のマンションは私が契約してるから出て行ったら湊は住む所が無くなるし、しばらく契約したままにしても湊一人じゃ家賃もきついだろうし……」


「だから、そんなのは男の勝手な事情だろ?」


「え……」


「社会人なのに貯金が無いのも、引越し先が見つからないのも男の都合で秋野が気にする必要ないだろ?」


「それって結構酷くないですか? 追い出せってことですよね?」


「別に酷く無いだろ?」


「でも、住む所が無いのってかなり困ると思うけど」


「自業自得だろ? 同棲解消したくなかったならあんな近場で浮気すんなって思うけどな」


遠くてもまずいと思うけど……でも藤原雪斗の言う通り、今の状況は湊の都合でよく考えたら私が従う必要はないんだ。


でも……湊を非情に追い出すって想像出来ない。


そこまでするなら、十二月迄私が我慢するしかないって思う。


藤原雪斗の言う通り、私の気持ちの問題だった。


でもどうして湊を切り捨てられないんだろう。


私はあっさり切り捨てられたって言うのに。


彼女……水原奈緒さんの目の前で振られたときの屈辱と悲しさを思い出せば、湊には怒りしか湧かない。


それなのに……。


「秋野は結構未練の女だな。まだ彼氏が好きなんだろ?」


必死に自己分析してたのに、藤原雪斗があっさり答えを言ってしまった。


しかも一番避けて考えていた答え。


「そんなこと有りません! 私がどんな酷い扱いされたか見たでしょ?」


「見た、清々しさを感じるくらい、彼氏どっち選ぶか悩まなかったよな」


清々しいって……。


「修羅場にならなくて良かったけど、秋野としては惨めだし辛いよな」


そこまで言わなくても……ムッとしながら藤原雪斗の手元を見ると、既にグラスは空になっていた。


ああ、酔っ払っているからより一層遠慮が無いってことね。


完璧な男の意外な弱点。


すぐに酒に呑まれる。

対応に気をつけないと。


私だけは冷静に。


「確かに私の気持ちの問題だけど、好きじゃないし未練じゃ無いです。ただ湊も仕事が有るから無理なことはさせたくないし、私も後味悪くなって後悔しそうだし……」


「未練ある奴って言い訳が長いって言うけど本当だな」


「違います!」


なかなか冷静になれそうにない。


やっぱり相談相手を間違えたかも。

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