二人が暮らす街から小一時間ほど南へ車を走らせた中規模の町の中心に、世界規模の企業へと今もなお発展し続けているバルツァーの本社があった。
町が見えてくる頃には中心の教会と並んで目立つビルも目に入るようになるが、スパイダーの運転席からそれを初めて見たリオンが口笛を吹き、メディアを通して目にしたことはあっても訪問することが初めてのウーヴェも何となく感慨深い思いに囚われる。
「……さすがに世界でも有数な企業の本社だな」
「そう、だな」
リオンのその声にウーヴェも返すが、どちらの声にもただただ感心する色が込められていた。
「オーヴェはさ、会社の株って持ってるのか?」
「ん? ああ、父さんやノルは別にして、エリーと同じだけの株を持ってる」
「それってさ、大株主って事?」
「そうなるのかな」
幌を上げて走るスパイダーでは風に声が負けてしまいそうになる為にいつもより声を張り上げていたために喉が痛いとウーヴェが苦笑し、リオンも確かにそうだと笑って車を目立つビルに向けて走らせる。
この町全体がバルツァーの関連会社に勤める人達が多数暮らしている事を教えるように、町の彼方此方にバルツァーのロゴが入ったものが点在していたが、整備された道を進んだリオンの眼前に遠目でも立派なビルが全容を表し、ただ唖然と見上げてしまう。
「……これを親父が一代で作り上げたんだよなぁ」
「そう……だな」
リオンの感慨深い呟きにウーヴェが目を伏せて同意をするが、昨年までならばここに来ることなど想像も出来ないことで隣で感嘆の声を上げるリオンが間に入り家族間の溝を埋めてくれたから来られたのだと思い出すと、ゲートを潜って来客用の駐車場へと向かう車内でウーヴェがリオンを呼び、スペースに一度で駐車したリオンが顔を振り向けると。
「どうした?」
「うん……ダンケ、リーオ」
「?」
何に対する礼なのかが分からないがお前に礼を言われるのは心地よいと笑うリオンにウーヴェも笑みを浮かべ、幌を閉じて中に入ろうとドアを開けるとすかさずリオンが助手席側に回り込んで手を差し出す。
「ダンケ」
その手を恥じらうこと無く借りてステッキをつくと、リオンが幌を閉じてウーヴェと肩を並べて歩き出す。
自動ドアを潜り近代的なオフィスビルの中を見上げるとバルツァーが取り扱う工業用品などが並べられている一画があったり雑談出来るようなコーナーが設けられていたが、入口と反対側のコーナーに小さなカフェスペースがある事に気付き、会社で美味いコーヒーが飲めるのかとリオンが感心するとウーヴェもこれは良いアイデアだなと笑みを浮かべ、受付と書かれたプレートのあるブースへとゆっくり歩いて行く。
「こんにちは」
「こんにちは。え……と、父と約束をしているのですが……」
「お、お父様、ですか?」
ウーヴェが珍しくどのように言えば良いのか悩んだ挙げ句の父との約束との言葉に受付をしている女性社員の目が見開かれ、己の失態に気付いたウーヴェが顔を赤らめる。
「……いきなりお父さんって言われても分からねぇよなぁ」
今のはお前が悪いとウーヴェににやりと笑みを見せたリオンが受付のカウンターに肘をつき、会長か社長はいますかと言葉だけは丁寧に問いかけると社員が訝りつつも頷いてくれたため、ウーヴェが安堵に目を細める。
「面会のお約束はございますか?」
約束をされているとのことであればお名前をと苦笑されて一瞬躊躇したウーヴェだったが、咳払いをした後にウーヴェ・バルツァーだと名乗る。
その瞬間、受付ブースにいた二人の女性社員の目が限界まで見開かれ、近くにいた社員らしき人物も己が聞いた名に間違いが無いかと確認するようにウーヴェを見つめたため、申し訳ないが会長と直接話をしたいので電話を繋いで欲しいと目元を赤くしつつ眼下にある電話を指さす。
「……し、失礼いたしました」
「いえ、こちらこそ……」
お騒がせして申し訳ないと謝罪しつつ彼女が差し出す受話器を受け取ったウーヴェは、父とは違う柔らかな声が聞こえてきたことに驚きつつもウーヴェだがこれからそちらに向かっても良いかと問いかけ、今すぐそちらに向かいます、ソファでお待ち下さいと言われたことをリオンに伝えると背後のソファに一足先にリオンが向かう。
リオンの隣に腰を下ろしたウーヴェは、周囲の視線が己に集中しているような錯覚を抱いて溜息を吐き、そりゃあ受付の人もお前の顔を知らなくて当然だよなぁとリオンが暢気な声を上げたため脇腹に拳を宛がう。
「いてて。図星を指されたからって怒るなよ」
「うるさい」
ソファで口論未満の遣り取りをしているとエレベーターが開いて動きに無駄が無い男が二人の方へと歩いてきたことに気付くが、その顔を見たリオンが病院に来た人だと呟く。
「え?」
「オーヴェが入院してるときにベルトランのタルトを兄貴から預かったって言って持ってきてくれた人」
「そうだったか?」
「そうそう。……ほら」
「ウーヴェ様! お待たせいたしました」
リオンの言葉に小首を傾げていたウーヴェだったが、颯爽とやって来た男が丁重な礼をして待たせたこと、受付に話が通っていなかったことを詫びてきたため、こちらこそ迷惑を掛けた、受付の人は何も悪くないと伝えて立ち上がる。
「会長はこちらです」
「ありがとう」
案内してくれる彼についてエレベーターに向かった二人は近代的なオフィスで忙しそうに働く人達をガラス張りのエレベーターから見下ろしながら、その頂点に立つのが父であり兄である事に不思議な感慨を抱いていた。
到着したのは最上階で毛足の長い絨毯が敷かれた廊下を進むと左右にいくつかドアがあり、そのうちの一つ、ウーヴェのクリニックのように重厚で両開きのドアを彼が開けると、室内にいた豊かなブルネットを背中に流し、品の良さと女性らしさを見事に両立させた秘書らしき女性が感慨深げな顔で笑みを浮かべて二人を出迎える。
「ウーヴェ様、初めてお目にかかります。会長がお待ちでございます」
「……ありがとう」
ここにウーヴェが足を踏み入れる日が来る事を皆が期待しつつもそんな日が来ることは無いと諦めていた為か、レオポルドやギュンター・ノルベルトに近しい人からすればウーヴェを出迎えられたことが未だに信じられないようで、ヴィルマと書かれたネームプレートの前で歓喜に顔を紅潮させる女性に礼を言い、ここまで案内してくれた彼にもと向き直ると、ヘクターとお呼び下さいと一礼される。
「ありがとう、ヘクター」
病室にも何度も見舞いに来てくれたのにまともに話も出来なくて悪かったとウーヴェが頭を下げると彼が拳を一つ握った後、お元気になられて本当に良かったと我がごとのように喜んでくれる。
「会長、ウーヴェ様がいらっしゃいました」
「ああ、入れ」
ヴィルマが座るデスクの奥にも同じような重厚なドアがあり、ノックの後にヘクターがドアを開けて二人を室内に案内すると、一礼してドアを閉める。
「……会長とギュンター様は嬉しいでしょうね」
「そうだな。やっとウーヴェ様を案内できたな」
ドアの中に消えた二人を見送ったヴィルマとヘクターは、ギュンター・ノルベルトが出席している会議がまだ終わっていないが声を掛けてこようと笑い合ってヘクターが部屋を出て行き、ヴィルマが歓喜に沸く胸に手を宛がって深呼吸を繰り返すのだった。
ステッキをついたウーヴェとその横でただ茫然としているリオンが通された室内を見回し、大きな窓とその前にある大きなデスクに座って書類を見ていたレオポルドが立ち上がりながらソファに座れと苦笑する。
「どうした、珍しいか?」
「……社会見学、してるみたいだ……」
「ああ、そうだな。時々近所の小学生や幼稚園から来ることがあるな」
ウーヴェがソファに腰を下ろすとリオンも並んで座るが、先ほどから一言も話していない事に気付いたウーヴェがどうしたと問いかけると、何でもないと呆然とした声が返ってくる。
「どうした、リオン。立派すぎて驚いたか」
「いや……これを親父と兄貴が作り上げたんだなーって思ったらさ……」
何か気軽に親父なんて呼べなくなったと心底困惑した顔で頭に手を宛がうリオンが珍しくてウーヴェが驚いたように目を見張ってしまうが、それ以上に驚いたのはレオポルドだったらしく、なんだその殊勝な言葉はと驚きに声を大きくしてしまう。
「や、バルツァーの会長や社長って分かってたけど、すげーなぁって」
リオンが顔を赤らめつつ興奮気味に呟く言葉に父と息子が顔を見合わせるが本心から驚き感動しているのだと見抜くと、息子はそんなリオンの手に手を重ねて頬にキスをし、父は微苦笑しつつも褒められた事への感謝の言葉を伝える代わりにリオンの頭に大きな掌を載せて髪をくしゃくしゃにする。
「わっ!」
「どうだ、すごいだろう」
レオポルドはレオポルドでお気に入りのリオンが会社を褒めてくれたことが嬉しかったようで、子供じみた顔で笑いながらリオンの髪をかき乱し、止めてくれと笑いながらリオンが手を上げて阻止しようとする。
「旅行はどうだった」
新婚旅行でまた仲良くしてきたのかと笑う父に息子は微苦笑するだけだったが、父さんのお陰であんなにも良いホテルに泊まれた、支配人と仲良くなって今度こちらに来ると言っていたと伝えると同年代の男同士すぐに仲良くなれるなとレオポルドが感心したように笑う。
「良いホテルならまた利用すればどうだ?」
「……さすがにあの部屋はそうそう簡単には泊まれない」
十日間の滞在を終えてホテルを出るときに支払った金額を思い出すだけで何とも言えない気持ちになった事をウーヴェが伝えると、リオンもあんな贅沢は二度と出来ないと苦笑する。
「そうか? 年に一度あのホテルに泊まるために頑張って働けば良いだろう」
「……それもそうか」
父の言葉に目から鱗が落ちたようなウーヴェだったが、どれだけ頑張って働いてもあの部屋で宿泊できるだけの稼ぎなんて絶対に無理だとリオンがその横で嘆く。
「お前、ウーヴェの稼ぎが悪いと言いたいのか?」
「へ!? んな訳ねぇって」
リオンの嘆きにレオポルドが目を細めるが当の本人であるウーヴェが咳払いをした後、今日来たのは土産と土産話の他に相談があったと切り出すと、レオポルドもソファに座り直してどうしたと正面から二人に向き合ってくれる。
大企業のトップとして忙しく働く父だが幼い頃から変わらない態度で今も同じように接してくれる事が嬉しくて、小さく笑みを浮かべて口を開こうとするがそれよりも先にドアが勢いよく開いたかと思うとウーヴェを呼びつつギュンター・ノルベルトが駆け寄ってくる。
「フェリクス! 帰ってくるときに連絡をしなさいと言っただろう!?」
「……空港に着いたのが、遅かった、から……」
だから連絡をしなかった、ごめんと兄の剣幕に押されるような小声でウーヴェが返すと、ソファの背もたれ越しに抱きしめられて目を白黒させてしまう。
「まったく。どれだけ遅くなっても連絡をくれれば迎えに行ったのに」
「……それをされるから電話をしなかったって思わねぇのかな、この人は」
伴侶がその兄に後ろから羽交い締めにされている様子に呆れた溜息を吐いたリオンは、何か言ったかと睨まれ、兄貴がオーヴェ大好きなのは十二分に分かっているから離してやってくれと苦笑すると、ギュンター・ノルベルトが不満そうにウーヴェから離れて父の横に腰を下ろす。
「旅行はどうだった、楽しかったか?」
「ああ、うん。すごく楽しかった」
「今まで以上に仲良く出来たよなー。なー、オーヴェ」
ホテルで過ごした十日間、何度か支配人の誘いで食事に行ったりワイナリーに出かけたりしたし永遠に忘れられない時間を過ごせたと笑うリオンにウーヴェが頷くと、父と兄が心底安心した顔で頷いて楽しめたのなら良かったと笑みを浮かべる。
「で、話は何だ、ウーヴェ」
ギュンター・ノルベルトが入ってきたことで途切れた話を進めようと苦笑する父に同じ顔で頷いたウーヴェは、リオンの再就職のことだと告げて二人の顔を交互に見る。
「今年のヴィーズンが終わればクリニックを再開する。それに合わせてリオンも仕事を探すことにした」
「フェリクスを支える為に刑事を辞めたんじゃ無いのか?」
ギュンター・ノルベルトの疑問の声は二人にとっては想定済みだったためウーヴェが一つ頷いた後、俺はリオンがいない事で何も出来ない男になりたくないと腿の上で拳を握り、父と兄の顔を交互に見つめた後、拳に重ねられる掌の温もりから力を分けて貰うように目に力を込める。
「四六時中一緒にいることだけが、支えることじゃ、ない」
傍にいるときもいないときも互いを信頼し寄りかかるだけでは無い関係でいたいと、ギュンター・ノルベルトが驚きレオポルドが目を細めて口ひげを指で撫でる様子にウーヴェも内心鼓動を早めていたが、リオンが前言をすぐに翻すような男ではない事、そう考えるまでの出来事を掻い摘まんで説明すると、重ねられていた手に逆に手を重ねる。
「リオンの支えは本当に心強い。でも、それ以上に毎日元気に働きに出るリオンを見ていたい」
そんなリオンの傍で俺も一緒に笑って自分の仕事に精一杯取り組みたいんだと気軽な変心ではない事を二人に伝えると、どちらの口からも同時に溜息が出るが一方は納得で一方はまだまだ納得できないことを示すものだった。
「ノル……ノルが心配してくれるのは嬉しい。でも……俺も結婚をしてリオンに対して責任がある。それを果たせない、そんな俺でもノルは良いと思うのか……?」
己の心身を気遣う心からの不満だとは分かっているが、家庭を持った一人の男として家族に対してただより掛かるだけの存在で良いと思うのかと重ねて問いかけると、不満と納得の間の表情でギュンター・ノルベルトが整えられている髪に手を宛がう。
「男としての責任か?」
「あまりそういった言葉は使いたくないけど……」
リオンと一緒に家庭を築く、その根幹は互いに信頼し支え合うことであり一方的に支えられる事じゃ無いと頷くと、ギュンター・ノルベルトがリオンを真正面から見つめる。
「……再就職先は決めたのか?」
「まだ。これから探そうと思ってる。でもそれはクリニックの再開後だな」
再開するまではまだ就職活動はしない、暇が出来ればホームに帰って教会の手伝いでもすると何でも無いことのように返すリオンに三度溜息を吐いたギュンター・ノルベルトだったが、何かを思案するように拳を顎に宛がった後窓際の大きなデスクに向かって電話に手を伸ばして手短に指示を与えるとソファに戻ってくるが、二人を見て一つ頷いたかと思うともうお前も一人でも歩いて行ける大人だったなと苦笑する。
「いつまでも子ども扱いをしているとまたリオンに笑われそうだな」
「あ、さすが兄貴。よく分かったな」
「ふん。……とにかくリオンの就職の話はクリニックの再開後なんだな?」
「ああ、うん」
リオンの再就職時期を確認するようにギュンター・ノルベルトが口を開き二人が同時に頷くとレオポルドも再度溜息を吐くが、いつまでも心配を掛けて悪いと思っていることを伝えると、親が子どもの心配をするのは当たり前だ、だから悪いと思うのなら選んだ道をしっかりと歩けと苦笑する父に頷いた息子は、クリニックの再開は例年通りだから今年も皆でヴィーズンに行こうとリオンが浮かれ調子で告げたため、溜息一つでそれはまだと返すが伸びてきた手が口を押さえたために目を白黒させる。
「ヴィーズンに行きたいのか?」
「去年一度行っただけで満足できるはずねぇって、親父」
ビール祭りが開催されている間は何度でも行きたいのにと不満を訴えるリオンの手を掴んで口から引きはがしたウーヴェは、だからまだ考えている途中だと声を大きくするものの、ファウストもメスィフも楽しみにしているのにお前はその楽しみを奪うのかと睨まれては何も返せなくなってしまう。
「……メスィフは去年一緒に行ったトルコの青年だったな。ファウストというのは誰のことだ?」
「ん? 俺たちが泊まったホテルの支配人。ホテルの名前が天国なのに支配人がファウストって面白いなって言ってた」
ホテルの支配人の名前がファウストだと知らなかったらしいレオポルドが初めて泊まったウーヴェ達がその支配人と友人のような付き合いを始めたことに先ほどは驚いていたが、それはギュンター・ノルベルトも同じだったのか、どこに行っても友人を作ってくるのかと呟くとそれがリオンの特性だとウーヴェが自慢するように笑う。
「その彼も来るのか?」
「来ればどうだって誘っておいた。まあ来るかどうかは別にしてまた皆で行きたいなって思ってるのはホント」
「そうだな……リッドとアリーセにも相談しようか」
「ダンケ、親父」
レオポルドがリオンと手を組んだため今年も家族揃ってビール祭りに出かけることがほぼ確定されてしまい、ウーヴェが何を言っても最早無駄だと悟ったのか、それならば好きなテントに行きたいから何とかならないかと、この中で最も実力を持つ兄と影響力を今でも有している父の顔を見ると、大きなテントよりも小さなところが良いと注文も付ける。
ごく自然と行われるそれにリオンがさすがに末っ子は自然と甘えることが出来ると感心するが、その方がリオンも楽しそうだからと付け加えられ、思わず隣の痩躯を抱きしめる。
「オーヴェ大好き愛してる!」
「こらっ!」
抱きしめての告白だけでは無く頬にもぶちゅっとキスをされて一瞬で目元を赤くしたウーヴェは、調子に乗るなと耳を引っ張って短い悲鳴を上げさせる。
「ごめーん!」
「うるさいっ!」
それがただの照れ隠しである事をリオンもウーヴェも理解し自覚しているが、通過儀礼のように一声叫んだ後、仲直りのキスをウーヴェからリオンの頬に届ける。
「……そうだ。お土産買ってきたんだった」
「ああ、そうだった」
新婚旅行先の島は観光する場所もいくつかあったし支配人の友人が所有している私設の天文台から星々を観測することも出来たが、何よりも嬉しかったのは美味いワインを作っているワイナリーを紹介して貰えたことだと笑い、リオンが荷物からボトルを取り出して二人の前に並べる。
「持って帰ってきたのか?」
「うん。家で飲む用は別に送って貰ったけど、とりあえず二人に渡そうと思って持って帰ってきた」
二本並んだワインは白ワインで、ウーヴェよりもリオンが随分と気に入ったワイナリーのワインだった。
「これは?」
「面白かったから買ってきた」
それはワイナリーのレジ近くに置いていたワインの栓になるものだったが、モザイクタイルで作られたトカゲのようなものがありその腹の下にコルクがついていたのだが、なんだそれはとギュンター・ノルベルトが呆れたような声で問いかけると、どこかの公園の彫刻だとウーヴェが言っていたことをリオンが伝えるものの馬鹿な俺には分からないと肩を竦めたため、ウーヴェが苦笑しつつリオンの言葉の後を継ぐ。
「ガウディが作った公園にあるトカゲがモチーフらしい」
「名前は忘れたが、有名な公園があったな」
「そう」
さすがにスペインだけでは無く世界でも有名な建築家の出身国だけありカナリア諸島でも土産物などでその影を感じたとウーヴェが笑うが、ただワインの栓にするには面白いと思ったから買ってきたとも告げ、ワインを飲みきれないときに使って欲しい事を伝えるとリッドが喜びそうだとレオポルドが目を細める。
「土産など要らないが、せっかく買ってきてくれたものだ、ありがたくいただこうか」
「うん。あと、ノル、また近々一緒に食事をしないか?」
ウーヴェが柔らかく問いかけたそれにギュンター・ノルベルトの目が見開かれるが友人も一緒に招待してくれないかと逆に問われてウーヴェも目を見張りつつ隣を見て返事を得たウーヴェは、大人数は無理だけどと断りを入れると一人だから安心しろと笑われる。
「それなら、大丈夫」
「そうか。また後で予定を調べて連絡をしよう」
「うん。……父さんとも、近いうちに一緒に食事をしたい」
「ああ。リッドも喜ぶ。その時はマザー・カタリーナもお呼びしろ、リオン」
「……ダンケ」
「彼女がいればお前の今までしてきたことを全て聞き出せるからな」
「んなー!! そんな理由なら断固拒否する!」
「お前に拒否権は無い!」
兄を誘うだけでは無く父とも食事をしたいとウーヴェが告げた言葉が父と伴侶の間で一瞬にして爆発物へと変化を果たしたらしくリオンが目を吊り上げて反論するが、それを一言で封じたレオポルドがにやりと笑みを浮かべ、それは冗談だがお前の母を呼ぶことは本当だと笑みを深めたため、笑えない冗談は禁止だとリオンがおきまりの言葉を叫ぶ。
「この家族はマジで笑えない冗談を言うからな!」
まったくと憤慨するリオンに苦笑しつつ頬を撫でたウーヴェは、あと一つ相談があったと思い出して父と兄を見るが、左足がこんな感じなのでスパイダーの運転が出来ない、車の買い換えを検討しているがどこか良い店は無いかと苦笑すると、メーカーは決まっているのかとギュンター・ノルベルトが問い返す。
「まだ。俺の収入で買える車を探してる」
「オーヴェの収入で買えるって言うけどさ、スパイダーを持てるぐらいなんだから大抵の車を買えるんじゃねぇの」
ポルシェを買って乗れるだけの経済力があるのだ、BMWでもベンツでも選び放題じゃ無いかとリオンが呆れたように天井を見上げるが、欲しい車をこれからリオンと相談するが、決まったらまた相談に乗って欲しいとウーヴェが兄に伝えた事に気付き、これもまたリオンの意思を優先してくれるのだと気付くと、あぁ、やはり己の伴侶は世界一だとの認識を改める。
「オーヴェ」
「どうした?」
「うん。お前が乗り降りしやすい車にしようぜ」
「……うん」
長年乗ってきたスパイダーだが左足がこんなではクラッチ操作もろくに出来ずにリオンしか運転できないとなれば何かと不都合だった。だから車を買い換えると告げたウーヴェは、兄が随分と真剣に考え込んでいる事に気付いて恐る恐る名を呼ぶが、何だいフェリクスと満面の笑みで見つめ返してきたのを見た瞬間、悪い予感が背筋を這い上った事に身体を震わせる。
「い、や、何でも、ない……」
「そうか?」
「あ、ああ」
そのウーヴェの予感はある意味では的中していて、それを知ったリオンがお前の家族はお前に甘いと絶叫する羽目に陥るのだが、現時点では二人ともそれを見抜けずに何だろうか、考えたくないから考えないでおこうと思考を放棄してしまうのだった。
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