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雪が静かに降り始めた夜。宴の余韻も消えかけた境内の端、
雪女・初兎は一人、石段に座っていた。
寒さなんて慣れているはずなのに、
今夜だけは、なぜか冷えが沁みる。
――ないちゃん、来ないのかな。
そんな不安を胸に抱えかけた時。
「……やっぱりここか。」
その声が、後ろから降ってくる。
ぬらりひょん・ないこ。
見慣れた着流しの裾をふわりと揺らして、
彼は、ためらいもなく初兎の隣に座った。
「……待ってたの?」
「……ううん。寒かっただけ。」
「そっか。じゃあ、寒くなくなるまで、隣にいる。」
いつもの調子。
でも、今夜のないこは、どこか様子が違っていた。
少しだけ、真剣すぎる目。
少しだけ、迷っている手。
「…あの…さ。」
ないこが不意に、初兎の手を取った。
「この前、言いかけたこと。」
「……うん。」
「今度こそ、ちゃんと言うよ。」
初兎が、指先を少しだけ震わせる。
「怖い?」
「……ううん。でも、変わっちゃうのかなって。」
「変わるよ。」
ないこの声は、静かに真っ直ぐだった。
「でも、それは悪いほうじゃない。たぶん、もっとよくなる。」
そして、少し息を飲んでから、まっすぐに――
「俺、お前が好きだよ。」
火の粉がぱちっと跳ねた音が、遠くで聞こえる。
「強がってるとこも、寒さに平気なふりするとこも、
誰かをちゃんと見てるとこも、俺には全部、あったかく見える。」
初兎の瞳に、静かに涙がにじむ。
「……僕なんて、冷たいだけの妖怪だよ。」
「違う。」
ないこは強く首を振った。
「お前の手、俺にはあったかい。……何回でも言ってやるよ、好きだって。」
その言葉が、積もり始めた雪をやさしく包む。
「……僕も。」
「ん?」
「僕も、好き。ずっと、あなたが。」
その瞬間、ふたりの間の空気が、
やさしい熱をもって変わった。
雪は止まない。
でも、その中で――ふたりは確かに、もう寒くなかった。