朝の光がカーテンの隙間から差し込んで、洗面台の鏡を白く染める。
歯ブラシをくわえたまま鏡を見ると、そこにいる“自分”が少し他人に見えた。
寝癖を手ぐしで直すたび、制服のリボンが視界に入る。
どうしてだろう。
この布切れひとつが、心の中で重たくのしかかってくる。
「結月、今日も髪かわいいじゃない」
キッチンから母の声がした。
トーストの香ばしい匂いと、テレビのワイドショーの笑い声が混ざる。
母は、いつも明るい。
芸能人の話を楽しそうにして、ドラマの俳優を見ては「この人ほんと男らしいよね」なんて言う。
「うん、そうだね」
そう言って笑うのが、もうクセになっていた。
本当は、その“男らしい”って言葉を聞くたびに、胸の奥がざわつく。
自分が“どっち”なのか、わからなくなる。
母の前では、笑っていなきゃいけない。
違和感なんて見せたら、きっと「そんなこと考えすぎよ」って言われる。
だから今日も、リボンを整えて、鏡に映る“女の子”を演じる。
――そう、演じるしかない。
*
学校に着くと、廊下の向こうで志織の声がした。
「ねえねえ、聞いて! 昨日ね、あの子に告白したんだ」
周りの子たちが「まじで?」「すごーい!」って笑いながら聞いてる。
志織は、自分が女の子を好きだって隠してない。
クラスの中でも、ちゃんと“志織らしさ”として受け入れられてる。
それが、少し羨ましかった。
志織が笑うたび、その笑顔がまぶしく見えた。
私は、自分の気持ちを誰にも言えないまま、
心の奥に小さな「違和感」を押し込めて、今日も過ごす。
……鏡に映る自分が、誰なのか。
その答えは、まだ見つからないまま。
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