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朝になった。
ついに今日、特攻機で突撃し私達は死ぬ。
さっきまで泣いていた中島さんだが少しスッキリとした顔をしていた。
「結局一晩中話して眠れなかったね。中島さん、大丈夫?」
「平気だよ。櫻田さんと話せて良かった」
「ついに…行くんだね…」
「櫻田さんがいる平和な未来の礎になるのなら怖くないさぁ」
しかし、中島さんの手は少し震えているように見えた。
「集合の時間だ。行こう、高橋」
そう、私はあの奇妙な世界に戻れるかもしれないが高橋さんはどうなる?
記憶もないまま突撃させてしまっていいのだろうか。言い残した事があるのではないだろうか。
中島さんと話したかったのではないだろうか。
私は悶々としたまま、中島さんに付いていく。
着いたのは兵舎の中。
今日突撃する人たちであろうか。
皆、身なりを整え整列していた。
その先には軍医らしき人がいて、兵士達に注射を打っていた。
「あの注射って何なの?」
私は中島さんに尋ねた。
「知らなくていいよ」と彼は首を横に振った。
私達の順番が来た。
「俺はそんな薬は要らない。立派に飛んでみせるさ」
中島さんが軍医に言った。
「薬」とは何だろう?
「私も仕事だからな、この注射は打ってもらわないと」
軍医が言う。
中島さんはどこに隠し持っていたのか、瓶ビールを戦闘服の中から取り出し軍医に渡す。
「昨日の歓送会でもらったやつ。先生、お酒好きだろ?」
軍医は周りを確認すると、中島さんを行っていいよと言うように手で払った。
「高橋も要らないよ」と中島さんが言うと、軍医が
「二人とも幸運を祈るよ」と言った。
この場合の幸運とは、立派に死ぬことか生き残ることか。
軍医が注射器に入れている薬の瓶から、独特な匂いがする。
その匂いを一瞬嗅いだだけで、私は体が熱くなった。
目が回る。気持ちが悪い。
「高橋!」
遠くの方から中島さんの声が聞こえる。
そのまま私の視界はまた暗くなっていった。
目覚めると、あのカウンセリングとやらをした病室の天井が見えた。
私は涙を流していた。
「どうでしたか?久々の現実は?」
老人の医師が寝ている私を覗き込み、話しかけてきた。
「現実って…私の元いた世界に戻してくれるんじゃなかったんですか?私が行ったのは第二次世界大戦中の日本でした…」
「戦争は貴方にとっては過去ですが、あれもまた現実ではありませんか」
屁理屈だ。
しかし、実際に特攻する兵士との出会いは私にとっては「私だけ平和な世界に戻して下さい」とは安易に言えなくなった体験でもあった。
中島さんと高橋さんはあの後どうなったのだろう。
考えたくなかった。
中島さんの屈託無く笑う少年らしい笑顔が思い出され、悲しくなる。
「櫻田さん、何故人間は同じ過ちを繰り返すのでしょう」
「戦争のことですか?わかりませんよ、そんなこと。理由が分かれば戦争なんか起きません」
私は少しだけ味わった戦争の悲劇を苛立ちに変え、医師にぶつける。
「私はね、知恵を人間に与えすぎてしまったようだ」
医師が言う。
「どういうことですか?」
「私が産み落とした者の中で゛人間゛だけは失敗作だった。人間はその知恵を文明の進化に、未来への供給に、良い方にだけ使えばよいものの悪事に利用してしまった。」
産み落とした?知恵を与えた?この医師が人間に?
医師の言葉に私は混乱する。
「それだけが誤算だった。サタンにも叱られた」
「あなたは…人間を創り出した神様なの?」
医師は少し黙ってから話を続けた。
「人間は神という存在を誤解している。ただ私は人間を作る技量を持つ者。生物を改良させ、今の人間を完成させた。ロボットを作るようなものだ」
SF映画のような話で話についていけない。
「ただ人間には知恵を与えすぎて、壊れたロボットのように制御不能になった。私達の手に負えなくなってしまった。そして私は上層部に不良品を作ったと叱責された」
「上層部って…。神様にも上司がいるの?」
「あなた達人間が私達を神と呼ぶなら、神の世界にも組織がある。不良品を作り出した私は左遷され、この病院で自殺者のカウンセリングを任されているといったところかな」
「話が頭に入ってこないです…じゃあ、私が今いるこの世界は死後の世界か何かなの?」
「死後の世界なんてないですよ。何度も言うようにロボットと同じ、人間も壊れたら終わりです」
ロボットと同じ?
それなら特攻隊の中島さん達の人生は何だったのか?
死を恐れ、母を慕って涙した。
ロボットな訳ないではないか。
「貴方が作ったという人間には…感情があります。ロボットなんかじゃない。空を見て美しいと思うのも、愛しい人を想って涙するのも人間であるがゆえの悪ではない感情です。あなたは人間を冒涜している…」
中島さんの死を思うと悔しかった。
「ほう、製作者の私が人間を冒涜していると」
医師は納得できないようだった。
「櫻田さん、それでは教えて下さい。人間の愚かさを消失するにはどうしたら良いか、人間を改良するために研究に協力して下さい」
「神様」は、今まで平々凡々に生きてきた主婦の私には難し過ぎる議題を突きつけてきた。