もうずっと一緒にいるのに。
ずっと一緒に暮らしているのに。
これがお前のボディーガードだよ、と与えられて何年も経っているというのに
未だにその存在に、完全には慣れない。
__いや、違う。
慣れたはず、慣れたはずなのに
彼の姿をつい探して
彼の視線をつい追って
彼の手がふれることに身体がこわばるようになってしまった。
ここ最近から。
この家には彼と私しかいないから、物静かだけど私にはそれでも充分だった。
二人きりの生活が始まったのは、悲しいきっかけのせいだけれど。
それでも、今の私はひとりではない。そばに彼がいてくれるのだ
私は学校にも行っていない。
仕事もない。本来なら学校へ通っているはずの年齢だ。
だからいくらでも寝坊できるはずなのに、どうしても朝は決まった時間に目が覚めてしまうのだ。
「起きたか」
起き上がった私に応えるように、静かで落ち着く声が横から投げかけられる。
目を向けるとテーブルに分厚い本を置いて、百くんがぺらぺらとそれを眺めていた。やたら分厚いので何を読んでいるのかと思い、見てみると植物図鑑だった。
「おはよ、百くん」
「ああ、おはよう蒼。朝食にしよう」
私がベッドから抜け出すまで見届けることなく、彼は隣のキッチンへと移動する。
もう朝食を用意してくれていたらしい。というより、私の起床とほぼぴったりなタイミングで完成させていたらしい。
隙のない完璧超人だ、と改めて実感する。
完璧ではないただの人間である私は、ひとつ伸びをすると髪を適度に梳いてからクローゼットを開ける。
ブラウス・カーディガン・スカートといういつもの服装に着替えてダイニングに向かうと、百くんがテキパキといつものように朝食を並べてくれた。
「ありがとう、いただきます」
『どうぞ、召し上がれ』
焼きあがったトーストをそのままこちらへ渡しながら百くんが言う。
いつもはバターをつけてから渡してくれるのにおかしいな、という疑問はすぐに解消した。
「あ、デニッシュ?」
『好きだろう。ここのところ食が進まないようだったから、好物なら食べると思ってな。バターはくどくなるからそのまま食べろ』
あっさりと応えて、百くんは向かいの椅子に腰をかけた。百くんの後ろの棚に置かれた紙袋を見るとおいしいデニッシュを通販しているパン屋のロゴが印字されていた。
ポットからマグカップへと紅茶を注ぎ、さらに注意深くミルクを注いでいく。自分は紅茶なんて飲まないのに。私の好みの茶葉と、ミルクの分量まで把握して。
最近食欲が落ちているからって、わざわざ私が好きなデニッシュを取寄せて。
ぎゅ、と胸が締め付けられるような音がした。
その大小さまざまな言動、そのひとつひとつが私の胸を圧迫して食事が通らないようにしているということ、彼は全く気づきはしないのだ。
だから私はデニッシュにかぶりついて咀嚼しながら自分に言い聞かせる。
「勘違いするな」
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