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航が姿を消してから、一ヶ月が過ぎた。

美咲は、彼が設計した美術館の片隅にあるベンチに座っていた。2026年の最新技術を駆使したこの場所には、視覚を使わずとも「季節」を感じられるデバイスが随所に配置されている。

美咲がそっと手すりに触れると、指先から春の訪れを告げる柔らかな陽光の温度が伝わってきた。

「……全部、私への遺言だったんだね」

航の連絡先はすべて解約され、彼の事務所も畳まれていた。共通の知人を介してようやく聞き出したのは、彼が療養のために海外の、誰も知らない海辺の町へ発ったという事実だけだった。

美咲は、ポケットから自分のスマートフォンを取り出した。

画面には、航から送られてきたあの「7年前のボイスメモ」が残っている。彼女はそれを、美術館の壁に設置された『記憶の共有ポスト』にかざした。それは、来館者が自分の大切な思い出を「音」や「振動」として建物に刻むことができる、航がこだわった最後の仕掛けだった。

『美咲、雪が降ってるよ。……君が隣で笑っている空気の冷たさだけは、今も覚えているんだ』

航の震える声が、美術館の壁に吸い込まれていく。

すると、建物の照明がゆっくりと、まるで呼吸をするように明滅した。彼が設計したプログラムが、その声に反応したのだ。

瞬だけ、館内が温かな琥珀色の光に包まれる。

それは、二人がかつて一緒に見た、一番幸せだった頃の夕暮れの色だった。

「さよなら、航くん」

美咲は立ち上がり、一度も振り返らずに出口へと歩き出した。

自動ドアが開くと、外はもう春の雨に変わっていた。

2026年の高い空を見上げても、もうそこには航の瞳に映る自分はいない。

けれど、美咲の指先には、彼が遺した建物の温もりがいつまでも消えずに残っていた。

この切なさを抱えたまま生きていくことが、彼にできる唯一の、そして最後の愛の形なのだと、彼女は静かに悟った。

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