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「ヒィィ」
人ならざる者から向けられる、混じり気なしの殺意に、増田は悲鳴を上げた。
36号は増田の頭を放し、解放してやった。
「うわぁぁぁあ」
増田は公園の出口に向けて脱兎の如く走った。
「おい、増田ぁ、何があった?」
「増田くぅ~ん、どうしたの?」
増田の背中に向けて仲間たちが呼び掛けるが、振り返ったり返事をする余裕は、増田にはなかった。
「さて」
36号が根岸の背後−−白井−−に視線を向ける。
「豚さん、豚さん、その子を放して下さいな」幼児向けの童話を朗読するような優しい口調で、36号が問いかける。
「そしたら、美味しい配合飼料を、お腹一杯差し上げますよ」
「な、なんだとッ!」
根岸の背後で白井が、半分当惑、半分怒りの感情でできた唸り声を出す。
「おやおや、豚呼ばわりされるのがそんなに悔しいのですか?自らの意思で、そこまでブクブク太ったのに?なんだか認知の歪みを感じますねぇ」
36号が唇の端を微かにあげる。
「それとも、豚って呼び方が気に入らないですか?なんならイベリコ君とかアグー君って呼び方がいいですか? 」
「……」
白井が静かに怒っている。爆発寸前の火山のように、怒りを内面に蓄積させている。
「白井っち、太っていることをイジられるのが一番嫌いなのに、ヤバいよ」
「中学の時、一度キレて先輩を大怪我させたことがあるしな……」
メンバーたちが小声でヒソヒソと話し合う。
「ああ、そうだ」
何か名案を思い付いたように、36号が手の平をポンと打つ。
「貴方の苗字は白井だから、一文字替えて、白身君と呼ぶのはどうでしょう?白身脂たっぷりの白身君てことで。ね♡」
「〜〜〜ッ!」
36号の一言で、白井の怒りが発火点に達した。
「テメッ、ブッ殺すぞ!」
羽交い締めにしていた根岸を横に放り投げると、白井が吠えた。
「フフフ。どうぞ、ご自由に」
36号に向けて突進した白井は、下顎に強烈な衝撃を受けて、その場に片膝をついた。
増田の時と同様、見えない速さの左フックが白井の下顎を襲ったのだった。
「痛いですか?どちらかと言うと、脳みそを揺さぶられて足下がフニャフニャした感じですか?」36号が言う。
「でも、さっさと立って下さい。顔面を潰されたくなければ、ね」
「クソがッ!」
裂帛の気合いとともに白井が立ち上がる。
こんなに怒っている白井を、根岸は見たことがなかった。いつも白井は、強者として余裕の笑みを浮かべて生活していたから。
「うらぁっ」
36号の袖を狙って素早く繰り出された白井の左手は、途中で何か熱い物に触れたかのように、それ以上の速さで引き戻された。そして、白井は顔をしかめ、右の手の平で左手の甲を庇うように包んだ。
36号が右手の親指と人差し指で、絆創膏のような物を摘んでいる。
−−それは、引き剥がされた白井の手の甲の皮膚だった。
汚い物を扱うような仕草で「それ」を捨てると、36号が言う。
「まだ終わりではありませんよ。続けて下さい。顔面を潰されたくなければ」
「くそぉっ 」
白井が放つ渾身の右ストレートを、36号はそれ以上の速さで迎撃した。白井の右手首を掴むと、一気に握り締める。
それは一瞬だった。
ミシッ。
白井の腕の中で、生木の枝が折れるような音がした。
獲物に毒を注入した蛇のように、36号は素早く手を引く。
雷鳴。それ以上に響き渡る白井の悲鳴。
「がぁぁぁぁ」
白井が絶叫し、うずくまる。
「痛いですか?体のドコの部位であっても、骨が折れちゃうって辛いですよね。ですが……」36号が平然と言い放つ。
「まだ終わりではありません」
36号は白井の右腕−−折れた場所の少し上−−を掴むと、エンジンのスターター・ロープのように、立て続けに数度強く引っ張って、白井の肩関節を外してしまった。
「右腕が駄目になってしまったようですが、まだ終わりではありません。さっさと立って下さい。顔面を……おや、気絶してしまいましたか」
雷光を背に、女悪魔が微笑んだ。
「意識が戻ったら再開します。一端、休憩としましょう、白身君」