僕と彼の子だけの特権だと思ってたのに
僕には世界でいっちばん敬愛して尚且つ想いを寄せている人がいる
その人は他人はあまり興味がなさそうで、だけど唯一の妹には優しく、そして死ねない理由になっている
え?じゃあ僕は誰って?僕は彼の人の直属の部下…だったよ
彼の人は僕にも優しくしてくれた
妹ちゃんと同じ様に、頭を撫でて、褒めて、
多分僕の趣味が自殺だからかな、優しい彼の人は心配してくれたんだと思うよ
入水だったり首吊りだったり服毒だったりアルコール中毒だったりといろいろやってた
その度に失敗して、怪我を増やして、包帯だらけになっちゃった
彼の人はその怪我をよく心配してくれた
「大丈夫か?」
って、撫でてくれた、優しい手つきで、柔らかい表情で
僕はやっぱり彼の人だ大好きだ
好きで好きでたまらない
たまに妹ちゃんには嫉妬してしまうけど、それでも彼の人が好き
なのに
彼の人は僕の前から消えた
1人で
最初は信じられなかった
彼の人が僕を、そして妹を置いていくはずがない
だってあんなに他人に興味を持っていない彼の人が僕と妹にだけは優しかった彼の人が
心配してくれた彼の人が
信じれなかったから入水をした
彼の人が迎えにきてくれるかもしれない
いや、きてくれる、だっていつも撫でてくれた
バシャッと引き上げられる感覚がしたけど、引き上げてくれたのは、彼の人の妹
「……ごめんなさい」
もうここでわかってしまった、あぁ、僕とこの子は、大好きなあの人に
捨てられてしまったのだ
どうして、僕が気まぐれで仕事をサボったから?心中しようって誘ったから?この子に嫉妬したから?あの蛞蝓と仲良くできないから?僕が…
嫌いだから?
その後はあまり覚えてないけどはっきり覚えているのはずっとずっと彼の人を探し続けたこと
でも、妹…銀ちゃんは一緒に探してくれなかった
どうして?って訊いたら
「きっと兄はそのことを望んでいないから」
だって、望んでいない…そんなことを僕は出会った時に言われたら、生きながら死んでしまう気がする
だって僕の全ては彼の人
彼の人の全ては
「…なんだろう…?」
どうしてわからないのだろう、僕はこの頭脳でこのポートマフィアに勧誘されたのに、どうしてわからないのだろう
あぁ、わからないことを考え続けても混乱するだけだ
今は考えるのをやめよう
今はただ
「貴方に会いたいです…芥川さん」
成人男性とは思えない細い躰、病的なほど白い肌、全てを飲み込んでしまいそうな真っ黒な瞳
あぁ、会いたい
また撫でて欲しい
褒めて欲しい
慰めて欲しい
一緒にいて欲しい
傍に居させて欲しい
貴方の役に立たせて欲しい
貴方のために生きようと思わされた、責任をとって欲しい
4年間頑張って探した
でもちゃんと仕事もこなした
最近武装探偵社に入った人虎の生捕り
部下に任せたけど、路地裏であんなに闇雲に撃ちまくっちゃって
人虎に当たったらどうするんだろうな彼の子
あれ?殺されそうになってる
しょうがないから行ってあげようかな
パシュッとサイレンサー付きの銃でとりあえず幻像の異能力者を撃っといた
殺してもいいかよくわかんないから急所は外しといた
あ、あの人虎混乱してる、自己紹介でもしてあげなきゃ、彼の人はそうしてた
「お初にお目にかかるよ人虎くん、私は太宰治だ」
「太宰…治」
まぁどうせコイツに気をつけろーとかって言われたんだろうね、なんでコイツがここにって顔してる
「全く、あんなに闇雲に撃ったら駄目じゃないか、人虎は生捕りだよ」
「ですが太宰さん!これしきのこと私1人でも!」
パンッっと僕は部下の頬を叩いた
「これしきのこと?さっき殺されそうになってたのに?抑生捕りすらもできない部下は私はいらない」
「…すみません…」
「人虎は生捕りって」
あぁ、置いてけぼりにしちゃった
「そうだよ、我々ポートマフィアはきみ、人虎くんを生捕りにしにきた」
「なっ、なぜっ?」
「懸賞金がかかっているからねぇ」
「つまり、そこに倒れてるお仲間は君のせいでこんなに痛そうな姿になってしまった」
ヒュッと向こうが息を飲んだ
かわいそうに、トラウマでもあるのかな、抱え込んだ様な顔だ
そこからは少しめんどくさかった
瀕死の探偵社員が人虎に声をかけて異能で襲いかかってきたがまぁ当たり前の如く僕には効かない
「な、なんでっ」
「教えてあげる、私の異能「人間失格」異能を無効化する異能だよ」
「そんな」
「まぁもう飽きてきたから待たないよ」
そう言って人虎の右脚首を撃った
人虎はかなり叫んでいた
うるさいな
早く帰ろうと思って後ろに踵を返した時
人虎が虎になって脚を治しつつ壁に張り付いていた
「別にそれ効かないけどね、いいよ、付き合ってあげる」
虎の腕が近付いてきた時
「そこまでだ」
全身が震えた
彼の人の声だ
彼の人の異能だ
彼の人の躰だ
「もう休め、敦」
どうして?どうして?なんでソイツを撫でてあげたの?休めって言ったの?優しくしてるの?どうして、どうして
いや、今はそれより
「芥川さん!」
あぁ、嬉しさで声が上擦ってしまった
「あぁ、芥川さん!ようやく、ようやく会えた!貴方をずっと探していました!」
「………」
ドウシテ?なんでそんな、そんな
他人に向ける様な、冷たい目を僕に向けているの?
「芥川さん?」
「…もう貴様らには用はない、争うというのならば付き合うぞ」
大変だ、たった今僕が死んだ
拒絶された?
ドウシテ
「…今日は貴方に会えたことに免じて退きます、ですが次はありません」
「そうか」
「ずいぶんと余裕ですね」
「あぁ、僕の新しい部下は優秀故」
「芥川さん、撃ってもいいですか?」
「できれば勘弁願いたいな」
「なら…撫でてください」
「は?」
「貴方に、ずっと会いたかった、撫でて欲しかった、褒めて欲しかった」
「……」
「お願い、芥川さん」
やってくれるとは思ってない、だって、変わってしまった、あんなに優しかったのに
「太宰」
ハッと俯き気味だった顔をあげた
「すまないな」
柔らかい表情、優しく撫でてくれている、あぁ、変わってなんかいなかった
捨ててなんていなかった
「芥川…さん」
「僕はここから先お前に前の様に接したりはできぬ、だから、すまない」
そう言って芥川さんは、羅生門を駆使して3人を連れて行ってしまった
「…戻って、きて欲しい」
とまでは言わない、だからせめて、あの表情で頭を撫でるのは、僕と銀ちゃんだけにしてほしい