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目が覚めたとき、天井は知らない色をしていた。
白い。
無機質な、病院のような光。
「……ここ、どこだよ」
榊 悠斗はゆっくりと体を起こした。
頭が重い。
記憶が、途切れている。
雨、路地裏、化け物——
「っ……!」
思い出した瞬間、全身に鳥肌が走る。
「あれ……夢じゃ……」
「夢じゃないよ」
声。
振り向くと、あの少女が壁にもたれていた。
フードは外されている。
短い黒髪、鋭い目。
感情が薄い顔。
「……お前」
「九条 澪。覚えておいて」
淡々と名乗る。
「ここは私たちの拠点。安全区域」
「安全って……あんなのがいるのにか?」
悠斗の言葉に、澪は少しだけ目を細めた。
「いるからこそ、安全にしてるの」
机の上に何かを置く。
錠剤だった。
「飲んで」
「は?」
「いいから」
有無を言わせない声。
渋々、悠斗はそれを飲み込む。
——その瞬間。
ドクン
心臓が強く脈打った。
「ぐっ……!?」
視界が歪む。
血の匂いが、急に“濃く”なる。
「な、んだ……これ……!」
自分の腕を見る。
皮膚の下を、黒い何かが走る。
「……は?」
「やっぱり」
澪が呟く。
「間に合わなかったか」
「なに言って——」
言葉が途切れる。
喉が焼けるように乾く。
腹の奥が、空洞になる感覚。
——欲しい。
「っ……!」
「それ、“飢え”」
澪は静かに言う。
「寄生が始まってる証拠」
「寄生……?」
「昨日の個体に触れたでしょ」
淡々とした説明。
「“共喰体(パラサイト)”は、完全に喰うだけじゃない」
一歩、近づく。
「中に“種”を残す」
悠斗の呼吸が荒くなる。
「じゃあ俺……」
「まだ人間」
即答。
「でも、時間の問題」
沈黙。
時計の音だけが響く。
「ふざけんなよ……」
震える声。
「俺、普通に生きてただけだぞ……」
拳を握る。
「なんでこんな——」
「選ばれたんじゃない」
澪が遮る。
「ただ、“巻き込まれた”だけ」
冷たい現実。
悠斗は俯いた。
そのとき。
——ギュルルル
腹が鳴る。
だが、それは“空腹”じゃない。
もっと、嫌な音だった。
「……来る」
澪の声が低くなる。
「初期発作」
「は……?」
次の瞬間。
悠斗の視界が赤く染まった。
——喰いたい
頭の中に、声が響く。
目の前の澪。
細い首。
流れる血。
「……ッ!!」
気づけば、悠斗は飛びかかっていた。
ガンッ!!
強烈な衝撃。
気づくと、床に叩きつけられていた。
「落ち着け」
澪が押さえつけている。
細い体なのに、異常に強い。
「離せ……!俺、なんか……!」
「分かってる」
短く言う。
「でも、それに負けたら終わり」
注射器が見えた。
「ちょっと痛いよ」
ブスッ
腕に針が刺さる。
「がっ……!」
一瞬で、意識が沈んでいく。
最後に見えたのは——
どこか悲しそうな、澪の目だった。
暗闇。
どこまでも深い。
その中で、声がする。
——喰え
——生きたければ
——奪え
「……誰だよ……」
悠斗が呟く。
闇の奥で、“何か”が笑った。
目を覚ますと、再び白い天井。
「……はぁ……はぁ……」
全身が汗で濡れている。
隣には澪。
椅子に座ったまま、こちらを見ていた。
「……生きてる」
「当たり前だろ……」
弱々しく返す。
澪は少しだけ、表情を緩めた。
「適応してる」
「……は?」
「普通は、ここで壊れる」
静かに言う。
「でもあんたは違う」
少し間を置いて。
「“使えるかもしれない”」
「は?」
その言葉に、悠斗は顔をしかめる。
「俺を……なんだと思ってんだよ」
澪は立ち上がる。
そして背を向けた。
「選んで」
振り返らずに言う。
「人のまま死ぬか」
一拍。
「それとも——」
少しだけ首を傾けた。
「“喰う側”に来るか」